32 選定
「次の方どうぞ」
今まで対面していた宮女を部屋の外へ誘導した美玲が廊下へ声を掛けると、緊張した面持ちで薄緑色の衣を纏った宮女が中に入ってくる。
少し前から何度か繰り返しているこのやり取りにわたくしも漸く慣れてきた。わたくしの両隣には鈴莉と天佑様が並んでいて、3人で目の前の宮女を観察する。
「そなた名は?」
天佑様が尋ねると「明霞と申します」と目の前の宮女が答える。
「冬宮付きの宮女に志願した理由を教えて下さい」
先程から尋ねているこの質問。多かった回答はいくつかある。
“雹華または明明に誘われたから”、“宮仕えになるとお給金が上がるから”、“宮仕えになると今と待遇が変わるから”、そんな単純な回答が多かった。
給金や待遇の改善を臨んでやって来た宮女の中には、仕事の手を抜く者が紛れていたりすることがあるらしい。
後から天佑様に聞いた話によると、そう回答した志願者の何人かは、上官の間では手抜きで仕事をしていると周知の人物が数名紛れていたようだ。雹華たちの話では他の宮女に声を掛けているときに、割り込んできた者や話を聞きつけた者がいて、“自分にも紹介して欲しい”とせがまれたらしい。それらも慎重に宮女を見極めなければならない理由の一つだった。
そんな中、“自身の力がどこまで通用するか試したい”といったようにスキルアップを望む者もいた。そういった気持ちは働く上で向上心に繋がるし、周りの宮女に良い影響を与えることが多い。冬宮の宮女としての採用はほぼ確定だった。
さて、目の前の彼女はどうでしょうか? そんな気持ちで彼女を見つめると、予想外の回答が待っていた。
「私は春の宴で雪花様をひと目見たときから、雪花様にお仕えしたいと思っていました! 今回、明明が他の宮女へ冬宮付きの宮女になってみないかと、声を掛けているのを見かけて、これしかないと思って志願しました!!」
わ、わたくしをひと目見たときから!?
嬉しい志願理由に思わず口元が緩む。
「まぁ! 本当に?」
「は、はいっ!!」
「失礼ですが、雪花様のどんなお姿を見てそのようなお考えに?」
今まで基本的に口出ししてこなかった鈴莉が明霞に問いかける。
「あ、あの、そのっ、……雪花様のお優しいところです。雪花様はわたくしのような下級宮女にも春の宴で輪に入れるようにと、雹華を通じてお心配りしてくださいました。お妃候補の皆様の中でわたくしの様な宮女を気遣って下さったのは雪花様が初めてです。それが嬉しくて、だから私は雪花様にお仕えしたいと思ったのです」
「なるほど」
呟いた天佑様。先程までの宮女から話を聞いていた時にはなかった反応に隣を見ると、面白い人物を見つけたとでも言いたげに笑みを浮かべていた。
「そうですか。分かりました」
鈴莉も頷く。
「では、次にお尋ねします」
天佑様がまた質問を重ねる。明霞は今までの宮女たちと少し違う。そして天佑様も鈴莉もきっとそれを感じ取ったに違いない。
明霞、貴女はわたくしにとって必要な宮女よ。
そんな気持ちを胸にしながら、その後も宮女志願者の話を聞き続けた。
*****
「本日の志願者は先程の者で最後です。雪花様、お疲れ様でした」
そんな声と共にわたくしの前にお茶が置かれる。
「ありがとう、雹華」
にこっと微笑んで淹れてもらったお茶を飲む。緊張していたせいかとても喉が渇いていたから、あっという間に器から半分のお茶がなくなった。
「事前に雹華と明明から聞いていたように、割り込んできた者や話を聞き付けて志願してきた宮女の中には良くない人材が紛れていましたね」
鈴莉の言葉に天佑様が頷く。
「はい。即刻不採用の連絡を送りましょう。待たせて、変に期待させてはいけませんから」
「ですが、良さそうな方もいました。わたくしあの者を是非、冬宮に迎えたいと思います!」
「明霞ですか? まぁ、雪花様は絶対そうおっしゃると思いましたが……」
「流石は鈴莉! よく分かっているわね」
「長年、雪花様にお使えしていますから、当然です」
「ああいうことを言う人物の中には、取り入ろうとする輩もおりますが、私が知る限り明霞は裏表のない真っ直ぐな子です。仕事が速いわけではありませんが、一生懸命で最後までやり遂げる力を持っている。何より、彼女自身が雪花様を主にしたいようですし、雪花様が気に入られたのであれば、私は問題ないと思いますよ」
天佑様のお墨付きをもらったわたくしはサッと鈴莉を見る。
「雪花様、そんな潤々した目で見つめられても困ります……」
「だって、冬宮の筆頭女官である鈴莉のお眼鏡に叶う相手でなければ、明霞を冬宮に迎え入れられないでしょう?」
言えば鈴莉がため息を漏らす。
「私も同じ意見です。それに、雪花様も天佑様も良いと思っていらっしゃるのに反対する理由がありません」
「鈴莉っ! ありがとう!!」
「では、明霞は採用決定で異論ありませんね」
天佑様のお言葉にわたくしたちは頷く。
「まだ、明日も面談は残っていますが、今日面談した他の者も決めていきましょう」
こうして、わたくしたちは採用する宮女の選定を進めていった。