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王太后は憤っている

 ミラは困っていた。

 それはもうものすごく困っていた。

 嫁いびりが一度として成功していないのだ。先日のリンダ嬢を思わず撃退して以降、同じようなことが続いているからだった。


 リンダ嬢事件の翌日、ミラはめげずにウィズの部屋に突撃した。結婚式の参加者へのお礼状を書いていた嫁の文字を馬鹿にして嗤ってやろうと目論んだのだ。

 ところが…。

 「私とザンダー様は真実の愛なんです!」

 と叫ぶ男爵出身の侍女が、ミラの後ろから部屋に飛び込んできた。誰が名前で呼ぶことを許したんだ、おい。

 あのポーレットと同じピンク色の髪だったのでイラッとして、喚いている間にエプロンの裾を近くのキャビネットの足に結びつけてやったら盛大にすっ転んで鼻血を出していた。

 結構な流血になったのでパンジーと女官長に怒られた。解せぬ。

 が、他の女官たちには生暖かい目を向けられウィズにはお礼を言われた。解せぬ。


 さらにその日の午後、書記官の仕事の引き継ぎをしていたウィズ目掛けて政務塔に乗り込んだ。引き継ぎもせずに結婚なんて仕事を馬鹿にしているのねと嫌味を言いに行ったのだ。

 すると今度は先を越されていた。どこぞの子爵令嬢が、あばずれだの卑怯者だの私の方が王妃にふさわしいだの書記官たちに囲まれたウィズに向かって喚いていたのだ。

 さすがに見飽きた展開に高みの見物をしようとしたミラだったが、令嬢が喚きながらドレスのスカートのあたりをごそごそしていることに気づき、やっぱり嫌がらせに使うつもりだったネズミのおもちゃを転がしてやった。悲鳴を上げて飛び上がった令嬢は、何やら液体のようなものが入った瓶を落とし、それが割れて異臭が出たので大騒ぎになった。

 どうやらその令嬢は改造してポケットを作ったドレスに仕込んだ薬品をウィズにかけようと画策していたらしい。皮膚が爛れるヤバいやつだったようで、嫉妬に狂った女は怖いわーとその時は思った。

 

 やはり後から聞かされた話だが、調査の結果、全ては別の家が格下のその令嬢を脅して計画したことだとわかり結構な大捕物になったという。侍女でもない子爵令嬢が王宮の、しかも政務塔に入り込めた時点で黒幕がいると睨まれていた。

 実行犯の令嬢は家族を人質に取られていたので温情を与えられて修道院に数年入るだけで済んだが、主犯の貴族たちは当主が処刑され家族も貴族籍を取り上げられ、二つの伯爵家がお取り潰しになった。ウィズを廃妃まで行かずとも人前に出れない傷を負わせ、息のかかった娘を側妃として嫁がせるつもりだったらしい。

 ちなみにだが、全ての功績は王太子妃を身を挺して助けたとしてミラのものになった。解せぬ。



 その後は流石に王宮に刺客が入り過ぎだと警備が強化されたが、今度はウルフ王が危篤になり、その後亡くなって葬儀やらザンダーの戴冠やらで嫁いびりどころではなくなった。


 ウルフが鬼籍に入りザンダーが即位したことで、ミラは王太后と呼ばれる身分になった。ウルフとは反目していた期間の方が長いので涙にくれるということはなかったが、それでも子供を為した間柄だ、喪失感はある。


 「あの男が生きてる間に嫁いびりできなかったわ…」

 「もういい加減にしましょうよ」

 「だって腹立つじゃない。あの男、絶対に私には嫁いびりの一つもできないって内心馬鹿にしてたわよ。目にもの見せてやりたかったのに」

 「そのくだらないこだわりに、ご子息はともかくウィステリア様を巻き込むのはどうかと思います」

 「わかったわよ、もうウィズ嬢…もうウィステリア王妃ね…手を出すのは諦めるわよ。どうせもうザンダーや宰相が護衛を貼りつかせてるんでしょう。でもこのまま引き下がるのは癪なのよね」



