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冬宮の華  作者: 大月 津美姫


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102/109

102 それぞれの家門の事情

 女官の試験が終わるとあっという間に秋の宴がやってくる。


 その数日前、皇后陛下が北の離れから解放された。

 いくら聞き取りをしても皇后陛下が何も話さなかったことに加えて、皇后宮の女官や宮女たちも皇后の関与については黙りを決め込んでいたからだ。


 結局、薬膳茶に薬物が混入していた件に皇后陛下が関与していたかどうかは有耶無耶のまま終わった。そして、夏宮の女官に薬膳茶を渡していた女官が主犯として刑を受けた。

 それでも皇后陛下への疑いが完全に晴れた訳ではない。単純に誰かが罪を被ったことで皇后陛下は自由になっただけである。


 わたくしはいつものように天祐(テンユウ)様の案内で歩みを進める。

 今回は梓豪(ズーハオ)様と女官から鈴莉(リンリー)雹華(ヒョウカ)明霞(ミンシャ)、宮女からは明明(メイメイ)の合計6人に付いて来てもらった。

 暫く歩いていると、後宮と王宮の中間地点にある大広間に通される。


 ここを訪れたのは後宮に入ったとき以来だわ。


 普段は後宮側の入り口に警護の宦官が。そして王宮へ繋がる入り口には武官が控えており、簡単には出入口出来ない広間だ。秋の宴はこの大広間で行われる。


 この大広間は会議にも使用される場所だった。

後宮側の人間と外の人間とが唯一、合間見えることが出来る貴重な場所だ。

 大広間は後宮側と王宮側で席が分かれており、それぞれが入り乱れることがないよう宦官を配置するなど工夫されている。中でもお妃やお妃候補たちの席は王宮側とは遠い場所に設けられていた。

 これはどさくさに紛れて後宮から脱走者を出したり、逆に後宮への侵入者から妃たちを守るめの策だ。


 わたくしは案内された席に着いた。

 天祐様や鈴莉たちがわたくしの後ろの席へ控えたのを確認して辺りを見回す。

 すぐにこの宴の主役といえる梨紅(リーホン)様と貴妃様の姿が視界に入った。お二人は話し込んでいらっしゃるようで真剣な顔つきだ。


 わたくしは再び会場に視線を巡らせる。

 これまでの春や夏の宴と比べると、王宮側には武官や文官といった殿方も多数みえていた。そのため、春や夏の宴とは雰囲気が随分異なっているように感じる。


 なんだか違う場所に来たみたいね。


 お妃やお妃候補たちと合間見える唯一の機会。だからか、王宮側の官吏の視線が広間に入ってきたばかりのわたくしに注がれる。


 値踏みされているようで落ち着きませんわね。


 そう思っていたところに香麗(シャンリー)様が現れて場が小さな歓声に包まれた。「ほぅ」と何処かからか感嘆の声が漏れ聞こえる。


「やはり(オウ)家のお妃候補が一番愛らしいな」

(シァ)家は色々ありましたからな。煌月(コウゲツ)殿下のお妃候補は桜家と(フォン)家のどちらかが正妃で決まりではないか?」


 そんなひそひそ話が耳に届く。


 冬家のわたくしは彼らの正妃予想の選択肢にすら入らないことに少し胸が痛んだ。それほど冬家は他家に比べると権力も弱いから、候補として期待されていないのだ。


 香麗様は彼らの話しが聞こえているのかいないのか、それとも無視を貫いているのか。わたくしを見つけると顔を綻ばせた。


雪花(シュファ)様、お久しぶりです」

「お久しぶりです。香麗様」


 見ず知らずの殿方が多い会場で漸く楽に話せる知り合いを見つけた感覚になり、わたくしは少しだけ肩から力が抜けた。


「今日の宴は殿方の姿が多くていつもと雰囲気が違いますね」

「えぇ。わたくしもそう思っておりました」


 秋の宴は“狩り”がメインの催しだ。

 煌月殿下と煌運(コウユン)殿下も毎年狩りに参加されており、狩りは皇族のみならず、武官や文官、宦官も志願すれば参加することが出来る。

 そして、参加者は狩りの出来栄えでランク付けされ、中でも一番大きな獲物と一番多く獲物を仕留めた者には皇帝陛下から褒美が与えられることになっていた。

 また、仕留めた獲物は皇族やお妃候補に捧げることが出来る。“捧げる”と言っても本当に獲物を贈るわけではない。これには誰に忠誠を誓っているかや尊敬しているか等々、“名誉の贈り物”といった意味合いが含まれている。


 お妃候補にとって獲物が捧げられるかは重要だった。


 獲物を捧げてくれた参加者はその妃を支持している、という証になるからだ。得に皇太子である煌月殿下からお妃候補に捧げられる獲物は重要だ。

 獲物の大きさや種類といった見た目でそのお妃候補がどれだけ皇太子殿下に大切にされているかが目に見える形で現れる。

 それ故に、煌月殿下は少なくも3~4体の獲物を狩る必要があった。時間が限られた中でのノルマとしてはかなり厳しいものだ。歴代には1体しか狩れなかった皇太子もいたらしい。

 因みに、贈られた獲物たちは狩り終了後の翌日、宴の材料として振る舞われる。


 時間が経つにつれて大広間には強そうな武官の方が続々と集まってきていた。


 煌月殿下は目標数の獲物を捕らえられるかしら?

