第伍話 許されざるモノ
第伍話
許されざるモノ
目の前に見えるのは、おびただしい量の血。そして、無惨に残された肉片達。
誰がやった?
ボクがやったの?
血。血。血。血。血。血。肉片達。
あはははははははははははははは!!!!!!!!!!!
ボクはなんてことをしたんだ!!
おお、ボクはついにやったんだ!
全ては、イオの為。
……もっと殺さなくちゃ。イオを取り戻すために、もっともっと殺さなくちゃ。
ボクは300メートル先の農民に標的を定め、即斬った。
更に血。血。血。肉片。
もっと……
もっと殺す。
もっと殺そう!
もっと無差別に!
そう、跡形もない位に!
ボクは、視界に入る者全てを斬った。
狩人のように野を駆け巡り、兵士のように虐殺する。
空中に浮く体。まとわりつく水玉の血。そして、ヒトの顔。どれもボクを一層狂気に導いた。
トランス状態だったのだろうか、これ以降の戦闘を覚えていない。
気がつくと、無数の亡骸の上に、ボクは立っていた。川のように野に流れ出る血。亡骸の上を無数のハエが宙を飛んでいた。臭いまでは分からないが、おそらく強烈な腐乱臭がしているだろう。血の海と無数のパーツの隙間からひょっこり生首が見える。その形相は、悲しみと怒りで歪んでいた。
ボクは、黙って死骸の中から幼い女の子を拾い上げる。
その子の手には膨らみのあるペンダントが握られていた。ボクはその中身が気になり、恐る恐る手を開いていく。死後硬直が始まっていたが、無事に指一本折らなかった。
そして、ペンダントの中を見た。そこには、少し色褪せているが、その子の両親らしき人とピースサインをして写っている写真が入っていた。
ボクはこの時初めてボクが何をしたかを悟った。
イオの為に、イオが生きるために無数の人が犠牲になる。果たして、イオはそこまでして生きたいと願っているのだろうか。イオは、生き返った後、ボクに感謝してくれるだろうか。ボクのしていることは無駄にならないだろうか……
思考をループし続け、ボクは思考を停止し、そのまま、亡骸に魂を喰われるように、眠りについた。
ーーーーーーーーーー
「またベッドか」
あの時と同じように、白いベッドに横になっていた。
「おはよう」
白衣を着た男は不敵な笑みを浮かべる。
元々は参加するはずの無かった、この戦争。本来被害国民であるボクにとってこの戦争は、あまり心地良いものではなかった。だが、その思いを押し殺し、イオの為に戦争に貢献した。だから、せめて……
「イオは、生き返ったのか」
ボクは、切羽詰まった形相で男に問いかける。
「ああ、今、全力を挙げてる。安心しろ」
どうも男は、イオに関しての話はあまりしたくないらしい。
「じゃあ、顔くらい見させてくれよ」
「無理だ」
即答だった。ボクは益々男に不信感を募らせた。
何故顔さえ見せてくれないのか?
そんなにやましい事でもあるというのか。
その後、しばらく沈黙を保ち、こう言い放った。
「次の首都決戦で5万人殺したら、イオは完全に生き返る」
今更、この言葉を信じることが出来るのか。所詮は敵国側の人間。裏切るに決まっている。
しかし、ボクは見てしまった。ボクの訴えを聞いて涙ぐむ男と仲間達を。
彼らの気迫と穏やかな笑顔の前で、その概念は吹き飛んだ。
「はい、がんばります!」
威勢の良い返事。ボクの中の歯車が少しずつ軋んでくるのをこの時感じた。
この後、コックピットに急行し、capsuleを首都に向けて発進させた。
その光景を見て男はスミに向かってボソッと呟く。
「可哀想な男だ」
<終>