 そんなある日、ミラは王宮の廊下で挙動がちょっと不審な若い男を目にした。しかもご丁寧に怪しい箱を抱えている。

 またウィズを狙う不届き者かと思ったが、王宮の警備は一段と強化されているはずだから、そうそう身元の不確かな者が入り込めるとは考えづらい。

 それに男が向かっているのはウィズがいる部屋とは方向が違った。足取りが確かなので迷っているとも思えない。


 「そこのあなた、お待ちなさい」

 「え、はっ!?」

 「あなたよ、その箱を持ってるあなた」

 若い男は一瞬胡散臭げな顔をこちらに向けたが、相手が明らかに身分が高そうな婦人だということに気づいたのか畏まって礼をした。

 「な、何か御用でしょうか…」

 「この先は国王の執務室よ。その箱は執務に関係あるものなの?」

 「そ、それは…その…」

 「私は王太后のミラよ。最近息子や息子の嫁の周辺で不審なことばかり起きているの。あなたは見慣れない顔だったから呼び止めたのよ、悪く思わないでね」

 「と、とんでもございません!!王太后様とは知らず…っ」

 「良いのよ。私の侍女に箱の中を検めさせてもらっても?」

 「いえそれは…どうかご容赦を。検問は済んでいるものですので」

 男はパンジーが近づくと素早く箱を後手に隠した。ここで粘っても意味がないらしい。

 「いいわ、分かったわ。行ってちょうだい」

 「…は、失礼いたします」


 「よろしいのですか、王太后様」

 男の背中を見送りながらパンジーが囁く。

 「ひょろそうに見えるけど、結構気概のある男よ。主の秘密を守るためなら箱を抱えてあの窓から身を投げるでしょう。そんなことになったら気分が悪いじゃない」

 「ではあの箱は…」

 「依頼主も送り先もザンダーでしょうね」

 国王直々の依頼ならば命も懸けるだろう。

 「さあ、こっそり後をつけるわよ!」

 「え!?諦めたのでは?」

 「そんなわけないじゃない。大体ザンダーったら母親の私に隠し事が多いのよ。ウィズのことは受け入れたけど、何でも私が黙って認めると思ったら大間違いだわよ!あの箱の秘密はなんとしても暴いてやるわ!!」

 「どうしてそういう方向に暴走するんですかぁ…」

 手をわきわきさせながら国王の執務室に向かうミラを、パンジーは眉間を揉みつつ足早に追いかけるのだった。


 「失礼するわよ!」


 ぱーんっ!と扉を開けて入ってきた母親に、部屋の中にいたザンダーは飛び上がった。

 ははーん、焦ってる焦ってる。ミラは目論見通りだとにやりと笑う。

 箱を届けに行った男が用事を終え来た道を戻るのを確認した後、さらに執務室の前を見張っていると中の文官たちが部屋を出ていった。彼らの会話に耳をそばだてると、長めの休憩を取るように国王に命令されたらしい。

 きっとザンダーは箱の中身を一人で確認しているのだ。そういう結論に至ったミラは、タイミングを見計らって部屋に突撃したのである。

 ちなみに門番には国王に内密に相談したいことがあるからと言いくるめ、簡単なボディーチェックとパンジーを伴わないことを条件に先触れなしで入れてもらった。せっかく手に入れた王太后という身分、存分に使わなくては!!


