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花嫁の父の危機

 ドム・ラウール伯爵は、窮地に立たされていた。


 この日、長女のポーレットがザンダー王太子と結婚し、王太子妃となるはずだったのだ。ラウール伯爵には未来の王妃の父として、華々しい未来が約束されていた。

 だというのに、結婚式当日の朝、ポーレットは置手紙と共に姿を消した。


 ―――私にザンダー殿下の妃は務まりません。


 ポーレットが姿を消した事実を誤魔化せるはずもなく、ラウール伯爵は宰相のリースマン公爵に状況を報告した。そのまま新郎新婦の控室で花婿のザンダー王子と重臣たちにも事実を告げると、予想通り部屋は阿鼻叫喚の有様となった。ザンダー王子は呆然とし、重臣たちはラウール伯爵に罵詈雑言を浴びせる。

 どうしてこんなことになったのか…。

 


 ザンダー王子が戦争に赴いた五年の間、王宮では勢力争いが激化することになった。

 てっきり戦場を前に尻尾を巻いて逃げ帰ると思われたザンダー王子は、戦場に踏みとどまり戦功を立て続けていた。だが一方で、ザンダー王子の生母であるミラ王妃が、カミーユ側妃との権力争いに破れて離宮に追いやられてしまった。第一王子が戦地に送られてから間もなくのことだ。

 国王がザンダー王子を見捨てたのだと感じた第一王子派に次々に第二王子派や王弟派に鞍替えされ、側妃の実家が手配した医師に「流行病を得た」という偽の診断をされ、強引に王宮から連行されてしまった。国王も気づいていたはずなのに、よほどミラ王妃を煙たがっていたのか見て見ぬふりだった。この時はさすがのラウール伯爵も焦ったものだ。

 このままでは、ザンダー王子の婚約者であるポーレットの将来が危ぶまれる。

 ところがポーレットは危機感を感じるどころか、ミラ王妃が王宮を出たことを喜んでいた。


 「あのおばさん、口うるさくて嫌いだったのよね。せいせいしたわ」

 「馬鹿なことを!誰かに聞かれたらどうする」

 「だって…!もっと勉強しろとか、姿勢を良くしろとか、会う度に小言を言ってくるのよ」

 「それはお前を立派な王子妃にするために…」


 ラウール伯爵は一応口ではポーレットを窘めるものの、あまり強く出ることはできない。

 生まれた時から妖精のように美しく、王子の婚約者にまで選ばれたポーレット。彼女は秀でるものの少ないラウール伯爵の、一番の自慢だった。

 勉強が嫌だと言えば家庭教師を解雇し、欲しい物は何でも買い与えた。王妃になるには頭が足りないと陰口を叩かれていることも知っているが、美しい娘ならば愛嬌で何とかなると本気で思っている。


 「お父様!そんなことより、ジュリアン侯爵家の大女が王宮で働いてるって本当?」

 「ん?ああ、宰相閣下が書記官として引き入れたようだな」

 「女官じゃないの?政務塔の方なら入り込めないじゃない。せっかく揶揄ってやろうと思っていたのに」

 ポーレットはどういうわけか、ジュリアン侯爵の娘であるウィズ嬢を目の敵にしている。王妃教育を受けていた頃、教師やミラ王妃が見本となる令嬢として名前を上げたことが原因らしい。

 確かに端正な顔立ちをしていたが、髪の色といい高すぎる身長といい、愛らしいポーレットとは対極にいる令嬢だ。

 「そんな女の出来損ないなどお前が気にする必要はない。とにかく、今王宮はきな臭い。しばらく領地に行ったらどうだ?」

 「嫌よ、あんな田舎。陰気なべサニーにも会いたくないし」

 ポーレットは父伯爵の提案を一蹴すると、自室に逃げてしまった。



 「義父上、ポーレット様の夜遊びをやめさせてください。このままでは王家から婚約を破棄されてしまいますよ」

 しばらくして、そう苦言を呈したのは次女べサニーの婚約者イーノックだった。

 長女のポーレットは王家に嫁ぐので、イーノックは入り婿となって次期ラウール伯になることが決まっている。


 「王妃様が追放されて(たが)が外れているのでしょうが、限度というものがあります。ザンダー王子が戦場で必死に戦っているのに夜会を渡り歩くなど、一体何を考えているのですか」

 「ポーレットはこれまで王妃教育で自由がなかったのだ。結婚前に少しぐらいの遊びは…」

 「少しぐらいで済まないからこうして忠告しているのです!!参加したパーティーの中にはいかがわしい行為をするものがあり、すでに噂になっています。第一王子の婚約者の座を狙っている者にとっては格好の餌食ではありませんか。このままでは純潔を疑われて、婚約者の座から引きずり降ろされてしまいますよ」

