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26 散策

「殿下は雪花(シュファ)様の宮へは毎回このぐらいの時間にいらっしゃるのですか?」

「ああ。忙しい時は夕方になることもあるが、この時間帯が多いな」


 わたくしたちは場所を変えて冬宮の庭を散策していた。少し後ろには鈴莉(リンリー)憂龍(ユーロン)様、それから天祐(テンユウ)様に香麗(シャンリー)様付の女官と宦官がそれぞれ着いてきている。


「お忙しい時でも毎日会いに来て下さるので、遅い時間での訪問は少し心配になりますけれどね」


 わたくしが付足すと「そうですか……」と香麗様が小さく俯く。


 そんな香麗様の様子に、わたくし何かまずいことでも話してしまったかしら? と少し不安になる。そんな彼女の様子に煌月殿下も気が付いたらしい。


「香麗? どうかしたか?」

「いえ、何でもありません」

「そうか」

「はい」


 にこりと頷いた香麗様。先程の反応を見る限り、何でもないなんてことは考えにくい。それでも、話したくない事なのだろう。それが分かって、煌月(コウゲツ)殿下もそれ以上深く尋ねられることはなかった。


「後宮の行事以外でそなたたちと一度に会うのは初めてだな」

「そうですね。普段、煌月殿下が訪ねていらっしゃる時は大抵一人ですから」


 わたくしが頷くと香麗様も「そうですね」と相槌を打たれた。


「香麗とはよく散歩するが、たまにはこういう風に雪花も交えて散歩するのも良いな」

「えぇ」


 そういえば、以前わたくしが煌月殿下と香麗様をお見かけした時、お二人は一緒に後宮を歩いていらしたわ。

 そう考えると胸が締め付けられる。もしかすると、先ほど香麗様の様子がおかしかったのは、今のわたくしと同じように胸を痛めていらしたのかもしれない。


「……」


 代々お妃候補になったみなが皇太子殿下をお慕いしているかと言うと、そうではないことの方が多い。家門の為、親の為、権力を得る為など、抱える事情や思惑は人それぞれだ。

 わたくしも後宮入りした時はそうだった。それでも今は煌月殿下をお慕いしている。先程の反応からして、香麗様もきっと煌月殿下のことをお慕いしておられるのだわ。


 その時、「雪花様」と鈴莉の呼ぶ声がして振り向く。


「冬宮の前に万姫(ワンヂェン)様がいらしているそうです」

「え? 万姫様が?」


 どうして冬宮に万姫様が? 約束もなしに万姫様が訪ねてくるなんて初めてだわ。


「どうやら後宮を散策されていた際に、冬宮の敷地内から煌月殿下と香麗様の声が聞こえたので、万姫様もご一緒したいそうです」

「そうですか。……お通しして」

「畏まりました」


 鈴莉が承ると万姫様の訪問を知らせに来てくれたらしい宮女が門の方へ駆けて行く。


冬宮はその周りを塀に囲まれていて、出入りは門からしか出来ない。万姫様がわざわざ後宮の奥にある冬宮まで散策に来られるなんて考えにくいですし、わたくしが知る限り今までありませんでした。


 本当に、たまたまでしょうか……?


「万姫様もいらっしゃるなんて。なんでもない日にお妃候補が3人揃う珍しいこともあるのですね」


 香麗様の言葉に煌月殿下が「そうだな」と頷く。


「煌月殿下、お話の途中ですが公務に戻る時間が近づいております」


 憂龍様の言葉でもうそんな時間なのね……と、寂しい気持ちが込み上げてくる。


「そうか。では、少ししたら戻らねばならんな」

「万姫様は夏宮から散策の途中でこの冬宮にいらっしゃったのです。……もしかしたらお疲れかもしれませんし、わたくしたちも一緒に宮へ戻りましょうか」


 煌月殿下と少しでも一緒にいたくて提案すると、「あぁ、そうしよう」と殿下は頷いてくれた。そうして、わたくしたちは来た道を戻る。その途中で角から側仕えの女官たちを引き連れた万姫様が現れた。


「殿下! 煌月殿下!!」


 わたくしたちを見つけて、万姫様が駆け足でこちらに手を振って近付く。


「万姫、そんなに慌てては転んでしまうぞ」


 少し息を切らした万姫様がわたくし達の目の前に辿り着いた。


「だって、お散歩していたら遠くから偶然殿下のお声を耳にしたんですもの! わたくし嬉しくなってしまって」

「そうか」


 愛らしく笑みを浮かべる万姫様は、嬉しさを全身で表現しているようだった。


「万姫様、冬宮へようこそお越しくださいました」


 挨拶をすると漸く万姫様の視線がわたくしに向けられる。


「雪花様ったら、香麗様をお招きしているならどうしてわたくしもお声掛けくださらなかったのですか? わたくしだけ仲間外れにされたのかと思って、とても悲しかったですわ……」


 ウルッと万姫様の目元が潤む。

 これは本心でしょうか? それとも以前の時のように演技でしょうか? そんな疑問がわたくしの頭の中を駆け巡る。


「わたくしの気遣いが足らず、申し訳ありません。今回は春の宴の席で香麗様とお約束していた集まりでしたから」

「まぁ、そうですの? あっ! もしかして刺繍の件ですか?」

「えぇ。そうです」

「でしたら、尚更お声掛けいただきたかったですわ。わたくしも刺繍は好きですし、得意ですから」


 そういえば、春の宴で万姫様も刺繍は得意だと仰っていましたね。


「そうですわ! 殿下に刺繍をお見せするお約束もまだでしたし、今から宮女にわたくしの刺繍を取りに行かせましょう! お二人にも是非お見せしたいわ!!」


 良いことを思い付いたと、万姫様がパチンと手を合わせて提案する。


「万姫様、申し訳ございませんが煌月殿下はそろそろ公務に戻られねばなりません」


 スッと憂龍様が前に出る。


「あら、それは残念ですわ。せっかく殿下にお会いできたと思いましたのに……」

「すまないな万姫。そなたにはまた明日、会いに行くから待っていてくれ」

「はい、殿下」


 返事を聞くと煌月殿下がわたくしと香麗様に体を向ける。


「雪花、香麗、今日は楽しかった。また明日会おう」

「はい。お待ちしております」


 わたくしが答えると煌月殿下はにこりと笑って、それから憂龍様と共に冬宮の庭を後にされた。


「では、わたくしたちもお部屋に戻りましょうか。万姫様はここまで散策されてお疲れでしょうから、すぐお茶を用意させますね」

「えぇ。お言葉に甘えて一杯だけ頂きましょう。そうしたら、すぐに帰りますわ。最初から集まりに呼ばれていないわたくしはお邪魔でしょうから」


 万姫様の返事にわたくしと香麗様は「えっ?」と顔を見合わせて困惑する。


「……この集りは、わたくしが雪花様にお願いして設けていただいた場です。ですから、万姫様にお声掛けしなかったことに特に理由はありませんよ? 是非ご一緒しましょう」


 誤解を解くために香麗様が掛けた言葉に続いて、わたくしももう一度、万姫様をお誘いする。


「万姫様、香麗様も仰っているように本当に他意はございません。宮に戻ったら刺繍をご一緒しませんか?」


 わたくし達の説得に万姫様が頬に手を当てた。


「そうですか。お二人がそこまで仰るのであれば、是非ご一緒しますわ」


 わたくしたちが“どうしても”と頼んだことにしたがったのか、万姫様があっさりと頷いてくれた。その事に少しホッとして、歩き始める。

 こうして、わたくしたち3人は冬宮の部屋へ戻って、再びお茶と刺繍を楽しんだ。

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