109 雪花をめぐる争いと協力関係
「雪花を譲るつもりはないが、私の弟としてそなたが雪花と仲良くすることはまた別だ。……煌運、今すぐにとは言わない。雪花を義理の姉として見てはくれぬか?」
「っ……」
煌運殿下の表情が険しくなる。わたくしはわたくしで煌月殿下の言葉にポカンと口を開けて驚いていた。そんなわたくしへ煌月殿下は振り向く。
「雪花も、すぐに煌運と以前のように仲良くするのは難しいだろうう。だが煌運を許してくれるのなら、弟をまた気にかけてやってはくれないだろうか?」
煌月殿下からのお願いは“わたくしたちを取り巻く関係が元に戻ればいいのに”と願ったわたくしが望んでいることでもある。だから、わたくしは「はい」と頷く。
「わたくしも、そうなれば嬉しく思います」
伝えると煌月殿下は少し驚いた顔をされたが、すぐに表情を柔らかくした。
「ありがとう、雪花」
わたくしは煌月殿下と微笑み合う。
「っ! 兄上も雪花様も! 私はまだ何も言っていませんよ!!」
一瞬、二人の世界に入り込んでいたわたくしたちに、煌運殿下がムッとした声をあげる。
「“まだ”ということは、これからそのつもりがあるということか?」
煌月殿下の鋭い問いかけに「なっ!?」と声をあげた煌運殿下のお顔が僅かに赤くなる。
「それはどうでしょうね!? ですが、私が兄上に助けていただいたのは事実です。だから、少し考えてあげてもいいですよ!! ですが、やはり兄上に雪花様を任せられないと判断した時は、私が雪花様を兄上から奪いますからねっ!!」
更に顔を赤くされた煌運殿下が発した言葉に、わたくしは煌月殿下と顔を見合わせて数度瞬きをした。
「それはつまり、わたくしと以前までの関係に戻ってくださる、と言うことですか??」
尋ねると煌運殿下はフイッと顔を逸らす。
「以前までと全く同じ関係に戻るのは無理があります! 私はどうしたって雪花様をお慕いしています!! ですが、兄上に恩を返さないままなのも嫌です! 兄上が隙を見せたら、いつだって雪花様を私のお妃にするために動くつもりです!!」
早口で告げた煌運殿下。凛々しくなられたとはいえ、そうやって拗ねたような仕草をするところは年相応の少年のようで、わたくしは微笑ましくなる。
「それに、兄上には頑張ってもらわないと。……私一人では母上から兄上や雪花様を守ることが出来ません」
段々と語尾を小さくして告げられた言葉にわたくしは「え?」と声を漏らす。
「お二人も薄々察していらっしゃるかと思いますが、夏の宴で夏宮と冬宮、それから兄上の宮を襲ったのは叔父上で、それを誘導したのは母上です」
「っ!!」
まさか、煌運殿下の口からその話を聞くとは思ってもみなくて、わたくしは息を呑んだ。
「皇后陛下がそう認めたのか?」
煌月殿下がすかさず問い掛ける。
すると、躊躇いがちに「……はい」と頷いた煌運殿下。わたくしの背筋をゾワッと何かが駆け登った。
「母上は兄上を消して私を皇太子にしたがっています。……襲撃があった日、母上は仰いました。“ただ邪魔者を消すように頼んだ”と。それを“叔父上が勝手に雪花様まで襲っただけ”と。ですが、そんなはずありません。何しろ、同じ夏家出身の万姫様を口封じしようとされたのです。冬家出身の雪花様を無視する筈がありません。私は……兄上にも雪花様にも、勿論、万姫様にも死んで欲しくありません」
少しの沈黙が室内を支配する。それを最初に破ったのは煌月殿下だった。
「煌運、おまえの証言の他に何か証拠になりそうなものはあるか?」
「証拠、ですか……」
呟いて、煌運殿下は記憶を辿るように考え込む。
「……母上は、叔父上と暗号を仕込んだ文でやり取りしていたようですが、お互いに読んだら燃やしていたでしょうし、何も残っていないと思います」
「……そうか」
煌月殿下が眉を歪めて、難しいお顔をされた。わたくしを抱き寄せている手に力が込められる。
証拠がない以上、分かっていても皇后陛下を罪に問うことが出来ない。かといって、皇子とはいえ煌運殿下一人の証言だけでは握り潰されてしまう可能性が高い。子どもの戯言だと言って、丸め込まれてしまうことも考えられる。
皇后陛下は北の離れでも沈黙を貫いた。それ程手強い相手なのだ。
「兄上、お願いです。……母上を止めてください」
煌運殿下が悲痛な思いを煌月殿下にぶつける。
「雪花様を守るためにも今は私たちが争うのではなく、兄上の力を借りたいのです」
「つまり、雪花をきっぱり諦めるのは難しいが、その努力をするので皇后陛下の力を弱めるために協力して欲しいということか?」
「……まとめると、そう言うことになりますね」
「……」
何だか、とんでもない話になってしまったわ……
皇后陛下を止めるために殿下方が協力されるのは良いこと。けれど、その条件の中にわたくしが組み込まれてしまうなんて……
口を挟むわけにもいかず、わたくしは黙ってお二人の会話を見守る。
「……良いだろう。私が雪花を大切に想っているように、そなたが雪花を諦めきれない気持ちが分からないわけではない。それに私もこれ以上、皇后陛下の好きにさせるわけにはいかぬと思っている。そなたの気持ちも尊重し、提案を受け入れよう」
煌月殿下は了承すると、そっと煌運殿下の頭を撫でた。
「今まで一人で母親のことで悩ませてしまっていたのだな。気付けなくてすまなかった……」
煌月殿下の言葉は煌運殿下に届いたらしい。
「兄上のせいではありません。ですが、兄上が一緒に戦ってくださるなら心強いです」
煌運殿下は安心した表情を浮かべた。
「まぁ、雪花は譲らんがな」
煌月殿下は念を押すようにそう付け足した。




