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冬宮の華  作者: 大月 津美姫


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42 万姫の心境

「あの梨紅(リーホン)という女っ! なんですの!!」


 儀式後の食事の席から夏宮へ帰ってきた万姫(ワンヂェン)は荒れていた。


「万姫様……どうか落ち着いて下さ──っ!!」


 宮女の一人が声をかけた時、髪に挿していた簪の一つを抜き取った万姫がそれを部屋の床に投げつける。「きゃっ!」と驚いた宮女たちの声が小さく響いた。


「わたくしを! っ、……(シァ)家出身のわたくしを散々馬鹿にして!!」

「万姫様!!」


 静芳(ジンファン)が声を張り上げた。


「夏家のお妃候補である貴女様がこれぐらいのことで取り乱してはいけません!」

「静芳、わたくしに楯突くつもり?」

「滅相もございません。しかし、夏家のご当主であられる旦那様と奥様、それから皇后陛下より私は万姫様の身の回りのお世話は勿論のこと、品位を保つための一切を任されております」

「だったら、貴女もこれからどうするか考えて頂戴!!」

「勿論です。ですが、その前に万姫様のお耳に入れておきたいことがございます」

「なんですの?」


 尋ねた万姫に静芳はそっと耳打ちする。


煌月(コウゲツ)殿下が遣わせて下さった宦官は、万姫様の護衛の他に普段の振る舞いやその日の出来事を煌月殿下に報告されているようです」

「それくらい少し考えれば分かることですわ!」


 とっくに気付いていた内容を報告されて、わたくしは大きくため息を吐いた。


「えぇ。ですが、遣わせて下さった宦官以外にも密かに護衛として付けている宦官がもう一人いるようです」

「……何ですって?」


 自身でも気付いていなかった新しい事実に思わず大きな声を上げてしまう。だけど、直ぐにハッとして声を潜めた。


「っ、それは一体、何処からの情報ですの?」

若汐(ルオシー)です。彼女が冬宮で雪花(シュファ)様や女官たちが話しているのをハッキリと聞いたそうです」

「冬宮で?」


 少し考えれば、殿下が遣わせて下さった宦官がわたくしたちお妃候補の護衛の為だけではなく、振る舞いを観察し、それらを殿下に報告されていることは誰にでも分かる話。けれど、密かに付けられた宦官がもう一人いるというのは初めて知る事実だった。


 今までわたくしは感情が荒れている時や、聞かれたくない話を静芳たちとする時は人払いをしたり、何かと用事を付けて宦官には席を外してもらっていた。だけど、もし若汐が寄越した情報が本当だとしたら…………


 人払いでお付きの宦官を追い出しても、あまり意味がない可能性がある。


 近くに身を潜めているのだとしたら、今まで秘密の話を聞かれていた可能性もある上に、今のわたくしの癇癪にも気付かれているかもしれませんわ!


 その事実に思わず爪を噛む。


 それにしても、雪花様は何故そのことをご存知だったのかしら?


 彼女がそれを知っていたということは、誰かから教えてもらった可能性が高い。


 一体、誰から? 殿下が遣わせて下さったお付きの宦官? それとも…………煌月殿下?


 “まさか”と思う反面、煌月殿下がわたくしたちお妃候補の中で一番気にかけているのは雪花様だ。そう考えが行き着いた瞬間、また怒りに似た感情が込み上げてくる。


 梨紅様といい! 雪花様といい!! 目障りですわ!!


「万姫様、発言と行動にはくれぐれもお気をつけ下さい」


 静芳の諭す様な声にグッと感情を堪える。


「………分かったわ」


 とりあえず、これからどうしていくかを考えなくてはいけない。


 先ずは潰しやすそうな雪花様か……それとも、厄介な梨紅様か。……梨紅様はまだ情報が少なすぎますわ。やはり直ぐにでも考えが思い付く雪花様が良いかしら?

 以前から気になっていましたけれど、煌運(コウユン)様が雪花様を慕っていることは春の宴で確信しましたから、彼女には煌運様の話題を利用するのが一番良さそうですわね。その辺りのことなら、皇后陛下にご相談すればご協力して下さるかもしれませんし。


 わたくしの目的は只一つ。(クワン)帝国の皇后になること。


 その為には煌月殿下に気に入られる様に努力しながらも、皇后陛下の計画が思惑通りに運ぶようであれば、その時は煌運殿下のお妃候補にしてもらえるように動く必要がある。


 皇后陛下には悪いけれど、皇后陛下の考えた計画が失敗してもわたくしは構わないわ。何故なら、どちらに転んでも未来の皇后になるのはわたくしだからですわ。その為には今からでも挽回しなくてはいけませんわね。


 ふぅっと息を吐くと、女官や宮女たちを振り返る。


「みな、感情的になってごめんなさい。少し疲れてしまったのと先程の食事の席であまりにも梨紅様が目立っていらしたから、焦っていましたの」


 どこか困惑した表情を浮かべる女官たち。


「誰か何か気分が落ち着くようなお茶を淹れてくださる?」


 にこっと笑みを貼り付けると「畏まりました!」と数名が慌てて動き出す。


 これからはこうやって毎日感情を我慢しなくてはいけませんわね。


 そう思うと気が重い。それでも未来の皇后に成るためですわ! と、万姫は自分自身に言い聞かせた。

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