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冬宮の華  作者: 大月 津美姫


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31/109

31 駒

 若汐(ルオシー)の噂を流してから一週間が過ぎた頃、彼女が一通の文を持ってやって来た。


雪花(シュファ)様の予想通りでした」


 何時になく低く小さな声で若汐が話し出す。


「実家に報酬は愚か、(シァ)家や万姫(ワンヂェン)様の使者は訪ねて来ていないようです」

「そうですか……」


 天佑(テンユウ)様達によって若汐が冬宮に連れてこられたあの日、若汐には実家宛の文を書いてもらった。

 若汐の名で何か送られてきたかどうか、誰か訪ねて来なかったかを知らせて欲しいという旨の内容を若汐の実家に届けさせていたのだ。けれど、報酬が贈られる筈の日を過ぎても何も届いたものはなく、誰も訪ねてこなかったらしい。


「昨日は冬宮の外に出て冬宮の近くを歩きましたが、夏宮の女官や宮女からの接触は一切ありませんでした。……万姫様は、何かあれば私を裏切るつもりだったんですね」


 本来なら若汐から情報が漏れていないか確認するためにも、何とかして彼女と接触を計ろうとするものだろう。けれどこの数日、若汐を囲っている冬宮に夏宮の者が訪ねた形跡はなかった。


「完全に無関係だと言い張るつもりなのかも知れません。明日も接触が無いようでしたら、若汐から夏宮を訪ねてみて。そこで追い返される様なら、きっと裏切るつもり(そういうこと)だったのでしょう」


 若汐が眉を歪める。疑い始めたとはいえ、やはり夏家を……万姫様を信じたかったのでしょう。


「……高貴な御方にしてみれば、私なんて使い捨ての駒なんですね」


 ハハハッと若汐が自嘲気味に笑う。


「でも、それではだめなの。上に立つ者は部下や民を守る存在でなくてはいけないわ」


 私が言えば若汐が驚いた表情で私を見る。


「若汐、改めて冬宮で仕えてくれるかしら? わたくしは貴女を使い捨ての駒になんてしない。貴女を女官にするわ」

「…………とか何とか言って、雪花様だって私を利用したいだけではありませんか?」


 若汐がわたくしの本心を確かめるように、疑いの目で尋ねてくる。側に控えていた鈴莉(リンリー)が口を挟む前にわたくしは「まぁ!」と声を上げる。


「前にも言いましたけれど、若汐もわたくしを利用すれば良いのですよ」


 お互いに見つめて、どちらからともなくクスクスと笑い出す。


「……追い返されそうになったら、上手く話して万姫様の味方のフリをすればいいんですよね?」

「えぇ。そうすれば、きっと若汐は万姫様から報酬を受け取れるわ」


 そう伝えると、ピシッと背筋を正した若汐が真っ直ぐわたくしを見た。


「分かりました。私、若汐は本日より正式に冬宮の雪花様に仕えたいと考えます」


 若汐の中で主が万姫様からわたくしへ代わったらしい。


「えぇ。では今日からよろしくお願いしますね、若汐。鈴莉も良いわよね?」


 ちらりと冬宮の筆頭女官を振り返る。少し不服装そうな顔をしながらも、一つため息をつくと観念したように「雪花様が良いなら、若汐に関して私から言うことは何もありません」と了承してくれた。



 *****



 二日後。雪花様に言われた通り、私は夏宮を訪ねた。


「若汐、よく来ましたね。貴女が冬宮に仕えている宦官に連れて行かれたと聞いて、わたくしずっと心配していましたのよ? でもほら、わたくしから貴女を助ける訳にもいかないでしょう?」


 宮女の案内で部屋に通された私は椅子から立ち上がった万姫様に出迎えられた。


「ご心配をお掛けし、申し訳ありません」

「若汐、何があったの? 今まで何処に? まさか、貴女に冬宮を見張らせていることが向こうの者に知られたのではないですわよね??」


 少し低い声で万姫様がわたくしに尋ねる。探るような視線に少し緊張感を覚えた。


「ご心配には及びません。冬宮で私が働いている姿を見た雪花様が私を気に入ったようで、私を探していた宦官に冬宮へ連れて行かれました。雪花様は宮女を増やすおつもりのようで、その一環で私に冬宮付きの宮女として働かないかと提案されました」

「まぁ! じゃあ、若汐は冬宮付きの宮女に?」


 ジッと万姫様が私を上から下まで見た。それは私が冬宮付きの宮女になったのに、薄緑色の衣を着ているからだろう。


「はい。昨日まで殆ど冬宮を出る時間もなく、宮での仕事を教わっていた為に、今まで万姫様へ事情をお伝えすることが叶いませんでした。本日は暇を頂いたため、目立たぬよう衣を着替えてこちらに伺った次第です」

「そうでしたのね」


 呟いた万姫様。ちらりと顔を見ると嬉しそうに口角が上がり、その表情が生き生きとしていく。


「若汐! よくやりましたわ!! これからは堂々と冬宮を出入りできますわね!!」

「はい。その代わり、私は表向きは冬宮付きの宮女となりますので、夏宮へは伺いづらくなります」

「大丈夫ですわ! 広い後宮ですもの。宮の外で女官や宮女が話し合っていても誰も咎めやしません! そうでしょう?」


 今までそうしてきたように“連絡役の女官を寄越すから、定期的に報告しろ”ということらしい。


「兎に角、貴女に何もなくて良かったですわ!」

「はい。ありがとうございます。あの、……確認ですが、私が冬宮に居た間、受け取る筈だった報酬はどうなっているのでしょうか? 実家に送って頂けましたか?」


 尋ねると、一瞬間があってから万姫様が頷いた。


「勿論ですわ。あなたと連絡が取れなくてどうすべきか少し迷っていましたけれど、今朝使者を送りましたの」

「今朝ですか……」

「えぇ。貴女のご実家は中央から近い場所ですけれど、わたくしの使いの者には初めての道のりですからね。届くまでに時間がかかるかも知れませんわ」


 夏宮の筆頭女官である静芳(ジンファン)がひっそりと動き出す。どうやら、今から報酬の準備をするらしい。


「若汐、これからも頼みますわよ」

「はい。万姫様」

「衣を変えているとはいえ、冬宮の女官になった貴女が夏宮に長居は良くありませんでしょう? もう行っていいですわよ」


 にこにこと万姫様が笑みを浮かべて私を見ている。

 早く去ってほしい理由でも有るわけね?


「それでは失礼いたします」


 一礼すると私は万姫様の部屋を出る。万姫様は澄ました顔をするのがお上手らしい。息をするように嘘を付くのがお上手な方だな、と思いながら私は夏宮の廊下を歩いた。

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