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冬宮の華  作者: 大月 津美姫


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105 波乱の秋の宴

「皇貴妃、煌運(コウユン)がまだ戻ってないのは、そなたの差し金ではあるまいな?」

「まぁ、どうしてそうなるのです?」

「どうしてですって? 煌月(コウゲツ)が戻っていないにも関わらず、そなたが先程から落ち着いているからに決まっているでしょう!! その落ち着きは煌月が無事だと知っているからなのでしょう!? 煌月が煌運をどうにかするように、そなたが指示したに違いない!!」


 大きな声とあまりの物言いに周囲の視線が完全に皇后陛下と皇貴妃様に向けられた。

 皇貴妃様だって煌月殿下を心配していらっしゃる筈だ。だけど、それを表情や態度に出さないのはきっと雪欄(シュェラン)様と同じ理由に違いない。


「誓ってそのようなことはございません。それに、わたくしも煌月が戻っていないことはとても心配です。ですが、まだ戻っていない参加者は他にもいらっしゃいます。わたくしたちお妃は落ち着いてみなの帰りを待つのが秋の宴の一環ではありませんか」


 それを聞いて皇后陛下の表情がより険しくなる。


「黙りなさい! 皇貴妃ごときかわたくしに命令するのですか!?」

「命令だなんて……誤解ですわ。皇后陛下」


 皇后陛下の剣幕と物言いに流石の皇貴妃様も困った様子で眉を歪められていた。

 まだ皇帝陛下がお越しになっていない大広間は混乱に見舞われている。


 後宮側に踏み込んでこれない官吏たちが皇后陛下を宥めようにもその声は届かず、宦官が止めようとすれば振り払われる。秋の宴を任されている貴妃様や皇后陛下付きの女官たちも止めようと声を掛けられていたけど、それが皇后陛下の耳に届くことはなく、みなが狼狽えていた。


「貴妃様でも止められへんのやったら、わたくしが行ってもしゃあないですねぇ。万姫(ワンヂェン)様はどうです?」

「わたくしも同じですわ。寧ろ火に油を注ぐ可能性がありますわね。あの事件以降、わたくしは皇后陛下と会話していませんもの」


 誰も皇后陛下を止めることができず、辺りがざわめく。そんな中、大広間の外から慌ただしい喧騒が聴こえ始めた。

 バタバタと走る足音が大広間に近付いてきて、一人の宦官が駆けてきた。


「煌月殿下と煌運殿下がお戻りになられました!!」


 その一言で会場中の視線が皇后陛下たちから報告を持ってきた宦官へ移る。


「それは真か?」


 バッと振り向いた皇后陛下は急ぎ足で宦官に近づく。


「は、はいっ!! で、ですが、煌運殿下がお怪我をされおり、今は医務室で治療を受けておられます」

「なっ! 何ですって!?」


 宦官の一言で大広間が一段とざわついた。誰もが驚きに顔を染めている。


「煌運殿下がお怪我を……っ」


 “どうか、煌月殿下が無事に必要数の獲物を捕らえられますように。そして出来れば秋の宴の間、わたくしと煌運殿下が関わることはありませんように”


 昨日、煌運殿下がわたくしに獲物を捧げたらと思うと不安で。わたくしはそんなことを願ってしまった。


 わたくしが煌月殿下のみの無事を願い、煌運殿下と関わりたくないからと自分勝手な願いをしてしまったから...… 


 そんなことは考えすぎだと、頭では分かっている。だけど罪悪感は拭えなかった。


「煌運殿下は大物の熊を捕えようとなさっていたところを返り討ちにあい、二人の護衛共々襲われたようです。そこへ煌月殿下が通りがかってくださって! 熊を退治した後、怪我人の応急処置を施して王宮に帰還されました!!」

「煌月ですって!? やっぱり! 煌運を襲ったのは煌月なのですね!!」

「え……? いいえ!! 煌月殿下は煌運殿下を助けて──」

「黙りなさい!!」


 話の流れからして、一方的に煌月殿下が煌運殿下を襲ったと決めつけている皇后陛下は聞く耳を持っていないようだった。「早く案内しなさい!」と騒ぎ立てている。


「殿下方は王宮の医務室にいらっしゃいます。ですので、皇后陛下を後宮の外にお連れすることは出来ません」

「なっ!……煌運の容態はどうなのです!?」

「お怪我をされておりますが、意識もあります。煌月殿下に加えて皇帝陛下も煌運殿下のお側に駆け付けていらっしゃいますのでご安心下さい!」


 それを聞いて皇后陛下は悔しそうに顔を歪めた、そして身を翻すと自分の席へ戻る。ぎゅっと固く握られた拳は、煌運殿下の元へ駆け付けられないことへの苛立ちを抑えているのかもしれない。


