第七話 スフィア
第七話
スフィア
胸騒ぎがする。
なんだろう、この胸の高鳴りは。
恍惚。
この表現が一番しっくりくる。
ミサイルが直前まで迫ってくる。だがボクは、そのミサイルを避けようとしなかった。
「早く避けて!!」
ミユの叫び声が聞こえる。だがボクは、その声に耳を貸さなかった。
「大丈夫、一瞬で終わる」
今のボクにはミサイルがゆっくり進んでいる様に見える。自信が心の底から湧き上がる。
ボクはcapsuleの右腕を剣に変形させ、ミサイルを真っ二つに斬った。
二つに割れたミサイルは、ボクのcapsuleの両脇を通過し、後方の平原に墜落し爆発した。
「……スゴい」
ミユの嘆息が聞こえる。
ボクの興奮は頂点に達する。
「さあ、演舞の始まりだ!!」
ボクは決め台詞をカッコ良く言ってのけた。(ミユは鼻で笑ったが)
ボクのcapsuleを防衛基地めがけて急降下させた。兵士達が慌てて準備する姿が見えたが、それには目もくれず、右腕の剣で、基地ごと二分した。
だが、一つの基地を破壊しても、この国境線には無数の防衛拠点が存在する。森林内に至っては何処に有るのか分からない。
ミサイルが一斉にボクとミユのcapsule目掛けて発射される。だが、ボク達は空高く急上昇し、迫り来る弾幕をヒラリヒラリとかわしていった。目標を失ったミサイルは、次々と地に墜ちていった。
「今度はこっちの番だ」
そうボクは言い放つと、ミサイルの発射準備で忙しい基地達目掛けて再び急降下した。ボクのcapsuleの右腕の剣を10m程度まで長くし、森林ごと斬った。
すると、丸裸になった森林に、4〜5発のミサイルが現れた。そのミサイル達は用意周到に、地上に設置されておらず、地下から発射するものであった。
「生意気な奴らだ」ボクの頭に血が昇る。正々堂々と勝負しない狡猾な態度に。
後は任せて、とミユは基地から離れることを勧める。
ボクはその勧告に従い、基地からある程度の距離をとる。
ミユはボクが離れるのを確認すると、ミユのcapsuleから無数の針が生えてきて、その全ての針の先が基地の方向を指した。
「一斉射撃、『ニードルインフェルノ』!!!」
その叫び声と共に、森林にあった基地だけでなく、国境に沿うように配置された基地にも針による攻撃が加えられる。
ミユから発射された針が基地に当たる。すると、半径5m程度の爆発が建物や兵器を焼却していくではないか。
「スゴい!スゴいよミユ!!!」
ボクは思わず歓喜の声を上げた。
国境沿いの基地はほぼ全て破壊され、ボク達に向かっての攻撃は無くなった。
「じゃ、行きますか、首都」
ミユはゴキゲンである。
だが、ボクは内心複雑であった。
故郷である首都エルべスタに攻撃を加えるということは、今まで生きた証しを自ら抹消することと同じだ。
いくらイオが大事だからといって……
ボクはどうすれば良いんだ。
10分もしないうちに、首都郊外に着いた。
相変わらず閑静な住宅街が大きな道路を挟んで整然と並んでいる。この住宅街を抜けると、ガラス窓が眩しいビル群が乱立する中心部に辿り着く。
だが、住宅街に入る道路には既に戦車や対空ミサイルが配備され、物々しい雰囲気を漂わせている。
ボクらは住宅街に侵入を試みる。
それと同じくして、彼らが、ミサイルの発射準備を始めた。
相手にならない、とミユはボヤキながら、地上に向かい急降下した。
一瞬の油断も許さない緊張感がボクを襲う。それと対称的に、ミユはこういうことに手馴れているのか、リラックスしている。
迷っている時間は無い。やらなきゃやられる。
ボクもミユに続いて地上に急降下しようとした、その時。
突然サイレンが鳴る。
あの日のように。
それと同時に、どす黒いカラーに、角張ったフォルム、肩から巨大なスピアーが飛び出ているヒト型のロボットが3機、こちらに向かって、基地から発進する。
すると男が、
『あれがスフィアだ』
と一言添える。
スフィア?