 武官と言えば、前に憂龍(ユーロン)様が彼のお兄様である武官の龍強(ロンジャン)様も参加されると仰っていましたわね。


『いずれ秋の宴が来れば、雪花様も遠目に見かけることがあるかと思いますよ』


 戦が起こるたび勝利を収め活躍が話題になっているお方であり、煌月殿下に仕える武官だもの。かなりの実力の持ち主なのでしょう。


 龍強様……。一体、どんなお方でしょうか。


 わたくしがそんな考え事をしていると、香麗様が苦笑い気味の声で呟く。


「……何だか、何時もより視線を感じますね」

「えぇ。そうですね」


 お互い顔には出さないものの、それはわたくしも広間に入ってきた時に感じていたことだ。

 王宮側の官吏にとっては唯一お妃やお妃候補を目にすることが出来る機会だからという理由もあるだろう。けれど、それよりも香麗様の容姿が彼らの視線を自然と集めている気がした。


 まぁ、それは梨紅様にもいえることですけれど。


 ちらり、と梨紅様の方に視線を向ける。

 珍しい翠色の瞳。それに合わせた衣を纏った彼女は気高く、独特な雰囲気を持っている。

 梨紅様も香麗様もそこに存在するだけで華がある。


 では、わたくしは?


 ついそんなことを考えてしまう。けれど弱気になっては駄目だわ、と自身に言い聞かせる。


 わたくしだってこの日のために新しく衣を仕立てたんだもの。それに今日は夏の宴で煌月殿下から贈って頂いた耳飾りだって着けている。大丈夫。堂々としていなくては。


 そのとき、会場がざわついた。


「あれは夏家の……」

「後ろ楯だった皇后陛下が北の離れから解放されたとは言え、夏家の権力は弱まったと聞く」

「あんな騒動を起こされて、まだ後宮にいらっしゃるとは」


 そんな声が聞こえてきて、顔を見なくても誰が広間に入ってきたのか分かってしまう。


「もう夏家は終わりかもしれないな」


 そんな呟きが聞こえて、万姫(ワンヂェン)様がそちらへキッと鋭い視線を送った。それを受けてビクリと肩を跳ねさせた文官が引きっった顔で愛想笑いを浮かべている。


「全く! 勝手なことばかり仰らないで頂きたいですわ」


 ふんっと鼻をならしてやってきた万姫様。

 心ない噂話しを吹き飛ばすその勢いに心配なさそうですわね。と、わたくしは安心する。

 秋の宴からは皇后陛下も参加されるためか雨乞いの舞いとは違い、席順がいつもの形に戻っていた。

 万姫様がわたくしと香麗様の間に腰かける。


「今日の宴は夏家縁の官吏も多く顔を出すから、ただでさえ憂鬱ですのに」

「万姫様のところもですか? 実はわたくしのところも何人かいらっしゃるので緊張しています」


 香麗様が万姫様の言葉に反応する。


「緊張ですの?」

「えぇ。……官吏の中には本家筋の方がいらっしゃいますから、わたくしの様子を報告なさるでしょうし」

「……」


 苦笑いを浮かべる香麗様の言葉を聞いて、わたくしは叔父様の顔を思い浮かべてしまう。

 もしかするとこの会場のどこかに叔父様と親しい者、または叔父様に近しい(トォン)家縁の者もいるかもしれない。

 そう考えるとと寒気を感じた。


 叔父様はわたくしの様子を探るために後宮に宮女を送り込んだくらいですもの。官吏は女官や宮女に比べると王宮の外にも出入りしやすいから、秋の宴ほど人を遣わせて様子を知る絶好の機会もないでしょう。


 問題は叔父様がそのことに気が付いているかどうか、なのだけれど……


 雪欄様が叔父様のことを“あの馬鹿”と呼ばれる程だから、心配は入らないのかもしれない。

 けれどもし、秀次(シゥジン)の右腕と呼ばれている雲嵐(ウンラン)の娘が秋の宴のことを伝えていたらその可能性は跳ね上がる。


 それにしても叔父様はわたくしの様子なんて探って、一体何をお考えなのかしら? なんとしてでも正妃の座を冬家の人間が手にするため? それとも他になにか……??


「雪花様? 雪花様?」 


 わたくしを呼ぶ声にハッとする。気が付くと、隣に座っていた万姫様がわたくしの顔を覗き込んでいた。


「そんなに怖いお顔をされてどうしましたの?」


 問いかけられて、無意識のうちに考えが表情に出てしまっていたことを知る。


「いえ、何でもありませんわ。ただどなたが皇帝陛下から褒美を与えられるか考えていました」


 わたくしが誤魔化すと香麗様が「そうですわね」と考える素振りを見せた。


「わたくしはあちらにいらっしゃる体格の良い殿方が、お強いとお見受けしますわ。ですが、やはりお妃候補としては煌月殿下を応援すべきでしょうね」


 なんとか誤魔化されてくれた香麗様。だけど、万姫様だけは納得していない瞳でわたくしを見ていた。

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