40 煌運殿下の心
明霞が淹れてくれたお茶を飲み終える頃、冬宮に煌運殿下が訪ねてきた。
殿下とお会いするのは春の宴以来。久し振りに見る煌運殿下は少し雰囲気が変わった様子だった。身体が逞しくなったようだし、顔付きも凛々しくなられたように見える。
「始まりの儀の後でお疲れのところお邪魔して申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ」
「久し振りに雪花様のお顔が見たくなって来てしまいました」
そのお言葉を聞いて、一瞬返事に詰まる。煌運殿下がわたくしのことを一人の女性として慕っているかも知れないからだ。だけど、平静を装ってわたくしは口を開く。
「それは、ありがとうございます。……お会いしていなかった間、煌運殿下はどう過ごされていましたか?」
「剣術の稽古に励んでおりました」
「まぁ、それでお会いした時に雰囲気が変わって見えたのですわね」
納得して声を上げると、煌運殿下の表情がパァッと明るくなる。
「本当ですか!?」
「えぇ。身体も顔付きも以前よりしっかりしていて、凛々しくなられたと思いました」
先程まで煌運殿下を警戒していたことを頭の片隅に追いやって、思ったことを正直に伝えた。すると、煌運殿下が口元を緩めて微笑む。
「嬉しいです。毎日、雪花様のために頑張ってましたから」
「えっ?」
わたくしのため? どういうことかしら?
「春の宴のあと、母上から暫く頭を冷やすように言われて、私なりに考えました。どうすれば雪花様が私を一人の男として見てくださるか」
スッと細められる殿下の目。先程までとは違い、真剣な表情で煌運殿下がわたくしを見つめていた。
「あ、あの、……殿下っ」
「煌運殿下! そこまでです!!」
動揺してしまったわたくしと言葉を被せて、それまで控えていた天佑様が前に出た。そして、机を挟んで対面するわたくしと煌運殿下の間に割り込むように手を広げて静止する。
天佑様が動き出したのと同時に、直ぐ近くで控えていた鈴莉と美玲がわたくしに駆け寄った。
鈴莉がわたくしを椅子から立ち上がらせると、わたくしを背中に隠しす。
「煌運殿下、それ以上は!」
「雪花様は煌月殿下のお妃候補です!」
煌運殿下の側仕えの宦官たちが、いつの間にか煌運殿下の傍に来て殿下を諭していた。
「私は決めました。兄上から雪花様を奪ってみせます」
宣言した煌運殿下の瞳は、真っ直ぐわたくしを見つめていた。
煌運殿下は……本気なんだわ…………
「雪花様、こちらへ!」
美玲がわたくしの肩に触れると、誘導するように押して部屋の出口へ向かう。
「煌運殿下、今日はお引取り下さい」と天佑様の低い声が聞こえたのを最後に、わたくしは部屋を後にした。
*****
鈴莉と美玲に誘導されるがまま冬宮にある別室へ移動したわたくしは、部屋に入ってすぐに傍にあった椅子にヘナヘナと座り込んだ。
「どうしましょう……。煌運殿下が…………」
今までも何度か煌運殿下がわたくしを女性として慕っているのではないか? と思うような言動はあった。それはわたくしの憶測でしかなかったけれど、今回はっきりと殿下が言葉にされた。“煌月殿下からわたくしを奪ってみせる”と。
「雪花様が気に病むことではございません」
美玲がわたくしを落ち着かせようと背中を撫でてくれる。
「煌運殿下が冬宮を出られるまでは、こちらでお待ち下さい。私は様子を見てきます」
告げると鈴莉が部屋を出る。それと入れ替わるように明霞や雹華たちが入って来た。
「雪花様、暫くはこちらのお部屋で過ごしていただくことになると思いますので、簡単にではございますが掃除させていただきますね。少し騒がしいかもしれませんが、お許し下さい」
告げるなり、テキパキと手を動かす彼女たち。
「ありがとう」
わたくしや鈴莉の指示が無くても、やるべきことを見つけて動いてくれる彼女たちの存在が頼もしいわね。
そんなことを思いながら暫く椅子に体を預けていると鈴莉が戻ってきた。
「雪花様、煌運殿下は戻られました。ですが、それと入れ替わるように煌月殿下が入らしています。……お会い、されますか?」
気遣うような彼女の視線。わたくしの答えは“はい”に決まっている。それでも、わたくしを第一に考えてくれる鈴莉の優しさが嬉しかった。
「えぇ。お会いするわ」
頷くと宮女たちが何時もとは違うこの部屋で、殿下を出迎えるための準備に動き始めた。