第四話 血に染まる手、呪い
第四話
血に染まる手、呪い
capsuleは上昇を続ける。
だが操縦席からは、振動や風の抵抗を感じることは出来ない。
『あんた、ちゃんと仕事してくれるんでしょうね』
脅しにも近い言葉が弐号機から入ってきた。
ボクは当然のように、大丈夫と答えた。しかし、ボクの中に1つ疑念が沸き上がる。……果たして人を素っ気なく殺せるのだろうか?
あれほどイオを救いたいと思っていたのに、この心に沸き上がる違和感は何だろう。
絶対的怒りが、このcapsuleを操縦することで解放されたのだろうか。
そもそも、ボクが人を殺めることでイオは本当に救われるのだろうか。男を信用出来るのだろうか?
ボクは、今まで……
『あの』
ボクはミユに問う。
『あの白衣の男は、果たして良い人なのでしょうか』
信用できるか、と聞いたらあからさまなので、少しオブラートに包んだ表現を使った。
『うん、とっても良い人』
とても垢抜けた声。
……疑念は振り払え。今はイオを救うことだけ考えろ。
時速1000kmで突っ走ったお蔭で、目標地点に10分程度で到着しそうだ。
だが、これはあくまでもヱイラ国が反撃しない場合のはなし。そうそう上手くいく筈がない。
『ミサイル警報。300m先』
無機質なアナウンス。
前にミサイルの姿が映る。
ボクらは、急いで舵を右に倒し、大きく進行経路を転換するハメになった。
『やるじゃないか』ジョンから、お褒めの言葉を頂いた。ボクは、思わずニヤついた。
遂に目標地点に到着した。
そこには、一面に茂る作物。典型的な田園風景だ。その緑の中に、ポツリポツリとレンガ造りの家が立っており、この場所だけ時間が止まっているように感じる。
この場所は、難民の上陸ご間もなくして形成された郊外軍事基地であり、主力のミサイルや戦闘機が多数配備されている。今回は、この基地の破壊と兵士になりうる一般市民の一掃が主な目標だ。
ボクは雲をぼんやりと眺める。
軍事基地の手前まで来たところで、基地の戦闘機がスクランブル発進した。
ボクはぼんやりとそれを眺める。
気づいた時には、戦闘機が目の前まで来ていた。そして、その戦闘機から小型ミサイルが発射された。
ボクは、現実から目を反らしていたことを、この時初めて自覚した。だが、それは余りにも遅すぎた。
ミサイルがやって来る。物凄い轟音を立てて、命を狩る瞬間を今か、今かと待ち侘びている。その気迫が、ボクの胸に突き刺さる。
ボクは、狩られないように、シマウマのように、そそくさと退散を試みた。だがそのミサイルは、いつまでもいつまでもボクを捕らえようと猛烈な速さでボクを追いかける。
爪。
まるでミサイルの先端が爪の様。
目が眩む。
ボクは思わず怯んだ。
その瞬間、それはボクを捕らえようとする。
だが、それはボクに突き刺さってはいなかった。
前方には、別のcapsuleがそこにいた。
『……すまない』
そう言ったきり、ジョンは何も語ることは無かった。
耐え難い苦痛が、ボクの全身を駆けめぐった。
ボクは悪くない。そう心に言い聞かせた。
ミユと2人で虐殺を成し遂げる。そうすれば、イオを救える。救える。救える。救える。
何度も何度もボクの心に言い聞かせる。そうしなければ、仲間という人間の存在に押し潰されてしまう。
「ヒト」を殺すのに「人」と交流している。なんとも矛盾した行いか。
ボクは、震える手を必死に抑え、capsuleに内蔵された『電子メス』を取り出し、右手に装備する。
陸に着地。
目の前には、幼き子供と母。先程までのあどけない笑顔は消え、恐怖に顔が硬直している。
ミユが少し遅れて陸に着地。躊躇わず幼き子供を斬首した。
『どうしたの?これぐらいのことも出来ないの?』
ミユが優越感に浸っているかの如く、高笑い気味に言い放つ。
………………………………………………………………………何も考えられない。ボクは、正しい行いをしているんだ。だって、コイツら、兵士なんだろ?一般人の振りして、ボクたちを殺そうとしてるんだろ?じゃあ、殺されて当然じゃないか。オマエらがわるいんだ。オマエらが疑わしいことをするからいけないんだ。だってそうだろ?
……イオの両親もそうやって殺されたんだろ?
ボクは、殺された子供の母を追いかける。母は、子供の首と体を大事そうに抱え、大粒の涙を流し、必死に走っている。
もちろん、いくら一生懸命走ってもcapsuleに勝てる可能性は皆無である。だが、母は足掻く。この子の分まで生きるんだと。母は、きっとそう考えていたんだろう。
ボクは、その光景を見ていられなくなった。
我慢出来なかった。
ボクは、電子メスを母の首に当て、横にスライドさせた。すると、どうだろうか。母はその途端虚空の空を見るかの如く、その場に立ち尽くしている。
切れた首からとめどなく血が溢れ出る。だが、それにも拘わらす、その母はボクに向かって、虫の声ながら、訴えた。
『……ワタシ…タチ……二…ナン……ノ…ツミ…ガ……』
その母は、それっきり動かなかった。
〈終〉