100 【番外編】香麗の秘恋
今回は100話記念の番外編です!
時間軸としては「72 故郷の名産と出店」の頃です。
前半は72話の物語が香麗視点で進み、後半ではその後のお話しをお届けします。
これからも応援よろしくお願いします!
夏の宴二日目。今日は雪花様と梨紅様と約束していた出店巡りの日だった。
わたくしが西部で流行っているお香を紹介したり、逆に北部で流行っている木彫りの置物や東部で流行っている美味しいお菓子を紹介して貰ったり、と楽しい時間を過ごしていた。そんな時だった。
「香麗様? ……香麗様!」
どこかの出店からわたくしを呼ぶ声がした。振り向くと、1人の女性が店先から出てわたくしを見つめている。煌月殿下に付けていただいた宦官が警戒してサッと前に出る。だけど、わたくしは信じられない思いでその人を見ていた。
「っ!! おば様……っ!!」
呟きながら驚きで目を見張る。
まさか、本当に会えるだなんて!!
商人を呼び寄せると聞かされたときから、もしかしたら……と、期待していた。それが現実となって今、目の前に恋い焦がれた人のお母様が現れたのだ。
「あぁ! やっぱり! 香麗様だわ!!」
久しぶりの再開にわたくしは思わず顔が綻ぶ。それはおば様も同じだったようだ。深緑が宦官に耳打ちすると、彼が警戒を解いた。そしてわたくしたちはどちらからともなく、歩み寄って再開を喜ぶように抱き合った。
「香麗様、お会いできて嬉しいです!」
「わたくしもですわ! おば様!」
少しの間そうしていて、ふと雪花様たちを放ったらかしにしていることを思い出して振り返る。
「雪花様、梨紅様、こちらはわたくしの実家の近所に住んでいらっしゃって、わたくしの幼なじみのお母様ですわ」
紹介すると、おば様が一礼する。
「香麗様には幼なじみがいてはるんですか?」
梨紅様の質問にわたくしは頷きながら答える。
「えぇ。そうなのです。小さい頃よく遊んでいて、おば様とも沢山お話しさせてもらいました」
わたくしが言えばおば様が「懐かしいですね」と呟く。
「お触れが出てから、香麗様にお会いできるかもしれないと、必死に頑張った甲斐があります。今回の宴には永福も来ているんですよ」
その言葉にドキッと胸が高鳴って「永福も……」と言葉が漏れる。
「えぇ。後宮の外にある庭園にも出店を出せてもらえたので、そちらで頑張っています」
「そうですか。……それにしても、とても嬉しいですわ。……もう会えないと思っていたおば様に会えたことも、幼なじみがこんなに近くに来ていることも」
嬉しい。会えないと分かってはいるけれど、永福は今、この近くにいるのね。
彼のことを思うだけで、愛しい気持ちが溢れてくる。頬が赤くなっているかもしれないと思い、隠すように自身の頬を両手で包み込む。
「この前、香麗様のご両親にお会いした時、王宮で出店を出せることをお話したら、香麗様に会えたら後宮での様子を教えて欲しいと言われました。ご両親は、私たちは元気だから心配しないでとも仰っていました」
おば様からもたらされた家族の言葉で、桜家で両親と暮らしていた頃のことが頭を過る。お父様とお母様も元気と聞かされて、今度は別の意味で胸が熱くなる。
「両親が。……そう。そうなのね」
愛しい家族を思い出して目元がじんわりと潤んだ。
「ええですねぇ。感動の再会みたいで羨ましいです」
「そうですわね」
「この後宮で顔見知りに会えるなんてことありますのやねぇ」
梨紅様と雪花様の会話が聞こえてきて、本当にそうだわ、と思う。
一番会いたい永福には会えないけれど、それでも良く似たお顔のおば様を通してわたくしは永福の姿を思い描く。
雪花様や梨紅様を待たせているので、これ以上長居は出来ない。わたくしはおば様にもう一度抱き付いて、挨拶を済ませる。そうして体を離す直前、おば様はわたくしの手に小さな何かを握らせた。
