30 煌月殿下との秘密
「若汐という宮女の件は順調か?」
若汐とお茶をした翌日、冬宮を訪れた煌月殿下が思い出したようにわたくしに尋ねた。
「はい。今のところ問題ないと思います」
「そうか。しかし、天佑にそなたの提案だと聞いたときは驚いたぞ。短期間で随分と頼もしくなったものだ」
長椅子に並んで腰掛ける煌月殿下がクスッと笑う。
「煌月殿下のお隣に並んで立つためには、今まで通りではいきませんから。この程度の問題、わたくし一人で解決出来るようにならなければなりません」
真っ直ぐ殿下を見つめて伝えれば、殿下が目を見張る。
「雪花……」
「わたくしは煌月殿下の枷になりたくないのです。お傍で煌月殿下をお支え出来る妃でありたい。そう思っています」
「私は実に素晴らしいお妃候補に恵まれたものだな」
「まだ何も褒められるような事は成しえていませんが、嬉しいです。ありがとうございます」
ふわっと微笑んだ殿下に何だか照れくさくなる。
「だが、本当に困ったときは頼ってくれ。そなたが私を支えたいと思ってくれているように、私もそなたを支えたいと思っているからな」
「煌月殿下……」
嬉しい。そんな気持ちがわたくしの中を駆け巡る。
見つめられる視線に耐えきれなくて思わず、視線を逸らすと煌月殿下がわたくしの手を掬った。
「殿下……?」
何でしょうか? と不思議に思っているとわたくしの手の甲に殿下の唇が触れた。
「っ!? でっ! 殿下っ!!」
突然のことに驚いているとまた煌月殿下がまたクスリと笑った。
「正式な婚姻はまだたが、これくらいの触れ合いなら問題ないだろう。他の者には秘密だぞ」
しーっ、と煌月殿下が人差し指を自身の唇の前に持ってくる。
冠帝国のお妃候補は後宮入りの時に花嫁衣装を着るのだけれど、その時点ではまだ正式に婚姻を結んでいない。4人のお妃候補が揃ったあと、お妃としての序列が決定したとき初めて婚姻の義を上げるのだ。
お妃候補としてここにいる間は所謂、婚約状態というわけである。
「っ、でっ、ですが! 婚姻前のそういったことは……!!」
婚姻前の口付けはしきたりで禁止されている。アワアワとパニック状態の頭で必死に言葉を紡ぐ。
「あぁ。本当は頬か唇にしたかったが、しきたりだからな。婚姻の儀式が終わるまではお預けだ。これでも我慢しているのだぞ?」
「っ!!?」
煌月殿下のお言葉に顔が熱くなるのがわかった。そのせいでわたくしの顔が赤くなっているのか、殿下が嬉しそうに笑う。
「はははっ。そなたは見ていて飽きないな。だが、ゆくゆくはこれぐらい慣れてもらわねば困る」
「で、殿下……っ!」
どう言葉を返すか困っていると「お戯れも程々にしてください」と憂龍様の声がする。
「いくら殿下が雪花様のことを想っていても、やり過ぎては雪花様に嫌われてしまいますよ」
「む。それは困る」
「それに、私たちが傍にいることをお忘れなきよう。殿下やお妃候補の方々がしきたりに触れるような行動をされた場合、皇帝陛下やお母上である皇貴妃様にお伝えしなければいけないのは私なのですから」
「憂龍、そなたは真面目だな。そして痛いところを突いてくる」
ムッとした視線を煌月殿下が送ると、憂龍様がニコリと笑う。
最近は天佑様や憂龍様と以前より話す機会が増えたこともあって忘れかけていたけれど、わたくしはお妃候補として行動や立ち振舞を試されているのでしたわね。
「お褒めに預かり光栄です。お分かり頂けましたら、少しは考えて行動してください」
憂龍様は煌月殿下がお相手でも注意すべきことは遠慮なく口にされる。信頼関係があってこそのやり取りなのでしょう。長い付き合いの彼らだからこそなのかも知れませんね。
微笑ましくて「ふふふっ」と笑うとお二人がわたくしを驚いたように見る。
「憂龍様を困らせてはいけませんね、煌月殿下」
「う、うむ。……そうだな」
言葉に詰まる煌月殿下。それとは反対に憂龍様はわたくしという味方を手に入れて満足そうにニコニコしていた。
「全く、そなたたちには敵わない」
ふぅ、と息を吐いた煌月殿下。「だが、覚えていてくれ」と言葉を続ける。
「私がそなたを支えたいと思っているのは本心だからな。困ったときは遠慮せず相談して欲しい」
その言葉にわたくしは頷いて答える。
「はい。煌月殿下も困ったときはわたくしを頼ってください。お役に立てるかは分かりませんが、お話を聞くことは出来ますから」
「あぁ。勿論だ」
頷くと煌月殿下が袖に隠していた白いマーガレットの花をわたくしに差し出した。
いつもの贈り物なのに、渡される度に嬉しくなるのは、きっと煌月殿下がわたくしの為に用意してくださっているものだからでしょう。
わたくしは「ありがとうございます」と笑顔でそれを受け取った。