第弐拾四話 それぞれの事情
第弐拾四話 それぞれの事情
第一幕
スミが全裸で兵士に立ち向かっている頃
ネオジオ国
研究所
地下シェルター
不思議だ。体は落ち着いているのに、脳が興奮を抑えきれない。思考が延々と続けられる。
私達がcapsuleを倒し、研究所へ侵入。そしてアルからここまで至った詳しい事情を聴き、いつの間にか味方であるはずの研究所をネオジオ国が襲撃するという事態に陥っている。不可思議、と先程までは言えたが、アルの証言を元に考えると、敵国の人間が作った兵器、そして敵国の兵士がいるこの状況はまさに相手にダメージを負わす格好のチャンスになるわけだ。ついでに自国の兵器より強いcapsuleが破壊された今、強者はスフィアかネオジオ国謹製のロボットか、どちらに軍配が上がるかを見せつけたいという思惑もあるだろう。
いずれにせよ、今の状況は早めに打開しなければ、ここも破壊され全滅ということも十分にありうる。現在この研究所に存在する兵器は、スフィア5機、そしてcapsule1機。相手方の勢力はレーダーが無いので確認することは出来ないが、敵国の兵士と兵器がこの研究所に留まっているという好機を相手も見過ごす訳にはいかないし、おそらくかなりの戦力が投入されているに違いない。ならば、策は一つしかない。ネオジオ国の研究所と手を組み、共に襲い掛かる敵と戦うことだ。既に我々が研究所を制圧しているので、友好的にせよ敵対的にせよ、協力し合わなければ共倒れになるだろう。そんなことを念頭に置きながら、アルに話を持ちかけることにした。
「アル、ひとつ頼みごとをしていい?」
イオは地下シェルターのコンクリート打ちっぱなしの壁をさりげなく見ている。何か奇妙な文様でも見つけたのか。
「ああ、何だ?」
アルは白衣の懐からさりげなくライターと煙草を取出し、点火する。煙草からビニールが炙られている様な臭いの煙が部屋中に立ち込める。
「このまま地下シェルターで敵に見つけられて犬死する?」
アルが咥えていた煙草をイオは無理やり抜き取り、床に落とし、右足で捻り潰した。
「只死ぬんじゃ勿体無いよね?」
俺達がこのままだと、この煙草になる。そう言いたいのだろう。
イオは、地下シェルターに幾つも存在するドアの中から、「ロボ格納庫」という立札のものを見つけ、そこへ駆け寄り、ドアノブに手を掛ける。
「戦いましょ、ヱイラ国の為に」
すると、その言葉がアルの逆鱗に触れたのか、舌打ちし、再び煙草を取出し、火をつける。
「お前もいつの間にか、立派な軍人になったんだな」
嘆息。私にはそう聞こえた。
「分かった。手を貸そう」
アルは既に、ヱイラ国からもネオジオ国からも命を狙われる立場になってしまった。ここでじっとして死ぬよりはマシと考えたのだろう。
「協力、感謝します」
イオがアルに手を差し伸べ、掴みかけたその時。
「イオが、好きだあああああああああああああああ」
とてつもない大音量の告白、その刹那、強烈な爆音がそこら中に響き渡った。
アルが興味本位で、イオの顔面を覗き見ると、真っ赤なリンゴが出来上がっていた。
ニコリと笑い、アルはイオの背中を思いっきり叩き、
「ちゃんと、返事してやれよ」
と言い残し、ロボ格納庫へ消えていった。
何て返事をしたらいい?