「!」
一瞬驚いたけれど、平然を装っておば様を見る。
「永福が香麗様に会えたら、貴女によろしくと言っていたわ」
「そうでしたのね。わたくしの方こそ、永福によろしくお願いしますわ」
告げて、にこりと微笑む。
「おば様、夏の宴の間にまた伺ってもよろしいですか?」
「勿論です。香麗様のご来店、お待ちしております」
*****
雪花様たちと別れて、わたくしは春宮に戻ってきた。
宮女たちがお茶を用意してくれる中、深緑に読みかけの本を取って欲しいと頼む。すると、彼女がお茶を用意し終えたら部屋を出るよう人払いをした。
「深緑……?」
深緑を見れば、何でもお見通しと言わんばかりに頷く。
「久しぶりに永福様のお母様に会ったのです。ご両親のお話もお聞きになられたのですから、香麗はお一人で思い出に浸りたいのではと思った次第です」
そうしてお茶が香麗の前に運ばれてくると、一礼をして宮女が退出する。それを見届けて、深緑と宦官も部屋を出た。
一人部屋に残されたわたくしは、お茶を一口飲むと、衣の合わせに隠していたものを取り出す。
それは小さく折りたたまれた紙で、あの時おば様が手渡してきたものだ。折りたたまれたそれをゆっくり広げる。
中から乾燥した可愛らしい薄桃色の花が二つ出てきた。それを見て思い出すのは本に挟んである栞だ。
深緑が机の上に置いてくれた本に手を伸ばす。
目当てのものを取り出すと、やはり栞と同じ花びらだと確信する。
でも、今は咲いていない筈なのに……
この花が咲くのは春だけ。だから、もしかすると永福はこの花を取っておいたのかもしれない。
わたくしの代わりに毎日眺めるために……
彼は、今もわたくしを想ってくれているの……?
言葉はない。だけど、あの日わたくしに好きと伝えてくれた永福を思い出す。
あぁ……
わたくしも、まだ貴方が好きよ。
同じ気持ちだと知って、それだけで胸が一杯で、わたくしの頬に一筋の涙がこぼれ落ちた。
*****
数日後、わたくしはおば様の出店を訪ねた。
「おば様、約束通りまた来ましたわ」
にこりと微笑んで、わたくしはおば様のお店で買い物をする。
深緑に代金を支払ってもらって、それから少しだけおば様と話をした。
あの後、おば様は一度永福に会ったらしい。おば様からわたくしのことを聞いて、元気だと知った彼は嬉しそうだったと教えてくれた。
「永福に伝えてください、わたくしも同じ気持ちだと。永福が元気ならわたくしも嬉しいです」
きゅっとおば様の手を握って、その手に小さな紙を忍ばせた。気づいたおば様が僅かに目を見開く。
「香麗様はあの頃よりも随分逞しくなられましたね」
その言葉に「ふふふっ」と笑って、それからこう返した。
「わたくしはこの国の皇后を目指すお妃候補ですもの」
*****
その日の夜。永福の母は再び息子に会いに行った。
「貴方にお届けものよ」
そう言って永福が渡されたのは、見覚えのある小さな紙だ。
「母さん、これ……」
さぁっと体が冷えた気がした。
だけど、母はこう続ける。
「永福に伝言。あの娘も同じ気持ちだと。永福が元気ならあの娘も嬉しいですと、言っていたわ」
ポンッと背中を叩いて、母が去っていく。
「え? それって……??」
疑問に思いながら、絶望するのはまだ早いかも知れないと、勇気を出して手元の小さな紙を開いた。そこには自分で用意して包んだ小さな薄桃色の花がある。だけど二つではなく、一つに減っていた。
「同じ気持ち……」
つまりは、そう言うことなのだと、ハッとさせられる。
“わたくしも貴方を想っています”
言葉はなくとも、そんな想いが伝わってきて視界が歪んだ。
「会えなくとも、少しでも君の近くにいられるなら良いと思っていた。けれど、それがこんなにもどかしいなんてな……」
そんな独り言と共に、永福の目元から涙がこぼれ落ちた。