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capsule  作者: 天川 榎
前編 
15/28

番外編② ボクらのすべきこと

番外編②



ボクらのすべきこと









ギリギリ間に合ったのだろうか。教師は不満げな顔をしながらも、渋々通信機と紙を渡した。



イオのちょっとした騒動の後、学校側でしてくれることを説明された。

宿泊費と食費、更に衣服まで支給されるそうだ。至れり尽くせりだ。


全員にリュックサックを手渡し、

「では、健闘を祈る」

と、にこやかに、教師は、ボクらに向かって敬礼し、教室を去った。



「どうすりゃいいんだよ」

ボクは吐き捨てるように呟いた。それを偶然聞いたイオが、私たちに出来ないものなんて無いよ、と自信タップリに言う。

確かに、今まで色々あった。けれども、ここまで来れたのは、イオという心の支えがあってこそのことだったかもしれない。

辛い時や悲しい時にお互いに励ましあえる。そんな関係が今でも続いているのは、苦楽を共にしてきたからこそのことではないのか。

固い絆で繋がったボクらに裏切りの言葉は、無いはずだ。



ボクも、この理不尽な試験に全力で立ち向かうことに決めた。


「分かった。行こう、一緒に」

拳を固く握り、天に突き上げた。









その後の校内放送によると、通信機などが渡された時点でテストは始まっていたことが分かり、新入生は、何かから逃げるように校外へ駆け出した。


「ボクらは急がなくて良いのか?」

「大丈夫。ちゃんとゴール出来るよ!」

イオは、ボクを励ますように、背中をポンと叩いた。


一歩一歩進んで行けば良い。その方が確実だ。







いざ外に出ると、温かい風が野を駆けていた。暑くもなく、寒くもなく、適温。この時期が、一番過ごしやすいことは、言うに及ばないだろう。


ボクらは、駆け出す。ゴールに向かって……









街中を走る。車の往来が激しく、排気ガスが充満している。ビル群は、窓ガラスが太陽光を反射し、光り輝いている。高架線を走る電車は、定刻通りに運行している。


いつも通り。

平穏な街。





街を駆け抜けると、次は峠にさしかかる。


そこまでキツい坂では無いが、暫く運動をしていなかった身には堪える。




峠を登り終えると、日も傾きはじめ、少しずつ、空が茜色に染まっていく。

夕日が沈むまでに、どこまで行けるか。時間との闘いになってきた。



「もうすぐ旅館に着くから、ガンバレ!」

ボクとイオとの元気の格差が大きくなってきた。最早、イオの声に応えられない程、体は疲弊しきっていた。

たまに、つまづきそうになるが、その時はイオがサポートしてくれる。頼れるパートナーだ。


……何だか不思議な気分だ。






旅館に到着した。

宿泊費は学校持ちなので、一番良い部屋に泊まった。

とはいっても、流石に男女が相部屋だと後で学校に何を言われるか分からないので、別々の部屋にすることにした。


部屋のカラーは白に統一され、清潔感漂う内装に仕上がっている。聞いた所では、ベッドも低反発マットレスに高級の羽毛布団という、最高の組み合わせだという。


早速ベッドに潜り込んで休息を取りたいところだが、一日中走り回ったので、体が汗でベットリだ。シャワーを浴びてスッキリすることに決めた。



替えの服は、学校から支給されたリュックサックの中にあるハズだ。


チャックを開け、手探りで探す。


しかし、衣服と思わしき感触が手から伝わって来ない。そういえば、出発する時に、中身を確認してなかったような……。

リュックの中身を念入りに調べたが、服と思わしき物は入っていなかった。


なんということだ。どうする?とりあえず今夜は、旅館の浴衣でなんとか出来るかもしれないが、明日の服は?


今日着ていた服は普段着で、汗がタップリ染み込んでいる。明日再び着るとしたら、とてつもない不快感が全身を襲う事になる。

それを我慢出来たとしても、明日には、全員学校支給の服に統一されている。つまり、ボク一人が完全に周りから浮く。

しかも、管理がなってないとかで、教師からの説教、はたまた入学取り消しにまで話が及ぶ可能性も無きにしも非ず。


なんとかそれだけは避けたい。

……こうなったら最後の手段だ。



部屋を飛び出し、すぐさま隣の部屋のインターホンを押す。多少のタイムラグがあったものの、はーい、という威勢の良い返事が中から聞こえてきた。

いつも会っているハズの幼なじみの下を訪ねるだけで、こんなに緊張するとは思ってもみなかった。

動悸が止まらない。


扉が開く。イオは、驚いたことに、バスローブ一枚を体に巻いただけの格好で姿を現したのである。

思わず言葉を失う。

こういう時、どんな言葉をかければ良いのか?

とりあえず、綺麗だね、とか言ってこの場をやり過ごすしかない。



「き、綺麗だね、イオ」

思わず、どもってしまった。動揺が伝わらなければ良いが。


「そ、そ、そんなに綺麗?」

イオの頬が真っ赤に染まる。

あんな姿は、小学生の時以来見ていないので、もしかしたら平手打ちで追い返されると思っていた。

イオの表情を見る限りでは、とりあえず最悪の事態は避けられそうだ。



「ちょっと、相談があるのですが……」

秘密にしていても仕方がないので、ボクの現状を洗いざらい話した。イオは、何も異議を唱えず、黙って耳を傾けていた。


ボクから、なんとか服を貸してくれないか、と打診した。

それに対し、イオはすんなり承諾した。

幼なじみ相手だからかは分からないが、そういう潔さがイオの良さでもある。


学校支給の服は、スペアも含め2着あるという。私の分の服はちゃんとあるから安心して、とのことで、運に救われたのか、学校の配慮に救われたのか、どちらにせよ、恥をかかなくて済みそうだ。



