第三話 鳴り止まない
第三話
鳴り止まない
ボクの心と体が乖離する。
ボクの脳が欲望で暴走する。
ボクは、イオを救うことしか考えられない。もう、他人がどうなったっていい。
出撃は一○三○(ヒトマルサンマル)。
戦いまで残り僅か。
攻撃目標は、ヱイラ国国民全員。目的はヱイラ国の機能停止。
ヒトをこの手で殺す(正確にはcapsuleだが)という禁忌。欲望の前では、その存在も希薄になり、やがて消滅する。こうして殺人鬼は生まれるのか。
ボクは不敵な笑いを浮かべる。
突然男は何を思ったのか、ようやく着た様だと呟き、廊下への出入り口の扉を開け、
「コイツらがアンタの仲間だ」
男が手招きして呼び寄せたのは、筋肉モリモリ、軍服を着たいかにもプロの兵士の男。もう1人は、茶髪でポニーテール、背は低く、黄色のワンピースを着た少女の2人が、部屋に入ってきた。
「このマッチョ男がジョン。ちびっ子の方がミユ」
ジョンは照れくさそうに顔をうつむかせ、ミユは何か本を読んでいる。表紙を覗くと、ミユはニヤリと笑い、趣味悪いとボクに向かって暴言を吐いた。性格や顔つきは似て非なるものだが、外見はイオにそっくりだ。ちなみにその本の題名は「ロリータ」。なんとも言い難い感情が胸の奥に残った。
部屋の出入り口から真っ直ぐに行くと、capsuleが3台仁王立ちしている。さらにその奥に巨大なシャッターがあり、ここから出撃するという。
シャッターの上のパトランプが点灯する。血の色の赤。
「戦闘準備」
男は高らかに叫ぶ。ボク以外の2人はどこかへ走り出した。その様子を見て、男は
「何ボケっとしているんだ。2人に付いて行け」
と、両手を白衣のポケットに突っ込み、顎で指図された。
さっきこの部屋に入ってきた出入り口とは違う、その出入り口の右側の奥の方にある、地下へと続く階段に、2人は吸い込まれていった。ボクも迷わず、突入していった。
階段を下りた先にあったのは、鋼鉄製の重い扉だった。それをジョンは片手で軽々と開けた。ミユはジョンにエスコートされ、扉の奥の暗闇に入っていく。ミユが入っていったのを確認したジョンは、扉から手を放し、中へ入った。当然、扉は勢い良く閉まる。ボクは開けようと試みるが、大して筋力のないボクに開けることなど到底不可能である。
ボクは、拳を作り、精一杯扉をノックした。
すると、ごめんなさいと言いたげに、ジョンの顔が、半開きとなった扉の隙間から飛び出した。ジョンは小声で、入れと扉の奥に導かれた。
その部屋の明かりが灯る。目の前に現れたのは、3つの黒い球体。それらの球体からコードが延びている。そのコードは白地に青い線が縦横無尽に駆け巡る、柱のような物に繋がっていた。
球体の扉が開く。扉の隙間から白い煙が漏れている。扉がスライドして、横に退くと、内部の全貌が明らかになった。
全方位スクリーン。ここにcapsuleの見ている風景が投影される。そして、中心にコックピット。そこにはジョイスティックが床から延びていて、戦闘機乗組員用の白いヘルメットが、粗末な木の背もたれ付の椅子にちょこんと乗っている。
ボクはヘルメットを頭に装着し、椅子にドカンと座る。ヘルメットにはマイクとスピーカーが内蔵されており、仲間と無線で会話が出来るという。
『あー。みんな、聞こえるか』
男の声が、若干のノイズを含みながらも、スピーカーから聞こえてきた。
『大丈夫です』
ボクは腑抜けて応答した。
『現時刻一○三○をもって、ヱイラ国討伐、作戦名「ヒヨドリゴエ」を発動する』
男の調子の良い宣誓の後、出撃命令が下った。
男は、ボクにcapsuleの操作方法を簡単に説明した。が、直ぐに扱えるようになる訳がなく、capsuleは発進早々に壁に激突した。
『そう、焦るな。焦る気持ちは分かるが、capsuleが壊れたら元も子もないぞ』
忘れそうになっていた。capsuleの中には、イオが眠っている。
ボクは、ここで立ち止まる余裕は無い。早く、イオに会いたい。触れたい。そして……
伝えたい。
ボクは、高らかに宣言する。
『スミ、発進します』
コックピットのジョイスティックを勢い良く手前に引いた。
capsuleは、猛烈な衝撃波を周囲に撒き散らし、飛翔した。
〈第三話終〉