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秘密シリーズ

心の中の秘密  ④

作者: あゆさん

手術による少し辛い出来事を描いています。

辛い思いをしたくない方は読まないようお願いします。

「はー・・・疲れた」

日勤の終了時間は17時。

今日はどこの手術室も時間通りに終わらず、どこも延長となっている。

そのため、遅出、夜勤帯の看護師だけでは延長している手術室に対応できずに日勤の看護師も残業となった。

今の時間は19時30分。

明日も日勤で8時30分から勤務ということを考えるとさらに疲れが増す。


「かなり疲れてるなー。お疲れ様」

私の横を田代先生が通り過ぎていく。

田代先生は各病棟に彼女がいると噂(もちろん奥さんもいてお子さんもいる)で世に言うプレイボーイだ。

「先生お疲れ様です。そういえばなんですが、山元君の足はどうなりましたか?」

「あーあの子の足ね。あの子は木田先生の患者だから朝のカンファくらいでしか聞いていないけど、まぁ時間はかかりそうだね」

「やっぱりですよね・・・。教えてもらってありがとうございました。お疲れ様でした」

医者は手術が終わった後も、病棟で患者が待っている。

今から病棟に戻って仕事をする必要があるのだろう。

手術着を着替えるためにロッカールームへと入っていく田代先生の背中を見届けた後、私も残務を処理するためにナースステーションに足を向けた。


山元君とは先週私が担当した前十字靭帯をバスケットボールで損傷した男の子のことだ。

前十字靭帯とは膝にある太い靭帯のことだ。後十字靭帯もあり、前十字靭帯と後十字靭帯が解剖的に「十字」の形になっているため、十字靭帯と言われる。バスケットボールやサッカーなどの膝をよくひねる動きをするスポーツ選手は損傷しやすい靭帯で、山元君もその1人だった。

私はその山元君の前十字靭帯再建術という手術に外回り看護師として担当した。

山元君は大学生で趣味でバンドもやっていると、術前訪問に行った時に本人から聞いた。

大学で彼女もいて、新型コロナウイルスのせいで大学生活を十分に楽しめない学生が多いのに自分はかなり楽しんでいますと笑顔で話してくれたのがとても印象深かったのを覚えている。

私の病院では患者の手術が予定よりも長くなったり、手術時間が3時間を超えた場合などいくつかの条件に当てはまった手術を対象に術後訪問を行なっている。

最近は入院期間がどんどん短縮されていて、また看護師数が充足していないため、全症例行きたいと言うのが希望だが、現実問題困難という状況だ。

山元君は予定手術時間は3時間だったが、実際には4時間54分と予定を大幅に超えたため術後訪問対象となり、先日私が訪問した。



術後訪問に行くためにカルテを見たら、山元君は「術後神経障害あり」と執刀した木田医師の記録に記載されているのを見つけた。

私は「え!?」と思いながらも、山元君の入院している部屋に行くとベッドの上で横になりながらスマートフォンをいじっていた。

私は手術のことは覚えているか、痛みはあるかなどのことを聞いた後、足の神経障害について聞いた。

「足に痺れがあるって先生から聞いたけど今はどう?」

「あー・・・そうですね。なんかあるのはありますね・・・」

「そっか・・・ちょっと足触ってみてもいい?」

「あ・・・どうぞ・・・」

私は山元君の足を布団から出して神経障害が発生したという足の甲の部分を触ってみた。

「今触ってるんだけど何か感じる?ピリピリするとか・・・?」

私は足背(足の甲部分)を触りながら山元君に確認すると山元君は少し下を見ながら私に聞いてきた。

「今って看護師さん触ってるんですか?」

私は山元君の質問に対して、その後医師からどんな説明を受けているのか、医師は時間がかかるが治ると言っているから治ると言われているなら大丈夫などのことを言いながら山元君の部屋から出てきた。



私は残務をしながら、先日術後訪問をした山元君のことを思い出していた。

看護師は患者に寄り添う素晴らしい職業だなどと言われているが、そんなことは違う。

山元君の術後訪問をしながら私は後30分で自分が担当する手術があるから時間を気にしていた。

それにこれは私せいで発生したんじゃなくて、手術が大幅に延長したから発生した可能性がある。

私がどうこうしようと発生するのを予防できたわけがない。

私の責任じゃない。

結局のところ私は私自身に1番言いたいことだ。

どこが患者に寄り添う素晴らしい職業だ。

患者一人一人の問題に対して一つ一つ心を痛めていたら11年も働き続けることはできない。

こんなことで泣くくらいに私は素直でも純粋でもなくなっている。

自分の心に蓋をするように自分の心に何度も言い聞かせながら、残務処理を続ける。


あーだめだ。

疲れている時は心に余裕がない。

特に自分が担当した手術の患者が神経障害などが発生したときには特に心に余裕がなくなる。

荒んだことした考えられない。

こういう時は看護師そのものを辞めたくなる。

疲れることが増えると辞めたくなる思いが強くなり、退職希望を上司に言いたくなる。

でもまだ言えない。

辞めたところで次の病院を探して、また同じ思いをするだけだ。

看護師とはなんと虚しいのだろう・・・。


「お疲れ様でしたー」

退勤した私はナースステーションに残っている同僚に声をかけながらロッカーへ向かう。

ロッカー前で手術着から白衣に着替えた田代先生とすれ違う。

「僕あと少しで仕事終わるから、今日いつものところでね。まだやめちゃだめだよ」

耳元で囁かれて、田代先生は病棟へと足早に去っていく。

各病棟に彼女がいる噂されている。そもそも奥さんがいる。なんならお子さんもいて良いパパをしているという話も聞く。しかも明日は日勤、明後日は12時間勤務の長日勤。

今日は絶対にすぐに家に帰ってのんびりしないと後々後悔する。

さらに私は31歳。40代の看護師が言っていた通り、30歳を越したら無理はできない。

それにも関わらず私は今からサッと家に帰っていつものホテルに向かうのだろう。


自宅に着いた私はホテルから直接病院に行けるように服を着替えたり、化粧ポーチを準備しながら田代先生の言葉を思い出す。

「やめちゃだめだよ」

どういう意味で言ったのかわからない。

でも勘のいい田代先生のことだ。何か勘づくものがあったのだろう。

さすがプレイボーイと言われるだけある。

田代先生の掌の上で転がされている感じがする。

それがとても悔しい。

私は掌で転がされるくらいに素直でも純粋でもない。

とりあえず今日絶対に転がされない。


『おやすみなさい』

LINEで一言田代先生にメッセージを送りホテルに行かないことをつたえる。


行きたいし、流されて荒んだ心を癒されたいという気持ちが沸き上がっていく。

様々な感情が心の中に沸き上がって感情が爆発しそうになる

心の中に秘密を抱えながら私はこれからも看護師を続けていくのだ。


前十字靭帯は最近では関節鏡下で行われることが多く時間も1〜2時間で終わる病院も多いと思います。

手術に合併症が起きる可能性は決してゼロではありませんが、今回のように起こるのはほぼないと思いますし、これは架空と思ってください。


どこの病院でも手術は医師、看護師、関わるスタッフ総出で安全に行うように努めています。



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