35 化かし合い
「あ、ありますわ! 皆さまそれぞれご実家が治める地域がありますでしょう? 広い土地を収めている夏家出身のわたくしがここに集うお妃候補の誰よりも上の立場ですわ!!」
「それは万姫様の公績やのうて、代々土地をお守りしてきたご先祖様と現ご当主様の公績ではありませんか。それに、土地の広さでお決めになるのは如何なものかと」
「何ですって?」
万姫様の目つきが細くなる。
「我が豊家が収める東部は作物の収穫量は冠帝国一番。それに比べて、南部は日照りやなんやで、収穫量は西部と殆ど変わりありませんねぇ。我が東部から作物を譲り受けておいて、よう上位やと申されたもんです」
煽るような発言をされた梨紅様。それを受けて万姫様がギリッと拳を握りしめる。
返す言葉が見つからないのだわ。
「貴女、……皇后陛下の前でも同じことが言えますの!?」
「勿論。だって、それが事実ですもの」
「っ……」
万姫様は皇后陛下のお名前を出せば梨紅様が引き下がると思っていたのでしょう。だけど、彼女は一歩も引かなかった。けれど、梨紅様の発言が皇后陛下のお耳に入ればどうなることか…………
考えただけで、わたくしは北の離れに連れて行かれた日のことを思い出す。このままでは不味いわと、思ったわたくしは咄嗟に会話割って入る。
「お二人ともお止め下さい。今日は儀式の日です。漸くお妃候補が揃ったおめでたい日に争いなんて──」
「おめでたい? そうでっしゃろか? わたくしたちはこれから煌月殿下の正妃を争う仲ではありませんやろか?」
言いかけていたわたくしの言葉を遮った梨紅様。彼女の視線が今度はわたくしを捉える。やはり、鋭いところを突かれますわね。
「それはそうですが、わたくしたちは共に煌月殿下をお支えする仲でもありますわ」
わたくしが答えると、香麗様もわたくしの後に続いて発言される。
「わたくしも雪花様が仰るように、時には協力することも大切だと思います」
答えた香麗を見ると目が合って、にっこり微笑まれた。どうやら、この場を収めるのを手伝って下さるつもりらしい。
「大体、先程から梨紅様の訛った話し方ったら、なんですの? ここは冠帝国の首都。それも後宮ですわよ! 東部の端の地域から遥々いらしたのかもしれませんが、郷に入っては郷に従えという言葉があります。後宮に来たからには話し言葉を改めるべきではなくって?」
「万姫様、その辺りで……」と万姫様の筆頭女官が止めに入る。今の発言は梨紅様に失礼だ。
「まぁ! わたくしが気に入らないからって、話し方を強要されるんは些か不愉快ですねぇ」
「強要だなんて! わたくしは──!!」
「随分と騒がしいな」
万姫様が言いかけた時、よく知る声が辺りに響いた。
「煌月殿下!」
サッとわたくしたちは振り返って礼を取ると、恭しく挨拶をする。
「漸くお妃候補が全員揃ったハレの日に揉め事か?」
「いいえ、殿下。ただ万姫様がわたくしの話し方が珍しゅうて、後宮では目立つから止めるように仰ったんです」
梨紅様は煌月殿下へ微笑んだあと、悲しそうに眉を寄せてちらりと万姫様を見た。
先に話をされてしまったことで、流れの主導権が万姫から外れた。そんな彼女の悔しがっている姿を見たかったのでしょう。
「……え、えぇ。そうですわ。梨紅様が影で宮女たちから陰口でも叩かれては、お可哀想ですもの。ですから田舎の話し方を直すよう提案しましたわ」
化かし合いのようなお二人の会話。煌月殿下はどう捉えるのでしょうか。そう思いながら、わたくしは煌月殿下へ視線を向ける。
「そうだったか。だが、私は梨紅の流れるような美しい言葉を気に入ってな。直されるのは惜しいな」
「殿下がそう仰るのやったら、わたくしは今まで通りの言葉でお話しさせてもらいます」
にこっと梨紅様が笑みを浮かべる。そのお姿は煌月殿下には純粋な笑顔に見えただろうけれど、殿下がいらっしゃる前からこの場に居たわたくしたちには違って見えた。
これは、“万姫様に勝った”という梨紅様の勝利の笑みだわ。
後宮は権力と欲と嘘で塗り固められている。
忘れかけていたその事実をわたくしは改めて感じた。