確かにあの旅行に行きかけた時、キ、キスはしたけど……
本当にスミが私のことを好きでいてくれる保障は何処にもなかった。だから、私はキスという形でスミに一生懸命しがみ付こうとした。けれども通じないと私は踏んでいた。だが、それが何だ?私がヱイラ国の軍人として、幾度となくスミのことを裏切り続けて来たにも拘わらず、スミは私のことを好きと言ってくれた。裏切られたショックと信じ続けたことが叶った歓びが全身を突き刺すように染み渡る。
答えを出さなくては。いや、もうとっくにハッキリとあの時に答えは出ている。
私は、スミが好きだ。
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第二幕
スミが爆弾を処理した後
ネオジオ国
研究所
指令室
「よし」
幸福感に満たされている。オレは生きている。
床に落ちている脱ぎっぱなしの足跡だらけの衣服に袖を通す。服を着られることに殊更恍惚感を覚える。
どんな衣服でも良かった。この皮膚に伝わる温もりさえあれば良いのだ。
目の前にあるのは、兵士の残骸。一応この戦いに勝利したことにはなるが、油断は出来ない。先程の爆発音を聞いて、ここへ駆けつける可能性は大いにあるのだ。
ならば、一刻も早くアル達の元へ急がなくては。確か兵士が爆弾を仕掛けた所に、地下シェルターがあるはずだ。少し錆びている扉の取っ手を握り持ち上げる。鉄か何かで出来ているのか、重力が掛かりすぎて腕が千切れそうになる。だが、この痛みさえ耐えればこの扉は開けられる。歯を食い縛り、両足の力をも総動員し、扉に立ち向かう。そして、鈍い軋轢音を立て、無事に扉は開かれた。
扉の先に広がっていたのは、真っ直ぐ伸びる闇とさり気無く置かれている梯子のみである。明かりは存在しない。この闇の向こうに、地下シェルターが存在しているに違いない。ならば、この無限に続く空洞を降りるには、梯子を使う他に手段は無い。オレは早速梯子に手足を掛け、慎重に且つ迅速に、一つずつ、段を降りて行った。
暫くすると、先方に明かりが見えてきた。希望の光とでも形容してもいいのだろうか。その光を見た途端、言葉に出来ない感動のようなものが込み上げてきた。
ようやく足が地に着く。ようやく手に入れた安堵。
梯子から目を離し振り返ると、そこにはイオ、それにアルやその他大勢の研究所の職員が待ち構えていた
。
まず最初にイオが一歩先んじてスミの元へ駆け寄ろうとしたが、その前に何故かアルが、猛ダッシュでスミに近づき、タックルをかました。
「全く、心配したぞ」
満面の笑みを浮かべる。
「外で爆発音があったからさ、もうお前死んでるんじゃないかと思ったよ」
アルの腕がスミの肩にかかる。いつもは感じなかったが、今は不思議とこの重量に安心感を覚える。
さっきまでは強情だったイオは、堪らず泣き出していた。
「……会えてよかった」
既に涙が滝の様に流れ落ちていた。それを見て、オレは不思議と目の奥にツンとしたものを感じ、自然と雫が頬を伝い地面を濡らしていた。
「死ぬ訳ないだろ、バカ」
気づいた時には、イオがスミに飛びつき、熱い抱擁を交わしていた。
そんな姿に、皆が温かい拍手を送る。
幸せな光景を見るのも束の間、敵襲を感知。地下シェルターは、緊急事態に備え、首都と地下で通じている。おそらく地下ルートに兵力を集中させているに違いない。
「総員戦闘準備!背水の陣だ、気合入れろ!!」
スミ含むロボットのパイロット達は、大急ぎでロボット格納庫へ向かった。
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第三幕
ネオジオ国
作戦本部室
「何?ロボットが見つからないだと?」
ヘンリ現神は大層お怒りになられている。
それもそのはず、圧倒的な兵力を以て意気揚々と研究所に乗り込んだものの、未だ成果を上げていないのだ。capsuleを撃破したことは良いが、この状態をヱイラ国は既に察知し、この機会にネオジオ国に総攻撃を仕掛け国家消滅を企む可能性は大いに有りうる。だが、向こうのことだ。我々の有する隠し玉である新型ロボット兵器のことまで調べ上げているとは思えない。研究所も知らない事実だし、易々と情報が漏れることは無いだろう。
ヘンリ現神は秘書から受け取った研究所の設計図を睨み、肝心なことを見落としていたことに気づく。あろうことか、地下シェルターの存在である。
「何で誰も気づかなかったんだ!?」
「我々は原神様のお言葉が全てでありまして……」
「屁理屈なんざ聞きたくないわ!」
何もかも一人でやろうとする、ヘンリ現神のワンマン経営のツケである。軍の指揮までご自身でなさっているから、目が行き届いていない所が有るのは当然。
頭に血が上ったヘンリ現神は、
「総員、地下シェルターに迎え!これだけ探して居ないんだ、必ず奴らはそこに居る!!!」
と部屋に耳が痛くなる程の声量で叫ぶ。
それに呼応し、
「ハイルヘンリ!!」
と、無線越しながらも、お互いを鼓舞しあった。
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第四幕
ヱイラ国
最高指令室
「見つかった」
ある女が不意に発した言葉に、その場に居た全員が思わず身動きを止めた。
サヤカの以前製作したcapsuleの設計図の原本である。capsuleの全体像はもちろんのこと、当時の製作状況、作動条件等が詳細に綴ってある。
「とんでもないもん作ったな、あんた」
ある男は耳元で囁く。
「実を言うと、もう一つネオジオ国に置き土産してんのよ」
「え?それ何ていうの?」
「セングーレ」
<終>