伯爵家次女は驚愕する
結婚・立太子したことで、過去の話や会話文以外では本名で表記します。ザンダー王子はアレクサンダー王太子・ウィズはウィステリア妃になります。
「ええ!?結婚式ではそんなことが起こっていたのですか?」
婚約者のイーノックから聞かされた話に、ラウール家次女のべサニーは意識が遠くなった。
「おっと!大丈夫かい、べサニー?…すまない、驚かせてしまって」
揺れる馬車の中でバランスを崩したべサニーを、イーノックが慌てて支えてくれる。
「だ、大丈夫ですわ…。その…ポーレットは一体どこに行ったのでしょう?見つかりましたの?」
「それがまだなんだ…僕も義父上も必死に探してはいるんだが」
「ポーレットはどうなるのでしょう?…まさか…まさか処刑ではありませんわよね?」
声を震わせるべサニーに、イーノックは神妙な顔で黙り込んだ。
べサニーはラウール伯爵の次女としてその生を受けた。
生まれた時からべサニーには苦難が待っていた。一つ年上のポーレットはピンクブロンドの髪に水色の瞳の、妖精のような美少女だった。対するべサニーは、赤い髪に茶色い瞳、それに顔にはそばかすが浮いていて、よく姉と比較された。ポーレットは自分が他人よりも美しいことに気づくと、あからさまにべサニーを馬鹿にし、貶めた。
「今日のお茶会、べサニーは私から離れていてよね。あなたみたいなブスが妹だなんて恥ずかしいわ」
「その新しいドレス、べサニーには似合わないわ。私のお古をあげるからそれを寄こしなさいよ!」
「ちょっと家庭教師に褒められたからっていい気にならないことね。私がこの家を継いだら、あんたなんか成金親父に嫁がせてやるんだから」
ポーレットはべサニーにしか聞こえないように嫌味を言い、父の前では二十枚ほど猫を被っていた。父も容姿の優れたポーレットの方が可愛いようで、べサニーには全く構ってくれない。ポーレットが王子の婚約者に選ばれると、その傾向はさらに酷くなった。
幸いだったのは、母の伯爵夫人はまともであったことだ。母は姉妹を差別せず、べサニーを理不尽な悪意から守り、ポーレットを矯正しようと奮闘した。イーノックという婚約者を見つけてくれたのも母だ。なのでべサニーは11歳になるまではそれなりに幸せに暮らすことができた。
しかし母が病で亡くなると同時にべサニーは王都のタウンハウスから領地に追いやられてしまった。
華やかな次期王妃に、陰気で醜い妹がいるなんて外聞が悪い…。
どうせ父は姉にそう言いくるめられたのだろう。べサニーはあんまりな扱いに怒る気も起きず、ただ母の冥福を祈る日々を送った。
母の死から半年ほど経った頃、婚約者のイーノックがべサニーを訪ねてきた。
「べサニー、まさか領地に送られていたとは知らず、連絡が取れなくてすまなかった。父とラウール伯爵には許可をとったから、今日から僕もここで領地経営に携わらせてほしい」
「イーノック様…よろしいのですか?もう母はいないのです。私と結婚する理由はないのでは?」
「なんて酷いことを言うんだ!確かに政略だが、僕たちはもう二年も婚約しているんだよ?君と一緒に伯爵家を盛り立てて行こうと亡き伯爵夫人に誓ったのに、それを疑うのかい?」
イーノックがあまりに悲しそうに言うので、べサニーは必死に謝った。そして彼と二人三脚で領地経営をする日々が始まった。
イーノックは優しい…本当に愛されていると勘違いするほどに…。きっとべサニーと結婚して伯爵家の当主になることが最大の目的だろうが、父と姉に虐げられ続けたべサニーにとっては、嘘でも優しくしてくれるイーノックの傍にいた方が何倍もましだった。
それからほどなくして隣国との戦争が始まったが、領地は戦地とも王都とも離れていたためあまり影響はない。しかし王都は第一王子が戦争に駆り出されたことが原因で、王位をめぐる闘争が激しくなっていたようだ。
イーノックは何度か王都に出向いて父伯爵に忠告をしたり、王宮の誰かと手紙のやり取りをしたりと忙しくしている。べサニーは特にイーノックの行動に口を出したりせず、彼を信じてひたすら見守っていた。
そして五年経って、戦争がようやく終わった。正確には終わったのではなく、とりあえずの停戦協定が結ばれただけのようだったが…。