 まさかそこまでになっているとは思わず絶句するラウール伯爵に、イーノックは「だいたい…」と畳みかける。

 「何が王妃教育で自由がなかったですか!ポーレット様が王妃様の呼び出しに応えず教育をさぼってばかりだったのは、それこそ王都中の貴族の知るところです。これまでは王妃様と側妃様の権力争いのごたごたで大目に見てもらえていたのでしょうが、今まさに婚約者とその母親が窮地にあるというのに、表向きだけでも心配する素振りはできないのですか!!」

 

 イーノックの話はあまりにも正論過ぎ、ラウール伯爵はポーレットを大人しくさせることを約束させられた。そうしてしばらくは夜会に参加することを禁止されたポーレットだったが、それも一ヵ月が限界だった。部屋に閉じ込めていたわけではないので、父伯爵が留守の夜に勝手に抜け出してしまうのだ。


 愛娘の奔放さにラウール伯爵が頭を悩ませている間に、またしても王宮の勢力は塗り替えられていた。

 なんとキース第二王子と王弟のケンプ大公が手を組み、王位を狙ってウルフ王に暗殺者を差し向けていたのだ。しかしその企みはばれ、主犯のケンプ大公はあっさり処刑されてしまった。

 息子の危機に血迷ったカミーユ側妃は、もう一人の王弟トリスタン大公に唆されて国王を害してしまった。キース王子は牢で自殺、カミーユ妃とトリスタン大公はもちろん処刑となった。さらにウルフ王もカミーユ妃に負わされた傷のせいで重篤な状態になると、ポーレットとラウール伯爵の周囲はにわかに慌ただしくなった。

 

 王宮に舞い戻ったミラ王妃に呼び出されたラウール伯爵は、とうとうザンダー王子の立太子と、ポーレットとの結婚を伝えられた。

 「ポーレット嬢にはもう少し己の立場を理解してから嫁いでもらいたかったのですが…こんなことになった以上、致し方ありません。一ヵ月後にザンダーの立太子式と、結婚式を同時に行います」

 暗に「はっちゃけてることは知ってるぞ」と脅されたものの、婚約解消という最悪の事態は避けられたラウール伯爵は安堵した。次の日から、結婚式の準備が慌ただしく始まった。さすがのポーレットも遊びに行く暇がないくらい予定を詰め込まれていた。

 そして結婚式の二週間前、とうとう敵の軍を完膚なきまでに叩きのめしたザンダー王子が意気揚々と帰還した。

 ポーレットは高価なドレスと宝石で着飾り、美貌の婚約者を王宮で出迎えたのだが…。


 そこで悲劇は起きた。

 もう、悲劇としか言いようがない。

 ラウール伯爵とて、あまりの現実離れした光景に絶句したのだから。

 

 ザンダー王子は、赤茶の髪に琥珀の瞳をした美青年だった。ラウール伯爵の記憶の中では、間違いなくそうだった。過酷な戦場で多少は荒んでいるのかもしれないが、きっと柔らかさが抜けた精悍な美男子になっているだろう。

 きっとラウール伯爵やポーレットだけではなく、誰もがそう思っていたはずだ。

 ところが現れたのは…筋肉の鎧をまとったゴリラだった。

 髪の色と瞳の色が辛うじて五年前の面影を残しているが、日に焼けた毛深い顔はゴリラだった。「出迎えご苦労!」という野太い声は、やっぱりゴリラだった。

 

 ラウール伯爵は何とか踏みとどまったが、ポーレットは泡を吹いて気絶していた。



 第一王子のまさかの変貌に驚いたものの、式の準備自体は着々と進んでいた。

 しかし思えば、その頃からポーレットの様子はおかしかった。物思いにふけったり、自室に閉じこもったり、かと思えば知り合いの商人を呼んで何時間も商品を吟味し、買い物をしているようだった。しかしラウール伯爵は隙あらば夜会に興じようとするポーレットが大人しくなったことに安心し、特に彼女と話をすることもなかった。


 そして結婚式当日…。

 

 ラウール伯爵はそっとザンダー王子の表情を盗み見る。先ほどまで愕然としていたその顔は、すでに冷静さを取り戻していた。おそらくは、姿を消した娘の尻ぬぐいに奔走しているジュリアン侯爵家の大女…ウィズ嬢の采配のおかげだろう。

 そして琥珀の瞳には、冷たい怒りが宿り始めている。間違いなく、その怒りの矛先は自分の娘に向けられたものだ。

 来るはずだった輝かしい未来は一瞬にして黒く塗りつぶされ、ラウール伯爵は途方に暮れるしかなかった。


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