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竜胆 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
7/22

就職

 中学も卒業し、春休みも終わった頃、蔵の整理をしながら向子(さきこ)が泣いていると、顕彦が、如何(どう)した、と声を掛けてきた。


「庭に粗塩がゴッソリ撒かれていたが、何事だ。如何(どう)した、向子(さきこ)


 御父様、と言って泣きながら、向子は顕彦に駆け寄ると、しがみ付いて泣いた。


(とう)が、求婚ついでに病院の悪口を言ってきたのよ。許せないわ。今日という今日は塩を撒いたわ。(おさ)だけど、二度と来ないで欲しいわ」


 顕彦は、はぁ?と言った。


「…分からん。いや、求婚だろ?求婚するなら相手の女に気に入られようとするものじゃ無いのか?そんな事言ったら、うちの兄上達や(たつ)に懐いている向子が怒るに決まっているのに、何だって、そんな、頭の螺子(ねじ)の外れた(よう)な事言うかね?」


 一つも分からん、と言って、顕彦は首を傾げた。


「…本当なの?戦時中の人体実験に、実方医院が協力していたって」

「あいつ(おさ)なのに、そんな事言ったのか?」


 まぁ、本当だよ、と、顕彦は、向子が拍子抜けするくらいアッサリ認めた。


「こんな隠れ里に病院作るには、そんな風にして軍に協力しなきゃならん時期が有ったのさ。でもま、外聞の良い事じゃないから、御前も黙っておけよ。違う人間からも、そんな悪口言われるかもしれん。…いや、あいつ…。事によると、悪口で言った心算(つもり)も無いのかもしれないぞ。如何(どう)して向子が怒っているのかも分からないのだとすると…」


 困ったな、と顕彦は言った。


「ちょっと俺、兄上に相談してみるわ。向子、御前、病院で、住み込みで働かせてもらえ。ちょっと、あいつと距離を置こう。此れだけ断っているのに毎日求婚してくるのも何だか異常だ。病院なら、里から、ある程度距離も有るから頻繁(ひんぱん)には寄れないし、親戚の家業の手伝いだとなれば、永一も文句は言えまいよ。さ、就職だ、就職」




「そりゃ災難だったなぁ」

 向子の伯父の俊顕は、気の毒そうに、そう言うと、向子の頭を撫でてくれた。


「毎日求婚とは恐れ入ったね。こんなに別嬪(べっぴん)に生まれたから、余計な税金取られている(よう)なものだなぁ」


 美人税だな、と、言って、俊顕は、同じく、向子の叔父の(さかえ)に同意を求めた。


 栄は、苦笑いして言った。

「実在したら酷い税ですけど、こうも実害が有るのでは、(おさ)から高い税金を取り立てられている気分にはなりますよね」




 こうして、向子は、普段は、従姉の(しず)(さえ)が使っていた部屋を使わせてもらい、貞操を守るという防犯の為に、俊顕と(けい)夫婦の寝室で寝泊りさせてもらう事になった。


 娘二人が家を出て久しい伯父夫婦は、当然の(よう)に向子を猫可愛がりしてくれた。


 向子は、毎晩安心して眠りについた。


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