 「は、母上!?どうして…!」

 うろたえるザンダーを横目に、ミラはずんずんと部屋の中に進んだ。ザンダーがあっ!と思った時には机の上に置いてある箱の中にミラは手を突っ込んでいた。

 中にあったのは光沢のある黒い女性用の革靴だ。靴底とヒールは特殊な曲線を描いており、細工も細かいことから普段使いには向かないやつだ。

 「なにこれ?変わった靴ね。黒色なんて趣味が悪いわ」

 「かっ、返して下さい!!」

 ザンダーは奪い返そうとするが、さすがに母親に対して無体なことはできないのか勢いがない。

 「ウィズへのプレゼントなの?あの子のものにしてはヒールが高すぎない?」

 「放っておいて下さい!妻に何をプレゼントしようが俺の勝手でしょう」

 「…」

 「な、なんですか…」

 「ウィズはこの靴のこと知ってるの?」

 「知るわけ無いでしょう。サプライズなんですから」

 「寝所で逃げられないようにした上で騙し討ちのように着せようとしたわけじゃないわよねぇ?その手にある面積の少ない布と一緒に」

 「う…!」

 ザンダーは観念したように背中に隠していたものを出した。もう紐なの?と疑う面積の黒い下着だ…。確かにスタイルがいいウィズが纏ったらどの男でも悩殺できそうである。

 「良いではないですか!寝所で恥じらうウィズも可愛いですが、この下着を着て、このヒールで『この雑魚が!』とぐりぐり踏みつけながら、たまには罵ってもらいたいんです!!」

 胸を張って宣った息子に、ミラは今日一番の笑顔を向けた。


 「死ねぇぇええぇぇえーーーーーーーー!!!!この変態ぃぃーーーーーーー!!!!」




 この日の夜、ウィステリア王妃の居室を訪れたのは夫の国王ではなく、姑のミラ王太后だった。

 しかもワイン瓶片手に明らかにベロベロに酔っ払った状態で、ウィズを始め女官や侍女たちは唖然とした。


 「ウィズーー、ううん、どうしてなの、どうしてあのバカ息子はゴリラなんかに退化したのよぉ」

 「お、王太后様…お気を確かに」

 「しかも変な性癖に目覚めかけてるし、うぉぉおおーーんっつ!私のかわいいザンダーを返してよおぉーーー!」

 男泣きである。

 「王太后様!わかりました!わかりましたから!!ワインはもうそのへんで!お体に障ります」

 「全部ウルフのせいよ!あのバカ亭主の遺伝子のせいよ!!死ぬ前に毛根全部引っこ抜いてやるんだった!ちくしょーーー!」

 「王太后様!!」

 「…はっ!今からでもいいんでない?今からでも行けるんでない?まだ腐ってないよね?まだハゲにできるよね?よっしゃっ!墓地に行くわよぉ!」

 「王太后様ーーー!!」

 「掘り返して毟ってやるんじゃーーーー!」


 結局ミラは朝まで暴れ、最後はいびるはずだった嫁によしよしされて彼女のベッドで寝た。


 そして駆けつけたザンダーとウィズたちが戦々恐々と見守る中、昼前に目を覚ましたミラは一転落ち着きを取り戻していた。

 「迷惑をかけました。部屋に戻ります」

 まるで憑き物が落ちたかのように颯爽と立ち去るミラを、誰も追いかけることができなかった…側近のパンジーですら。



 そしてその直後、国王の部屋でボヤ騒ぎが起こった。

 幸い火はすぐに消し止められたが、国王の私物がいくつか燃えたと記録には残っている。ウィズを始め大多数の者には何が燃えたのか知らされなかったが、ザンダーは無言で涙を流し、ミラはボヤを起こした責任を取って自主的に謹慎したという。





 アレクサンダー王の生母ミラは、息子の即位後しばらくは離宮に居を移すも、ウィステリア王妃の懇願ですぐに王宮に戻っている。嫁であるウィステリア王妃との関係は良好だったようで、四人の孫の教育にも関わるほど王妃からの信頼は厚かった。

 また理不尽な結婚生活の鬱憤を晴らすかのように国内を旅行で飛び回り、行く先々の名所や特産品をレポートにまとめ、国の発展に大きく貢献した。王族にも関わらず、庶民が読む新聞に何度も旅行記事を提供していたことは有名な話である。

 ウルフ先王に再婚の権利を与えられていたミラだったが、一度もそれを行使することはなく、やがて家族に見守られながら82歳の大往生を遂げた。

 19歳で友好国同士の婚姻のために国境を越えた彼女は、その後は一度も母国に足を踏み入れることはなかったという。


 

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