第四話:桜
おばあちゃんは夏に亡くなったけれど、おじいちゃんが亡くなったのは春だった。私は春が嫌いだった。春はいつも優しいふりして、残酷だった。暖かくなって、日差しも明るくなって、緑や花が増えて、どこか浮足立つように見えるけれど、それと一緒に、雪がうとまれて、悲しそうに消えてった。ぬくぬくした私の大好きな炬燵はどこかに姿を消す。そしてお別れを運んでくる。仲良くなった友達と引き離して、恐ろしい知らない人ばかりの箱に放りこまれる。今まで一緒に学校に行っていた道具たちも一掃されて、みんな手を振った。馴染みのものがない中で、必死で友達を作った。必死で平然を装った。でもいつも体を壊した。だから桜はそのころ疲れて、枯れる前に散るんだと思っていた。そんな季節におじいちゃんも連れて行かれた。どれだけ外が明るくあたたかくなっても、手はずっと寒いままだった。おじいちゃんのあたたかい手をもう二度と握れないからだ。なにもなくしたくないのに、春はそれを残酷にも優しい振りして毎年やってのけるんだ。
「桜の花びらが散る姿が美しいのはなぜか知っている?」次の日学校が終わった後サンセットシネマに行くと、哲子さんがいて、話をしている時哲子さんは言った。
「あれは、美しいまま散るから。それも風に身を任せてしまって、あらがいもせず、素直に舞うから。誰も自己主張しないで音もたてないで流れるから。でも、その姿は、この世界で最も美しいものなの。」
「私は、桜はつかれていると思うの。だから、そうやって美しいまま流れてあらがいもできないんだと思うの。」口が先走った。どう思われるか怖くて、哲子さんのほうを見れなかった。
「そうかも、しれないね。悲しいはかなさだね。」哲子さんは優しい低い声でそう言った。その後付け加えた。「でも、人間でそうなってしまっては少しも美しくない。ただ流される人間は、はかなく消えたりはしない。それは人間の世界で求められる性質で、生き残る方法だよ。」とどこか桜の花びらのように消えてしまいそうに哲子さんは言った。だけど、その声はとても冷たい声だった。哲子さんの細い腕はとても白い。暗いサンセットシネマの中でブルーのライトに照らされているからなのかもしれないけれど、本当に白い。とても華奢。今日もこの間と服装が特に変わっていない。いや、変わっているのだけれど、上が白、下が黒、そして両方ともタイト。そしてラフ。それが変わらない。かたや私は、学校の制服をだらしなく着て、スカートなのに平気で床に座っていた。ぼろぼろになったスクールバッグがだらしなく椅子からずり落ちそうになっている。ファスナーが開いていて、中身が落っこちそうだ。それを無理やり上に押し上げた。同時に哲子さんに質問をした。
「哲子さんって、いつもここに一人でいるとき寂しくないんですか。」
哲子さんは、瞳だけをまずこちらに滑らせて、ゆっくりと顔を私に向けた。どこか怒っているようなとても悲しそうな顔だった。その後口角をあげて、口を開いた。
「淋しいよ。」と一言。
「じゃあ」なんで、と言おうとしたら、哲子さんが遮った。
「でも、いけないことじゃない。」
「え?」
「淋しかったら、いけない?」そう言う哲子さんは笑顔。
「淋しさを感じられるのは、いけないことじゃないと思うんだけどな。」だめかなぁとでもいうように少しだけ口を尖らせて上を向いた。
「哲子さん、私は、ひとりになるのが怖いです。」
「みんな、そうだよ。」
私が帰ると言うと、また哲子さんはそこに残って、私を見送った。哲子さんは私が行く前からいて、私が帰った後もいる。




