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11 愛らしさ

雪花(シュファ)に助けられてしまったな」

「大した事はしていません」


 煌運(コウユン)殿下が帰られたあと、煌月(コウゲツ)殿下と机に向かい合ってそんな会話をする。それでもわたくしは昨日のことで気まずさを感じていて、面と向かって煌月殿下を見ることが出来ないでいた。

 モジモジと手元のお茶を眺めて、今度はわたくしが先ほどの煌運殿下のように落ち着かない。それに比べて、秀鈴(シューリン)様と月鈴(ユーリン)様は、わたくし達の隣で机に並べられた菓子を仲良く摘んでいた。


「しかし、妬けてしまうな」


「え?」と顔を上げると、どこかムッとしたお顔の煌月殿下と目が合う。


「煌運はそなたに気があるようだ」

「そんなことは…………」


 ある筈がないと否定したい。けれど先ほどの煌運殿下を思い出す。


『私なら! 雪花様を兄上より上手く守れます! 大切に出来ます!!』


 あのお言葉は…………つまり、そういうことなのだろう。


「そなたの愛らしさも罪なものだ」

「え? あ、愛らしい……!? わたくしがですか!?」


 驚いて頭が真っ白になる。


「ああ。長く綺麗な髪に白い肌。そして周りの景色を映して輝く大きな瞳。それから…………」


 煌月殿下がわたくしの愛らしいと思うころをつらつらと言葉で並べていく。それだけで顔に熱が溜まっていった。それに気が付いたのか殿下が途中で言い淀むと、わたくしから顔を逸らして気まずそうに言葉を続けた。


「と、まぁ見かけもそうだが、……そうやってすぐ赤くなるところとか、特にな」


 わたくしはパッと隠すように自分の頬に手を当てる。自分のことを異性からこんなに褒められたのは初めてで、どう返して良いのか分からなかった。


 顔が赤いだなんて、お恥ずかしい。


「それでも、一番愛らしい顔はもうずっと見せてもらえてはいないがな…………」


 小さく呟いた殿下がどこか遠い目でわたくしを見つめる。まるでいつかのわたくしと今のわたくしを重ねていらっしゃるようだ。


「あの、……それはどのような顔でしょうか?」


 控えめに尋ねると殿下が顎に手を当てる。


「うむ。そなたの愛らしい顔は見たいが、催促するのは少し違う気がするな」

「催促……」


 悩ましげに唸る殿下。


 一体、わたくしはどんな顔をしていたのでしょうか? 気になりますが、気恥ずかしいですね。


「それはそうと、後宮へ来てすぐの頃に比べると、そなたは更に愛らしくなったと私は思う。あの頃のそなたは随分暗い顔をしていたからな」

「……それは、申し訳ありません」


 叔父様に家族を殺されたあとの日々は、後宮に上がるためだけに生きてきた3年間だった。煌月殿下はある程度わたくしの事情を知ってくださっているようで、「無理もない」と慰めの言葉をかけてくださる。


「そんなそなたが日が経つに連れ、様々な表情を見せてくれるようになって私は嬉しく思う。そして、勘違いで無ければ、そなたをそうさせたのは私だと思っているからな」

「!!」


 思い返してみれば、殿下はいつもわたくしの心に合わせるように距離を測ってこられた。

 最初の頃は冬宮にいらしても少しお話しするだけ。それが少し日が経つと、日によってばらつきはあったものの平均的に滞在時間も伸び、次第にわたくしへ贈り物をしてくださるようになった。


「殿下、そろそろ……」


 憂龍(ユーロン)様が控えめに声をかける。もう戻らなければならない時間のようだ。気まずいと思っていたのに、いざお帰りになるとわかると恋しさが込み上げてくる。


「また来る」


 マーガレットの花をわたくしに手渡して、そう告げると煌月殿下は何時ものように冬宮を去っていく。只それだけのことなのに、心に穴が空いたような寂しさを覚えた。

 わたくしは見えなくなるまで煌月殿下の背中を見送った。



 *****



 翌日。殿下はわたくしの元へ二人の宮女と天佑(テンユウ)様を連れてきた。


「昨日、煌運にああ言われたこともそうだが、そなたを守ると約束したことを果たさねばならんからな」


 新しく入ってきた宮女はお部屋の掃除や整頓に洗濯、それからお茶や御膳出し等の雑務をこなすことになる。全部、今まで鈴莉(リンリー)たちが宮女の少ない冬宮で代わりにやってくれていた事ばかりだ。


 これからは鈴莉だけではなく、美玲(メイリン)たち三人も宮女に指示を出し、彼女たちの手本になる必要がある。


 天佑様に至っては殿下の命の元、わたくしの護衛を担うことになったという。だから、正式には殿下付きの宦官のまま。その証拠に冬宮に仕えながらも彼だけ薄浅葱色ではなく、青紫色の衣を身に纏っていた。

 因みに、万姫(ワンヂェン)様の元にもわたくしと同じように女官と宦官を送られたそうだ。だから、今回の件で(シァ)家がとやかく口出ししてくることは無いだろう、というのが殿下のお考えだった。


 まだ後宮入りしただけのお妃候補では、この待遇が精一杯。他にも人を望む場合は、実家から女官になるための試験を受けてくれる人、もしくは宮女として仕えても良いと言ってくれる人を探すしかない。


 殿下は“出来ることなら信頼できる者を後宮に呼んで、人を増やしてほしい”と仰った。


 わたくしは実家から鈴莉を含め四人連れてきたけれど、万姫様のところは八人連れてきたらしい。けれど、叔父様の手の者を今から増やしても、以前の美玲たちと同じことになれば、冬宮の統率が取りにくくなるだけだ。


 昔、お父様に仕えてくれていた使用人たちならともかく、今の冬家に信頼できる者なんて殆ど残っていない。そう思ったわたくしは、冬家から人を呼ぶことはしなかった。

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