ともあれ第一王子は王都に帰還し、べサニーの姉ポーレットとの結婚式が早急に執り行われることになった。べサニーは花嫁の妹だというのに、参加しなくとも良いとのことだった。参加したところでポーレットに貶められるだけなので、かえってほっとする。
イーノックは実家の関係で、式だけ参加することになったようだ。すっかり父と姉が血の繋がった他人になってしまっていたべサニーは、特に感慨もなくイーノックを見送ったのだが…。
結婚式は無事に執り行われたと聞いた。なのでべサニーは知らなかったのだ…あのポーレットが、結婚式当日に行方をくらませるというとんでもない事件を起こしていたということを。
王都から戻ってきたイーノックから、すぐに王都に来てほしいと言われ、慌ただしく準備をした。そしてその馬車の中で詳細を知らされたというわけである。
「ポーレットお姉様は一体何を考えているの…王家に弓引くような行為をどうして…」
「彼女にはことの重大さが分からないんだよ。いつも義父上に甘やかされて、全ての行動を肯定されてきたんだ。…きっと今回のことも、自分の我が儘を通すことしか考えていないのさ」
「我が儘を通す?こんなことを仕出かして、さらに王家に何か要求しようと言うの?」
「べサニー、君は第一王子…いいや、もう王太子殿下か。お会いしたことがあるかい?」
イーノックの質問の意味を図りかねながらもべサニーは首を縦に振った。
「婚約が正式に結ばれた日にタウンハウスにいらっしゃいました。本来なら我が家が王宮に向かうところですが、お母さまが臥せっていらっしゃったので、殿下が気を利かせてくださいましたの」
言葉は交わさなかったが、義妹になるべサニーに優しく微笑んでくれた。絶世の美少年の破壊力のある笑顔に、一瞬夢見心地になったものだ。そんな気遣いもできる優しい婚約者を、どうして姉は裏切ることができたのだろう。
「僕も五年ぶりにお会いして驚いたんだが、殿下は戦地を潜り抜けて容姿が変わられて…」
「まあ!大きなお怪我を?」
「いや、その…簡単に言うと、国王陛下そっくりのご立派な体躯と堂々としたお顔立ちになられた」
「…」
べサニーは真ん丸にした目を、きょときょとと動かした。脳内で筋肉グリズリーな国王と、華奢な美少年だった王子を思い浮かべているのだろう。
「ポーレットにとって婚約者は自分を着飾るアクセサリーなんだよ。君も気づいているだろう?」
「…ええ、そうね」
―――あなたみたいなブスが妹だなんて恥ずかしい。
幼い頃から顔を合わせるたびにポーレットから浴びせられていた言葉だ。「ポーレットの妹」として外見が相応しくない…その一点だけでべサニーは姉に虐げられてきた。
それが今回、第一王子にも当てはまったということか。だからポーレットはためらうことなく結婚式の日に逃げ出し、王子を貶めた。
実の妹にしてきたのと同じ仕打ちを、まさか仕えるべき王家の、しかも第一王位継承者にするなんて。
「ポーレットの中ではきっと、自分に相応しくない容姿になった王子が悪い、だから被害者の自分は何をしてもいい、と思っているんじゃないのかな。そして何食わぬ顔で戻って来れば、王子は美しい自分に結婚してくれと縋ってくると信じているんだよ」
「そして自分が次期国王よりも優位に立とうと?伯爵令嬢の分際で?…なんて愚かな」
べサニーは手で額を覆う。ようやく自分が置かれた状況を呑み込むことができ、絶望感に襲われた。
父の愛情を奪われ、華やかな社交の場を奪われ、そしてとうとう家まで奪われるのか。
「結婚してやったら、見目麗しい愛人を認めろ、王妃としての面倒な仕事は免除しろ、贅沢をさせろ、…こんなところだろうね」
「殿下は…お怒りでしょうね。ラウール家は取り潰されるのかしら。…ごめんなさい、イーノック。この家のために色々してくれたのに」
「何も心配することはないよ、べサニー。アレクサンダー王太子は聡明なお方だ。全てを公平に判断して下さるさ」
イーノックが優しくべサニーの背中をさすってくれる。
しかしべサニーは彼ほど楽観的になれなかった。下手をすれば一族郎党処刑、軽くても家は取り潰され、貴族籍は取り上げられるだろう。
自害をする自由は認められるだろうか…。