最後にありがとうとお辞儀をして部屋に戻った。





早速部屋に帰り、服を試着してみた。



……サイズが合わない。上のジャージの袖が、まるで貧乏中学生みたいに、ツンツルテンなのだ。

しかも、良く見たら下がズボンでなく、ロングスカート。

こりゃ、女装になるな。


今日着ていた服を明日着るということも出来るが、イオの好意に水を差すことになるので、貸してもらった服を返すのは止めた。


これはもう、明日赤面覚悟で特攻を決め込むしかない。




決意を新たにしたボクは、何かから逃げるように、ベッドに潜り込んだ。




ーーーーーーーーーー


翌日





早朝、イオからメールで携帯電話に連絡が入った。


『良く考えたら、さっき貸した服、サイズ合わないんじゃない?』


仰る通り。まあサイズ云々より根本的な問題もあるが、今更そう言われても、ボクの着る服が無くなるだけなので、


『別に大丈夫。明日は笑いを取りに行きます(笑)』


と、虚勢を張った。


ベッドから飛び出し、急いで支度をし始める。


着替え完了。洗面所の鏡で全身像を確認した。意外と似合っているという自己暗示をかける。


身支度は完了した。イオにメールで報告すると、私も出来た、と返事が来た。

部屋を出ると、ボクとは対称的に、ジャストフィットした服を着たイオが、こちらに微笑みかける。


「大丈夫!似合ってるよ」

「生憎、女装の趣味は無い。言われても嬉しくない!」



ボクは舌打ちすると、我先にと、ホテルを後にした。








制限時間まで余裕がある。しかし、昨日受けた筋肉のダメージが予想以上に大きいのか、足の接地時に、太股の裏に激痛が走る。


それに対しイオは、平気な顔をしている。ボクの不甲斐なさに、思わず溜め息を漏らした。





筋肉痛に悩まされながらも、遂に最後の峠を登り終えた。

流石のイオも、表情に陰りが見え始めた。


まだ昼食を食べるような時間ではない。丁度、東から登った日が頂点まで後半分程になった所である。


出発した時間は、まだ日の出を迎えていない頃。

長時間走っているので、体にガタが来てもおかしくない。

そろそろ休んだ方が良いんじゃないか。


そう思った、その時。


イオが左足首を捻って、その場にうずくまってしまった。



「大丈夫か?」

「……っ!」

イオは、自分の足で立ち上がろうとしたが、力が入らず、地に伏してしまった。


居ても立ってもいられないボクは、イオに手を差し伸べた。

イオも、一瞬手を伸ばそうとした。しかし、何故か手を引っ込めてしまった。


そして、恥ずかしいそうに呟いた。



「もう、立てなくなっちゃったみたい。だからさ……、負ぶってくれない?」


あの事件以来、初めてイオがボクに甘えた。


今までどんな苦痛にも耐えてきたイオ。しかし、今ボクに助けを求めている。

そんなボクも、体は既に疲弊しきっている。負ぶってゴールに辿り着くなんて、夢の又夢に思えてくる。


しかし今まで、ボクはイオに何もしてやれなかった。励ましの言葉さえ、掛けられなかった。だから、今回こそは、イオの為に何かしてやらなくちゃならないんじゃないか。



この機会を運命と悟ったボクは、成すがまま、イオを背中に背負って、峠を下った。


峠を下れば、もう少しでゴール出来るので、そこまでの辛抱だ、と自分に言い聞かせ、一歩一歩確実に踏みしめていく。


そして……




ゴールに着いた。

教師陣からは怪訝な目で見つめられ、生徒達からは、爆笑の渦が湧いた。


「一体どうしたんだ?そんな格好して」

「いや、色々あってね」

ルータが、すぐさま近寄り、根掘り葉掘り聞いてきた。適当に言い訳をして、お茶を濁した。



その後教師から、明日テストの結果を発表するとの通知があった。




ーーーーーーーーーー



結果発表の日






教師曰わく、入学式は明日になったという。


先ず、テストの目的が話された。


「このテストは、武官選抜のために行われた。今まで黙っていて申し訳ない」


秘密にしなければ、正確な結果が出なくなるという釈明がなされたが、納得した気持ちと騙された気持ちがどうしても葛藤を起こしてしまう。


そして、肝心の合格者発表。


「採用は、イオ、スミ、以上2名」


頭が真っ白になった。

どこに武官の素質があったのか?


「先生!何故ボクたちが選ばれたんですか?」

「愛国心と協調性が他の生徒達よりずば抜けて高かった。ただそれだけだ」


それっきり、教師はボクの質問に応じなくなった。




武官選抜に関しては拒否権は無いので、ただ受け入れるしかなかった。


その後説明を受け、休みは結構あり、普通の学生同様、夏休み、冬休み、そして春休みがあるという。


そして、学ぶ内容だが、気構えや銃の扱い方など、基本的な兵士に必要な事をやるという。


テストも定期的にあり、好成績の生徒は、軍隊に正式に入隊出来るそうだ。

通常に卒業した場合、普通の大学に行ったり、軍の養成所に優先的に入れたりなど、案外融通が利くようだ。


ボクは勿論、入隊はしたくないので、普通に卒業することを当面の目標とした。


イオは、聞いたところ、入隊する気満々であった。


イオ曰わく、


「私みたいな人をこれ以上増やしたくない」


からだそうだ。





〈終〉


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