一体それは何なんだ?
ヱイラ国民だったボクでさえ分からない。国民に知らせず秘密裏に開発されていたのか。
『気を引き締めて行け。何が飛び出すか分からんぞ!』
男の助言にボクは動揺する。
冷や汗が、髪の毛から滴り落ちた。
基地から発進して、何秒も経たないうちに、ボクらの目前まで迫ってきた。
突然ミユが、
『先に1機破壊してくる』
と言って、ボクの傍から離れる。
「おい、勝手なマネするな」
思わずボクは一喝した。だが、ミユは、止まろうとはしなかった。
急に雨が降り出す。地面に水滴の当たる音が張り詰めた空気をほぐす。
ミユは、スフィアの先頭の機体に攻撃を仕掛けようとする。
全身から針を出し、目標を定める。全ての針が先頭のスフィアの方を指す。
ミユが針を発射しようとした、
その時。
スフィアが、右肩のスピアーを左手で引っこ抜き、急加速してミユを襲う。
距離は、既に100m程。
ミユは反射的に針を、迫ってくるスフィアに発射する。
だが、そのスフィアは、スピアーで針の軌道を反らし、軽々と攻撃をかわす。
『……くっ』
無線越しに、ミユの歯ぎしりが聞こえてくる。
そして、スフィアは、ミユのcapsuleを一突きしようとする。が、
「そんなことはさせない!!」
ボクは、スフィアに倒されそうになっているミユの姿を、見ていられなくなった。
気がつくと、ミユを庇って、ボクのcapsuleの右手に、スフィアのスピアーが刺さっていた。
右手に激痛が走る。精神がcapsuleと一体化している、というミユの言葉は本当だった。
ミユは地面に突っ伏したまま、動かない。
スフィアは、ボクの右手にスピアーを刺したまま、直立不動になった。
ボクは、どうすれば良いんだ?
もし、ここでミユを助けるのであれば、スフィアの攻撃をいっぺんにボクが引き受けることになる。
一方、正面にいるスフィアの相手をすると、他のスフィアがミユを襲撃することになる。
ここは、やっぱり……
ボクは、右手に刺さったままのスピアーを握り、手前に引き寄せ、勢い良く相手の足をくじかせる。
正面に居たスフィアは、ボクの策にハマり、地面に引き寄せられたまま、立ち上がらない。
ボクは、この隙にミユを立ち上がらせる。
「大丈夫か」
ボクが、ミユに穴の空いた右手を差し出す。
『……ありがとう』
けなげな、純粋に可愛い声。ボクは思わず、義理だ、と言ってしまった。
その後ボク達は、残りの2機の破壊の体制を整えた。だが、
『お前らが倒したスフィアのパイロットの回収が済んだら、サッサと撤退しろ』
突然の男の命令に、ボクらは納得出来るはずがない。
「まだボク達は戦えます!」
『無理だ。capsuleにガタが来てる。無理し過ぎたんだ』
ボクの意見は、一蹴された。
早く回収しろという男。スフィアと戦いたいボク達。
意見の二項対立。
ボクは、どちらか選択することを躊躇っていた。
だが、ミユは迷わなかった。
『私が回収します』
そう言って、倒れているスフィアに近づき、背中に手を入れる。
その光景を見て、他のスフィアがこちらに向かい始める。
ボクは、とっさに、2機のスフィアの足止めに向かう。
その時、
『回収出来ました』
ミユが無機質に報告する。
ボクはスフィアの両足を剣で切り落とし、ミユの方へ向かう。
ミユが、スフィアのパイロットを取り出す。
『この人、ポニーテールなんだ。私より美人じゃない』
ミユが、パイロットに嫉妬している。恐らく女だろうか。
『なに?どれどれ』
ボクは、ミユのcapsuleの手中にあるその女を、恐る恐る覗き込んだ。
「え?」
ボクは絶句した。
それもそのはず、スフィアに乗っていたのは、そこにいるはずのない、
イオだったのだ。
〈終〉