13話 不気味な笑み
一人の青年は不気味な笑みをして笑っていた。
暑くも寒くも無い、そして何もないこの空間に黒を基調とした服装の青年の笑い声が響いていた。
『ご機嫌がよろしいようで』
青年の目の前にいる50、60m、いや、それ以上の巨体を誇る大きな蛇……………否、白き輝く鱗を持ち、その両目には金色に輝く瞳を持ち、その瞳を見ただけで強者でさえ戦うことは愚か逃げることさえ諦めてしまうプレッシャーを感じさせる…………竜。その竜を一言で表現せよと100人に聞いたら100人全員が神々しいと言うであろう、その神秘的存在感。まさにこの存在こそが『竜』に相応しい、否、『竜』以上の存在。
その竜は青年を見た感想をそのまま青年に伝える。
「うん?そう見える?」
『はい…………とても機嫌が良いとお見えします』
それを聞いて青年はまた笑う。
「はははは、ちょっと面白いことがあってね」
『面白いこと…………ですか』
「そうそう、面白い子がいてね」
竜は頭を傾ける。
青年が言う「面白い子」に思い当たる節がないからだ……………いや、2人いた。
「違うよ」
青年が前触れもなく言う。
竜は自分が考えたことを口にはしていない。なのに青年は竜の考えを否定したのだ、しかし、竜は特に変わった様子を見せず、さも当然のことのように対応する。
『違いましたか…………てっきり彼のことかと』
竜の考えた2人の人物。そのうちの1人は、主人が接触する行為は出来るだけ避けるようにしているため可能性が低い。よってもう1人の人物だと竜は考えていたが、それも間違っているらしい。青年は竜の言葉に顔を縦に振らず横に振っている。
「うん、違うよ。彼はただのおまけみたいなものさ、まあ所詮はただの駒さ、チェスで言うところの『ポーン』みたいな物だよ……………役に立ってくれると嬉しいんだけど……………あんまり期待できそうにないんだよね」
白き竜は考える。主人が何に機嫌を良くしているかを知るために。ふと、主人がこの前『作りたい駒があるだ』と言っていたことを思い出す。
「そう。その駒のことさ」
青年はそう言うと、その駒のことを思い出しているのか、また愉快な笑みを漏らす。
青年のその反応に竜は目を細くして青年にその駒について問う。
『それほど良い駒なのですか?』
「ああ、あれは流石に想定外だったね」
青年は「あ、そうそう」と言って何か思い出したかのように竜に喋り出す。
「君にお願いがあってね」
『なんなりと』
青年はそう言うと面白い物を見るように言う。
「ルシフェルのところに行ってほしいんだ」
『…………あの小娘ですか』
竜がしばし考えた素振りを見せ、口を開く。
『殺してしまっても構いませんか?』
「いや、殺すのはまだ駄目だ…………ルシフェルは彼と仲が良いからね…………」
『大変失礼しました』
「でも少しは暴れていいよ、なんなら今の彼と力比べでもしたら?」
『ッ!!??』
竜が体を「ピクッ」と反応する。
竜のその反応を見て青年はまた笑う。
『よろしいのですか?』
「はははは、うん、いいよ。まあ、今の君相手なら敵ではないだろうけどね…………死んだりはしないでくれよ?」
『この命は全て貴方様の物であります。よってあなたの命令以外でこの命が滅ぶことなどあり得ません』
「はははは、そう言ってくれると嬉しいよ。なに、君の力を疑った訳じゃないよ?ただ相手は彼とその分身とも呼ぶべき死神…………あとはあの堕ちた魔人だからね、流石の君も3人を相手にするのは……………いや、君なら余計なお世話かな?」
『我の存在は全てが貴方様の手足となる物、即ち、敗北などあり得ません』
竜が確信を持って言い放った。
それを見て青年は嬉しそうに笑った。
『それであの小娘は殺さぬとして…………あの童は殺しても構いませんか?』
竜がそう言った瞬間……………空気が変わった。
暑くもなく、寒くもなかったこの空間の温度が格段に低下したのを竜は肌に感じた。
原因はその青年だった。
なにをしたのか?そんなことは簡単なことだった。
―――殺意だ―――
その青年が敵意を超えた殺意を放つ、そのプレッシャーでこの場の空気が変わったのだ、いや、それだけではない、空間が歪み出したのだ。
青年が殺意を込めた視線を竜に向ける。
竜は自分の失態を悟った。青年の殺意を向けられただけで『神』と言ってもおかしくないほどの神々しさを感じさせるこの竜の体が震える。武者震いとかそう言う次元ではない、あるのはただ一つ、恐怖だ。
「あれは僕の獲物だ…………それを横取りするつもりかい?………………なあ、ハク」
青年が優しい口調で言う。だが、その言葉は優しい口調のはずなのに優しさを感じさせず、殺意が、殺気が込められているかのように感じさせる物だった。
『め、滅相も御座いません!!気に触ることを言ってしまい誠に申し訳御座いません!!どうかお許しよ!!!」
この竜にとって最も最悪なこととは死ぬことではなく、主人であるこの青年に失望される事だ。だから竜は自分の犯してしまった失態を悔やんだ。これで主人が自分を失望される事になってしまえばもう生きる意味などなく、絶望に染まってしまうからだ。だから竜は許しを請うため頭を下げた。
「いや、いいよ。許そう。大体さっきのは別に君が悪い訳でもないしね…………だが、次はないよ?彼は僕のお楽しみだからね」
『お許しいただき誠に有難う御座います!我が主人のご慈悲に感謝を!』
竜は主人であるこの青年に許されるため、頭を下げた。
「言ったろ?彼を取らなければいいって」
青年はそう言って話を続ける。
「それで?君は僕に頼みたい事があるんだろう?要件はなんだい?」
竜は先程のミスをしないよう、十分に注意をしながら語り出す。
『我が主人よ。何卒、あやつらを消す許可を頂けないだろうか』
「なんだい?そんなに嫌いなのかい?あの2人が」
『我を下に見て良い存在は主人である貴方様だけ、しかし、あの愚者どもは私を常に下に見る、それだけではこと足らず世界は自分の物とまでほざいたのでございます。これは万死に値する事かと』
「なるほど……………君があの2人を殺したくなるも分かるけど……………まだ駄目だ」
『はっ!承知いたしました』
「我慢させて悪いね」
『滅相も御座いません。全ては主人のままに』
そして竜は最後に聞くかどうか迷っていた事を口にする。
『我が主人よ、最後に教えていただきたい事が』
これはただの疑問だった。
「ん?…………ああ、その事か…………ルシフェルのところに行かせる理由ね…………邪魔をさせないためだよ…………僕の大事な駒のね」
『邪魔?ですか?あの者が?』
竜は青年が言った言葉の意味を理解する事ができなかった。だが、竜はこれ以上聞かず、頭を下げた。主人であるこの青年の機嫌を悪くしないように。
『教えて頂き誠に有難う御座います』
「まあ、そのうち分かるよ」
青年はそう言って振り返り、景色を眺めていた。それは遠い、果てしなく遠い物を見ているようであった。
「もう少しだよ…………ああ、楽しみだよ…………『覇皇』が決まるのが」
青年はまた不気味な笑みを漏らす。
「とは言っても驚いたよ………………まさか『闇』の力を得るとはね…………ふふ、ふふふ、はははは、はははは!」
その笑い声はどこまでも…………どこまでも、響き渡った。
「この世界は退屈だと思っていたけど……………あながちそうでもないかもしれないな」
『全ては我が主人の思うままに』




