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第39話 余計なお節介

 達樹は校舎裏のベンチに腰を掛けていた。片手にはスマートフォンを抱えて俯いている。

 映し出されているの黒瀬とのトーク画面だ。

 そこには、「大丈夫?」との文字列が踊っているが、既読ですらつかないままだった。


 今日、金曜日。黒瀬が学校に来なくってしまった。

 午前中に来なかったのはここ最近ではそこまで珍しいこととは言えなかったし、そこまで深くは考えていなかったが、丸一日休んだことはこの一週間のなかでは初めてだった。

 まだ、最初の一回しか休んでいいないわけだし、今後の講義にも大きな影響はまだない。


 ただ、この時期に休んでしまう癖をつけてしまうのはかなりまずい。

 一度休んでしまう癖がつくとこの後も必要な出席日数を数えてぎりぎりまで休むということをしてしまうかもしてないためだ。

 これが悪いとは決して否定したいのではなく、ぎりぎりで生きていると単位計算すらぎりぎりになってしまって、結果的に留年が決まってしまう人だっている。

 全部が全部そうとは言えないが、本当に体調不良になったときに休むことができないし、計算を間違って試験自体受けることができないこともある。


 しかし、それ度外視しても黒瀬が講義を休んでしまうのはかわいそうだと思った。

 黒瀬は学習に対しての意欲は、間違えようがないほどに本物だ。ここの学生の誰にだって負けていないと思う。

 贔屓目を抜きにしてもそれはこの学校でもかなり上位に組み込む。

 院に進学するかどうかはともかく、達樹は黒瀬は学ぶべき人間だと考えている。


 達樹自身、大学に入学しなおした理由はだいぶ不純だと思っているし、今でもここにいていいのかと熟考してしまう夜もある。

 学びなおしたいだけだったら今では、家だけで入学できる大学だってあるのだ。

 そんな中、わざわざキャンパスに通うことにしたのは、達樹のわがままだ。


 そんな自分ばかりが万全の状態で講義を受けて、初めてのことだらけの中で興味深く講義を受けている黒瀬がそれができない、なんてことあっていいはずがない。

 ある種、達樹の理不尽な押しつけだ。

 勝手に他人のすべきことを決めつけるというのも、黒瀬からしたら溜まったものではない。


 達樹はため息をつく。

 相も変わらず。彼女のトーク画面のメッセージはうんともすんとも動かない。

 トーク画面の端にある、電話のマークに指を伸ばす。

 ここを押してしまえば、黒瀬も起きざるを終えないはずだ。

 なにしろ、彼女が電話にでなければ、延々と音はなり続ける。いくら寝ていたとしても、気づかないことはないだろう。

 そもそも、黒瀬のスマホの充電が切れていないことが条件であるが、達樹の考えにそれは無かった。


「はぁ……」


 達樹は押すに押せないでいた。

 余計なお節介であることは重々分かっている。

 だから、達樹は躊躇いのもと、その指が動かすことができない。


「元々、余計なお節介だってことは分かってるだろ」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 一度、大きな深呼吸をした。肺一杯に空気を満たして、それを腹圧を使ってすべて吐き出す。

 心身が落ち着いた。結果、電話をかけない方がいいと理性は判断していた。

 夏帆がいう、大人がすぐに介入していい問題ではない、そう告げている。


 それでも達樹は意を決した。

 電話して話を本人から聞くくらいどうってことは無いと、自分に言い訳をする。

 達樹は指を動かす。


 すると、画面はすぐに切り替わり、いくつかのメニューとともに黒瀬のアイコンがでかでかと映し出される。

 それは前と変わっていなくて、夏帆との笑顔のツーショット。実に微笑ましい写真だ。

 フィルターはほんの味付け程度にかけられているが、それがなかったとしても彼女たちはきっとあまり変わりはしないだろう。


 達樹のスマホからは電話独特の音楽を鳴らしながら、黒瀬の応答を待っている。

 1コール、2コール……。随分と長く感じられた。

 一秒が何十秒にも感じられる。


 達樹は生唾を飲み込んだ。もしかしたら、黒瀬には鬱陶しがられるかもしれない。

 ひょっとしたら拒絶されかねない、それくらいにはリスクのある行為だ。

 嫌な汗だってかくし、手の震えも止まらない。


 しかし、その時はきた。

 音楽が止まる。しばしの沈黙。


『もしもし』


 その声はまるで寝ぼけているかのように呂律がうまく回っていなかった。

 おそらく、その通りに黒瀬は電話を取る直前まで眠っていたのだろう。


「……こんにちは。もしかして、おはようかな?」

『……園田、さん?』


 誰からの電話かすらも分からずにとっていたらしい。

 黒瀬が寝ぼけ眼で小首を傾げいている様子がありありと想像できる。


『あ、え……』


 あからさまに動揺している。

 ひょっとすると、黒瀬は今の時間を理解していないのかもしれない。これはかなり重症だ。

 生活リズムが完全に崩れてしまっている。このままでは昼夜逆転生活がまっしぐらだ。


『えっとおはようございます……』

「うん、おはよう」

『今日はどうなされたんですか?』

「ああ、うん。今日は学校来てなかったから心配になってかけてみた。ここのところ調子悪そうだったし」


 黒瀬が黙り込む。

 それでも構わず達樹が続けた。


「大丈夫……じゃないか。俺が相談にのれるようなことってある?」

『ご心配おかけしてしまって申し訳ありません。でも、大丈夫です。ただ、今日はちょっと調子を崩していただけなので……』


 園田さんにくらいお伝えしても良かったですね、黒瀬はか細く付け足した。

 そうじゃないだろ、達樹は否定の言葉を飲み込んだ。黒瀬が何も言わない、というのなら達樹はその選択を尊重する。

 これ以上、求められないうちに深くは関われない。


 それから二三言、言葉を交わすと、達樹は電話を切った。

 夜と呼ぶにはまだ早いくらい明るい空だ。

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