 今回の一件での皇后陛下の取り乱し様は意外だった。だけど、裏を返せばそれほど煌運殿下を大切にされているともとれる。


「あれほど、騒がれるとは……皇后陛下は北の離れに軟禁されて頭がおかしくなったのではないか?」

「何を言う。元々気の強いお方だ。万姫様の件もあって、ご乱心されたのだろう」

「子を想う母として動揺なさるのは当然だが、確証もなく煌月殿下が手を掛けたなどと疑う辺り、皇后としてはどうであろうな?」

「やはり(シァ)家はダメかもしれんぞ」


 官吏たちからそんな声が聞こえてくる。


「とりあえず騒ぎは収まったみたで、これで一安心やねぇ」


 珍しくホッと息をつく梨紅(リーホン)様。


「ですが、煌運殿下がお怪我をされたというのは心配ですわ」


 香麗(シャンリー)様の言葉に万姫様が「そうですわね」と考え込むように相槌を打つ。


「今日の秋の宴は中止かしら?」


 中止……確かに、煌運殿下のお怪我の具合次第では大いにあり得ますわ。


「その可能性は高いですわよね……」


 後宮と王宮を行き交う宦官や広間の外からやって来た官吏たちが先程よりも増えて、バタバタと駆けて行く。


 皇后陛下付きの女官たちは主の様子を伺うようにチラチラと視線を配っているし、他のお妃の女官たちも状況を見定め兼ねているようだった。

 だけど、雪欄様の所は違った。


 女官の1人が宴の進行役と貴妃様に声をかけると、雪欄様と秀鈴(シューリン)様、煌秀(コウシュ)様を引き連れて大広間を出て行く。


 直後、貴妃様の女官が梨紅様の所にやって来た。そして、梨紅様が頷くと女官は戻っていく。


「雪欄様の所は煌秀様のこともあるさかい、一旦戻らはるそうやわ」


 確かに、まだ産まれたばかりの煌秀様を長時間大広間で待たせるのは難しいわよね。


 妃たちの末席に座る賓の位の妃の中にも幼い皇子や公主がいる妃は、雪欄様の行動を見て一時退出に動き出していた。


 その様子を見て皇貴妃様の隣にいらっしゃる月鈴(ユーリン)様がソワソワされていた。


「雪欄!? 雪欄はどこです!?」


 雪欄様が居ないことに皇后陛下が気づいたようで、焦った様子で辺りを見回していた。


「皇后陛下、落ち着いて下さい」


 皇后宮の筆頭女官を中心に宥めるも、落ち着く様子がない。


「このタイミングで居なくなるなど! 煌運を襲わせたのは雪欄の差し金に違いない!!」

「皇后陛下、雪欄様は煌秀殿下がお疲れにならないよう一旦戻られただけです」

「ならば煌秀を女官に預ければ良いだけのことでしょう!! わざわざ雪欄まで戻る必要はない!!」


 漸く皇后陛下の癇癪が落ち着いたと思っていたら、皇貴妃様の次は雪欄様を疑っていらっしゃるようだ。


 わたくしの隣に座る万姫様が扇子で口元を隠すと、深い溜め息を溢した。


「……わたくしが言える立場ではありませんが、これ以上夏家の立場を危ぶませる行いをして欲しくありませんわ」


 万姫様の呟きは最もだった。

 皇后陛下は北の離れに軟禁されて以降、そのお立場は以前より悪くなっている。(クワン)帝国の王宮や後宮内、及び4大家門の間で“夏家は終わりだ”と権力の失墜が噂されている程だ。


 そんなことも分からない皇后陛下ではないはずだ。けれど、北の離れでの生活が長かったから、精神的に追い詰められているのだろう。


 それだけ彼女は煌運殿下を皇太子にしようと必死なのだわ。何せ、刺客を遣わせてわたくしや万姫様を排除しようとしたくらいですものね。


 秋の宴終盤は波乱に包まれていた。

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