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23 胸の内の吐露

「しばらく一人にさせて」


 鈴莉(リンリー)たちに告げたわたくしは一人部屋に閉じこもる。長椅子に腰掛け、そこから見える春の景色をぼんやりと眺めながら静かな時間の中、思考を巡らせた。


 お妃候補がわたくしだけではないことは、最初から分かり切っていたこと。わたくしが煌月(コウゲツ)殿下の一番になれないことも織り込み済みだった。


 それなのに、わたくしは何時からこんな我儘になってしまったのかしら?


 煌月殿下はわたくしを皇后にしたいと仰ったけれど、お妃候補全員を大切にしたいとも仰っていた。

 覚悟して後宮に来たつもりだったけれど、わたくしは煌月殿下のお妃候補としての覚悟が出来ていなかったのだわ。だってわたくしは目立たず、騒ぎを起こさず、静かに暮らすことを目標にしていたんだもの。後宮に入ってきたときの覚悟と、今のわたくしに必要な覚悟が違い過ぎる。

 煌月殿下のお傍にいたいのなら、煌月殿下の隣に並んで立ちたいのなら、わたくしは覚悟しなくてはいけない。


 ふと、部屋の外から話し声が聞こえてきた。少しして控えめなノックのあと鈴莉が入って来る。


「失礼致します。雪花(シュファ)様、煌月殿下がいらっしゃいましたが如何なさいますか?」

「……お通しして」


 その時が来た。と、わたくしは顔を上げる。いつまでもメソメソしていては駄目だわ。


 わたくしは煌月殿下と向き合わなくてはいけない。



 *****



 部屋に煌月殿下を招き入れたわたくしは「大事なお話があります」と前置きして殿下と机に向かい合った。わたくしの真剣さが伝わったのか、煌月殿下も真剣な表情でわたくしが話し出すのを待っていた。

 一つ息を大きく吸ってわたくしは口を開く。


「煌月殿下は以前、わたくしに皇后になることを真剣に考えて欲しいと仰いましたね」

「ああ」

「あれから、わたくしなりに考えてみたのです。……煌月殿下はわたくしを好意的に思ってくださっている。では、わたくしは? わたくしは煌月殿下のことをどう思っているのか、と」


 そこまで話すと、わたくしはこれまでの出来事を思い返しながら続きを口にする。


「わたくしは叔父様に従う形で後宮へ来ました。目立たず、騒ぎを起こさず、後宮で静かに暮らそうと決めていたのです。そんなわたくしに煌月殿下は毎日会いに来てくださいましたね。……最初の頃なんて、とても愛想のないお妃候補だったと思います。それでも殿下は他愛のない話を沢山してくださいました。それだけでなく、贈り物までしてくださった。けれど……わたくしは殿下がお妃候補の一人として良くしてくださっていると……、そこに深い意味はないと思っていました」

「やはり、そなたに私の想いは伝わっていなかったか……」


 どこか困ったように残念そうな表情の殿下を目にした途端、口ごもってしまう。


「……っ、ええと、……はい。……申し訳ありません。煌月殿下がわたくしを相手にされるなんて、夢にも思っておりませんでしたので。……ですが、思い返すと殿下と過ごす時間はどれも心地よいものでした。最近、気付いたのですが、わたくしは殿下と過ごす時間がいつの間にかとても大切になっていたのです。だから…………」


 そこまで言って一瞬躊躇った。けれど、勇気を振り絞って言葉を続ける。


「だから、煌月殿下が他のお妃候補と楽しそうにお話しされている姿を見ると、……ここが苦しくなるのです」


 そっと自身の胸に手を当てる。煌月殿下がわたくしをどう思われるか……。考えただけで怖くて顔が見られなくて俯いてしまう。


「後宮でこんな気持ちを持つなんて。……煌月殿下が他のお妃候補と仲良くされることは当たり前のことなのに。……わたくしはお妃候補失格です。でも、それでも煌月殿下のお傍にいたいと思ってしまったのです。……だから、こんなわたくしで良いと言ってくださるなら、どうか煌月殿下のお傍にわたくしを置いてください」


 最後は早口で告げてギュッと目を瞑る。緊張と恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。

 殿下に失望されてしまったか、或いは呆れて嫌われてしまったのではないか。そんな恐怖でドクドクと胸が嫌なリズムを刻む。

 いつまでも顔を上げないままのわたくしを「雪花」と優しく煌月殿下が呼ぶ。


「気落ちしているそなたには悪いが、私は今とても嬉しい。そなたが私に想いを寄せてくれたことが嬉しくて、まるで夢のようだ」


 想像とは違う反応に「えっ?」と小さく声を上げて目を開けると、恐る恐る顔を上げる。そこには嬉しそうにわたくしを見つめる煌月殿下の姿があった。


「雪花、そなたはお妃候補失格ではない。それに、雪花がお妃候補失格だとしたら私も皇太子失格だ」

「煌月殿下が? それはどういう……?」

「私もそなたが憂龍(ユーロン)天佑(テンユウ)と楽しそうに話している姿は見たくないということだ。だから、春の宴でそなたの隣に天佑が座っていることが我慢できなくてな」


 あ、と思い出す。


『ところで天佑、場所を空けてくれるか?』


 あの時、煌月殿下は天佑様を移動させてわたくしの隣に座った。


「天佑にはそなたの護衛を任せているから、ある程度はそなたと仲よくして欲しいと思っていたが、仲良くなりすぎるのも問題だな」


 呟いて殿下がため息を零す。


「では煌月殿下は、わたくしに失望したりしていないということですか?」

「……? 何故、失望する必要がある? 寧ろ、私はやっと雪花と想いが通じ合ったことを嬉しく思っているところだ」


 “想いが通じ合った”

 その言葉に頬が熱を持つ。


「わたくし、……煌月殿下のお傍にいても良いのですか?」


 恐る恐る尋ねると殿下がにこりと微笑んだ。


「当たり前だ。寧ろ、傍にいて欲しいと私自身が願っている」

「っ!」


 ブワッと感情が吹き荒れるように目の回りが熱くなる。ぐっと溢れ出ようとするそれを堪えて、声を振り絞る。


「……っ、嬉しいです。……わたくし、これからは煌月殿下の隣に並び立てる(・・・・・・・)よう、精一杯頑張ります」


 わたくしの言葉の意図を理解した煌月殿下がハッ! と驚いたお顔をすると、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。


「雪花! それはつまり! ……未来の皇后の件、考えてくれたのか!?」

「はい。わたくしは煌月殿下のお傍に居るためにも、そうなりたいと思っています」


 じわりと目元に滲んでいた涙を拭いながら伝えた。精一杯の笑顔で答えると、煌月殿下が歩いてわたくしの椅子の傍まで近づく。そのまま、わたくしはふんわりと殿下の匂いに包まれた。


「でっ、殿下……?」


 困惑しながら呟くと、煌月殿下がわたくしを抱き締める力が強くなった。


「ありがとう、雪花。そなたの下した決意は決して楽な道ではない。だから、私はそなたを全力で守ると誓う。共に支え合って実現させよう。……この国のためにも」

「はい。煌月殿下」


 煌月殿下の腕の中、わたくしは殿下の言葉に大きく頷いた。

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