第九話 仕組まれた罠
第九話
仕組まれた罠
「さっき、部屋にゴキブリが出たの」
イオは震える声で、状況を伝える。
ボクは、イオの部屋の中に目をやった。
既にゴキブリは室内には居ないようなので、
「殺したのか」
と聞いた。
するとイオは、
「逃がしてあげた。だって、むやみな殺生はいけないことでしょ」
これだけの言動で、ボクの心の琴線に触れてしまう。
神経質になり過ぎているようだ。
耐えきれない。
もう、早く告白したくなる。
だが、ここで言ってしまえば、ようやく会えたイオとの間に溝が生まれてしまう。
言わないと誓う。
言ったら終わりだ。
ヱイラ国に帰ったら、逮捕されて死刑になるだろう。
いっそのこと、ネオジオ国に亡命してしまおうか。
いや、
イオが許さないだろうな。なんせイオはあのこともあるし……
「どうしたの?」
イオの問い掛けで、不意に我に帰る。
そうだよ。
そんなに考えても仕方ないんだ。
言葉に出さない限り、ボクは傷つくことはないんだ。
「……」
ボクは、何も言葉を発さず、口をつむった。
その後、しばらく互いに見つめ合い、沈黙が続いた。
その重苦しい空気に耐えきれなくなったのか、イオの方から、食堂に行こうという誘いがあった。
ボクは、只黙って首を縦に振った。
ーーーーーーーーーー
同時刻
ネオジオ国
某所
戦略会議室
室内は、暗闇に包まれており、何人居るかはハッキリとは分からない。
だが、状況から見て、上司と部下の2人のみと考えるのが妥当であろう。
「アル、今現在の進捗状況は」
アルとは、あの白衣の男である。
上司は、立派な仙人のようなヒゲをたくわえている。それにもかかわらず、髪は無い。スキンヘッドである。
「被験者6号の捕獲に成功しました」
「御苦労。5号の状態は」
「もう直ぐ、昇華します」
「予想より進行が早い。計画に支障は無いか」
「はい。明日、予定通りにフェーズ6に移行します」
「分かった。下がって良いぞ」
上司は、ヒゲをいじり、ニッコリと笑った。
淡々とした会議は一瞬で終わり、アルは、不満気にその場を後にした。
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15分後
capsule基地内
食堂
食堂には、ラーメン、チャーハン、カレーライス、マアレナ(ネオジオ国の伝統料理。ニンニクをふんだんに混ぜた小麦粉に、ニラと白菜を加え、繋ぎにカラスの玉子を使い、油で揚げたモノ)などなど、バラエティーに富んでいるが、味はドレも今一つといったところだ。
食堂の広さは、立派なスタジアムぐらいあり、席数は十二分に確保されている。
この基地の周りは全て山ばかりで、窓からは青々とした森林、そしてサルなどの動物達を飽きる程見ることが出来る。
ボクたちの他にも、capsuleに関わる軍関係者、整備士や科学者、更には地域住民までもが利用する。機密情報が漏れないか心配であるが、その辺は大丈夫なのだろう。
「うわっ。これ、本当にラーメン?」
何故か知らないが、イオは、ラーメンの味には、かなりウルサい。
どうやら、麺とスープが合ってないことが不満らしい。
「こんなもんに630円払うなんて、どうかしてるわ」
そう言いながらも、かなりの速さで完食したので、イオの言葉の真相が読めない。
イオは、結構気分屋なので、言動と行動が噛み合わないことは、今まででも良くあったことだ。
イオとの思い出は、数え切れない程ある。
その思い出と、ボクの犯してきた罪の数々の狭間で、時々悶絶しそうになる。
「ところで、スミは今までココで何してたの?」
イオの突然の質問に、背筋が凍りついた。
「……いや、色々」
「色々、って具体的には?」
言えない。
言えるハズがない。
「え、だから、ほら、せ、整備士だよ。capsuleの」
ボクはイオに、生まれて初めて嘘をついた。
「じゃ、今度capsuleの構造について教えてね!」
イオは、満面の笑みでボクを見つめる。
冷や汗が止まらない。
どうしようか。ボクは、capsuleの構造何て全く知らない。説明なんて、もってのほかだ。
早く話題を逸らさないと……
だが、そんな不安は、一瞬にしてかき消された。
「あんた、何嘘ついてるの」
弛緩していた空気が一気に緊迫した。
ミユはボクのことを、鷹のような鋭い目つきで見つめる。
何であんたが出しゃばるんだ!
ボクに言及してどうするつもりなんだ?
最低だ。
「な、何言ってんだよ」
「あんた、人沢山殺したよね?capsuleでさ!!」
ミユが、ボクの耳元で怒号のように叫ぶ。
遂には、核心までも告白してしまった。
ボクは、必死にごまかし、ミユの言動は嘘であると説明するが、
「なんか、様子がおかしいよ。ねぇスミ、どういうこと?あたしを騙してたの?ねぇ!!聞いてるの?」
ボクは、言い逃れは出来なくなってしまった。
ボクが、これから真実を打ち明けようかどうかというジレンマで頭が破裂しそうになっていた、
その時。
「イオ・スミス、スミ・エイフェックス、ミユ・アンゼ、以上三名は、至急指令室まで来て下さい」
最悪のタイミング。ボクは、これからどうするば良いんだ。
このまま、イオと仲直り出来ないまま、
死んでしまうのだろうか。
そんなの、誰だって嫌に決まってるだろ。
これ以上、人は殺さない。
ボクは、意を決し、高らかに宣言した。
「あのさ、ボク、もうcapsule操縦しないから」
〈終〉