28 増員
「雪花様、やはり冬宮に人を増やすべきではないでしょうか?」
冬宮に紛れ込んでいた宮女と彼女を取り押さえていた宦官たちを返したあと、天佑様がそう提案された。因みに、宮女は最後の最後で若汐と名乗った。
「今のまま宮仕えではない人間を冬宮に出入りさせて、廊下や室内の掃除をさせるのは今回のような出来事を招きかねません。……とは言え、無闇矢鱈に人を増やすことも同じ危険性がありますが、せめて宮の中の事は宮仕えの女官や宮女で賄える状態にするべきだと考えます」
「ええ。わたくしもそう思います」
真剣な表情の天佑様。彼にはわたくしと叔父様の関係性を少しだけお話したことがある。きっと、わたくしが冬家を頼りたくないことを分かっていて、それでも考えた末に提案してくださったに違いない。
「鈴莉、前に頼んでおいた件、ご両親から返事は来ましたか?」
鈴莉へ振り向くと彼女が頷く。
「はい。二日前に文が届きました。心当たりの人物に声を掛けているところだそうです。また連絡するとありましたので、雪花様にはその時報告するつもりでいました」
「では急ぐよう伝えて。最低でも50人は集めたいの。可能な者からなるべく早く来てほしいから、それもお伝えして」
「畏まりました」
「……えっと? 雪花様? 一体なんのお話を?」
わたくしと鈴莉の会話を聞いていた天佑様が疑問の声を上げる。
「実は既に冬宮に人を増やそうと動いていたのです。煌月殿下のお傍にいると決めた次の日に鈴莉に頼みました。前冬家当主であるわたくしのお父様の頃に仕えてくれていた使用人たちの居所を掴んで、本人またはお身内から後宮に上がってくれる人を探して欲しいと」
「雪花様……!」
天佑様が驚きの声をあげる。
「出来ることなら信頼できる者を後宮に呼んで人を増やして欲しいと、以前煌月殿下も仰っていました。あの時は人を増やすつもりが無かったのですが。……まさか、こんなことが起きるなんて思いもしませんでしたから、急がなくてはいけません」
元々お妃候補として競う必要はあったけれど、出来れば万姫様ともそれなりに良好な関係を築きたかった。そんな中で彼女からわたくしに仕掛けてきた。であれば、こちらとしては黙ってやられっぱなしでいるわけにはいかない。
何か対策を練らなくては、煌月殿下のお傍にいられなくなる可能性だってある。
「雹華、明明」
呼べば、「はい」と返事をした二人が前に出る。
「あなた達の知り合いで誰か良さそうな宮女がいたら声をかけてほしいの。出来れば気遣いができて、一生懸命働いてくれる宮女がいいわ」
告げると、二人が困惑した様に一瞬顔を見合わせて、それから雹華が恐る恐る訪ねてくる。
「……それはつまり、宮仕えの宮女を私たちが探すということでしょうか?」
自分たちが声をかけた人物がそのまま冬宮で宮仕えをするかもしれない。そう考えて、恐らく下手な人に声をかけるわけにはいかないと、気負っているのでしょう。
だから、わたくしは「えぇそうよ」と頷いたあと、安心させるように言葉を続ける。
「最終的に冬宮で仕えてもらうかは、はわたくしと鈴莉で決めます。だから気負わずに、貴女達から見て良いと思った方に声をかけて頂戴」
「はい! 畏まりました!!」
彼女たちは煌月殿下が遣わせて下さった宮女。そんな彼女たちが紹介してくれる宮女なら、殆ど問題ないでしょう。
それでも若汐のような怪しい者が紛れ込んでいないとは限らない。だから、最後はわたくしと鈴莉で判断することにしたのだ。
「雪花様、その宮女選びに私も混ぜてもらってよろしいでしょうか?」
「えっ? 天佑様が?」
思わぬ申し出に驚くと、天祐様がにこりと頷く。
「はい。私はこれでも長年に渡って煌月殿下に仕えていますから、大抵の宮女がどこに所属しているかなどは雪花様や鈴莉さんより詳しいつもりです。お役に立てると思います」
確かに、わたくしや鈴莉はまだこの後宮に来て数ヶ月。今回のように夏宮や他の宮から送られてきた宮女がいたとしても、気付かない可能性が高い。天佑様の申し出はとても有難いことだった。だから、わたくしは喜んで頷いた。
「それでは天佑様、よろしくお願い致しますね」
*****
「雪花様、本当に若汐を冬宮に仕えさせるおつもりですか?」
天佑様が部屋を出てすぐ、鈴莉が問いかけてきた。
「ええ。そのつもりよ」
頷くと、途端に鈴莉が眉間に皺を寄せる。
「先程も申しましたが私はやはり反対です。若汐は冬宮に潜り込んで情報を入手していたんです。もしかするとそれだけではなく、雪花様に危害を加えていた可能性もあるのですよ!?」
「鈴莉……」
彼女とは長い付き合いだからよくわかる。少し怒った口調なのも、わたくしを心配してのことだ。
「それでも、若汐を冬宮の宮女にするわ」
「雪花様!」
「わたくしは変わらなくてはいけないの。煌月殿下のお傍で正妃として皇后を目指すなら、守られるだけでは駄目だわ。煌月殿下をお支えする為にも、わたくしは戦わなくてはならないの。後宮で巻き起こる問題はわたくし自身で考えて対処する。これはその一歩よ」
鈴莉が息を呑んだのがわかった。それまで、後宮で目立たず平穏に暮らすことを考えていた主が本気で変わろうとしている。そんな主の姿に鈴莉は気付かされた。
「まぁ、これが上手く行くかは分からないけれどね」
そう付け足して苦笑いをするわたくしに、鈴莉が冷静さを取り戻して口を開く。
「雪花様は覚悟を決められたのですね?」
「ええ、そうよ。だから、この先もわたくしを支えてくれるかしら?」
「勿論です。元よりそのつもりで雪花様にここまで仕えてきましたから」
鈴莉は主の決意を受け止めると、自身も新たな決意を固めるように、にこりと笑った。