唯一幸いだったのは、イーノックとまだ結婚していなかったことだ。これまで孤独な自分を支えてくれた彼を巻き込まずに済むことに、べサニーは僅かな安堵を得ていた。
連れてこられたのはラウール家のタウンハウスではなく、王宮だった。
ここで断罪されるのだろうか。
べサニーは今にも気絶したいと訴える心と崩れ落ちそうな膝を奮い立たせ、イーノックと共に王宮の奥へと進む。案内されたのは、お茶が用意された明るい部屋だった。拍子抜けしたものの、椅子に座っている大柄な男を見て膝をつく。
イーノックが言っていた容姿が変わった王子…立太子したアレクサンダーだと気づいたのだ。隣のイーノックも一緒に膝をつく。
「王太子殿下」
「うむ、楽にせよ」
イーノックに支えられるようにして立ち上がる。
アレクサンダーは確かにゴリ…剛健な顔立ちになっていた。あの美少年がゴリ…いかつい顔立ちになっていたら、確かにショックだろう。だからと言って、結婚式当日に逃げ出すのは論外だと思うが。
「べサニー嬢、わざわざ呼び出して済まなかった。長旅で疲れているだろう」
「と、とんでもございません!あの…あの、この度は…姉がとんでもないことを!大変申し訳ございません!!」
謝っているうちに恐怖がぶり返し、べサニーはとうとう床に崩れ落ちた。
「ラウール家はどのような処罰も受け入れます。ですが、ですから…どうか使用人たちと婚約者のイーノック卿はお見逃しを…どうか…」
「べサニー…」
べサニーは頭を垂れて床に手をつき、アレクサンダーの断罪を待った。ところが聞こえてきたのは処罰の内容ではなく、豪快な笑い声だった。
「はははははははっ!!!べサニー嬢は面白いことを言う。どうして我が義妹を処罰せねばならぬのだ?」
「は?」
「そなたの姉ならば…ほら、俺の傍らにいるではないか。俺はラウール家の令嬢…そなたの姉と無事に婚儀を挙げたぞ」
べサニーは恐る恐る顔を上げる。アレクサンダーの隣には、見たことのない黒髪の女性が心配そうにこちらを見ていた。ポーレットとはまた別の種類の美しさを持った、凛とした女性だ。
「どういうことでしょうか…。その黒髪の美しい方が私の姉とは…意味が分かりかねます」
「イーノック、説明していないのか?」
「申し訳ございません。ポーレットが逃げ出した話をしたら気絶しかけてしまったので、ウィステリア様のことまで話すことができませんでした」
「そうだったか、無理もあるまい」
そうして説明されたのは、思いもよらぬ話だった。
なんとその場に居合わせたジュリアン侯爵家の令嬢を、アレクサンダーはラウール家の養女にしてそのまま婚姻してしまったという。「ラウール伯爵令嬢」と結婚するために、つじつま合わせをしたということだ。
元ジュリアン侯爵令嬢はそれで良かったのだろうか…べサニーが複雑な顔で見れば、義姉となったウィステリアは肩をすくめて見せた。彼女に悲壮感のようなものがないことに気づいてほっとする。戸惑っている印象は受けたものの、ゴリ…立派な体躯になったアレクサンダーと結婚して絶望しているようには見えない。アレクサンダーの側近の妹で幼馴染だったというから、押し切られ、何だかんだと絆されたのだろう。
「ここに呼んだのは他でもない、べサニー嬢、なるべく早く…できれば今すぐここで、書類上だけでもイーノックと結婚し、共にラウール伯爵家を継いでほしい」
「…はい」
一瞬戸惑ったものの、べサニーはすぐにアレクサンダーの意図を察した。
ラウール伯爵令嬢…ポーレットが逃げ出した事件は「なかったこと」にされたが、それはあくまで表向き。罰を受ける者、責任を取る者はいるということだ。王太子の琥珀の瞳の奥には怒りが宿っていて、決してポーレットを許さないという意思を感じた。
この日、べサニーはイーノックと結婚し、ラウール伯爵夫人となった。そして伯爵となったイーノックは、前当主ドムの領地での蟄居とポーレットのラウール家からの除籍を王家に申告し、即日認められたのだった。
そしてべサニーは後の人生の中で、ついぞ実姉ポーレットと再会することはなかった。
代わりにウィステリアという優しい義姉を得て、本当の姉妹のように親しい間柄になることになる。