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第3話 出会い

 入学式は県のホールを借りて行うことになっている。ただ、企画は結構早い時間に会場につくように設定されていたため、解散となった後も大体の学生は会話しつつも暇を持て余していた。

 話している人はいるものの、中には気心が知れた人たちと無言でスマホをいじっているグループもあった。

 達樹とはというと手持ち無沙汰の状態になっていた。ついた当初は薫と楽しく談笑をしていたのだが、しばらくすると用事があるからとどこかへと去っていったのだ。

 自分といることが退屈だったということでは無くて、ほかの友達に会いに行ったとかだといいのだが。

 そういうわけで今更達樹に話しかけてくれる人もいるわけがないため、再び周りの様子を観察する状態に戻ったのだった。

 四月とはいえ、まだ寒い。初旬だからだろうが、風はないが肌が出ている部分は少し冷たかった。ホットコーヒーの一つでも欲しいが、自販機に行こうにも人垣が厚く、それをかき分けて進むというのもなかなかに難しそうだ。

 それでも幸いなことは隅の方にポジショニングできていることだろう。おかげでさほど目立つに済んでいる。こればかりはついたときの運で決まることだったから本当に助かった。


「はぁ」


 無性にためいきが出る。どうにも退屈で仕方がない。

 最近の子に倣ってみてスマホを取り出してみるも、結局することは何もない。使いこなせていないということではない。フリック入力がでたのも二十代の内だし、数か月の間に慣れている。

 ただ単純にすることがないのだ。知り合いが進めてきたSNSも何が面白いか分からないうちにいつの間にか使うのもやめていたし、親にハートを送れなんて言われてインストールしたゲームも据え置きを買ってそれをした方がずっと楽しい。

 性に合わなかった。きっとそれだけのことなのだ。

 逆に何が性に合っているのか、その答えを持っているのならばおそらくここに達樹は立っていない。


 諦めて達樹はスマホをポケットに戻す。

 ふと視界の端、何か気にかかるものが見えた気がした。まっすぐにそこを見てみれば、一人の女性が立っていた。

 浮世離れしたような風貌を持つ彼女は真新しいスーツに身を包み、落ち着きなく辺りきょろきょろと見ていた。彼女はどうも一人らしい。

 おそらく企画には参加していなかったのだろう。見た目はどこをとっても完成していて、なおかつ存在感は周りの人の比にはならない。よく見れば周りの人々もちらちらと彼女を見ている。

 それほどに達樹とは別の意味で目立っているのにも関わらず、ぼっちな当たりそういった推測が立つ。それに彼女ほどの人がいることに気づかないはずがない。


 自分みたいに目立っているだけで浮いているわけでは無いのだから誰かに話しかけてみればいいのに、と思わないでもないがぱっと見た感じではコミュニケーション能力は高くなさそうだ。

 彼女は落ち着いていないし、なんというか挙動不審。それにどうやら周りの人に話しかけようとはしているらしい。何か言いたげに誰かの背中に手を伸ばすも、その人が何か話せば肩を震わせて手を引っ込めるのだ。

 数分、観察しているだけでそれが数度あった。これまでは誰かしらに話しかけられて過ごしてきたのかもしれない。

 けど、大学とはそうはいかないもので自発的に行動をしていかなければ友達の一つもできない、ということが多い。もちろん、そうでない場合もある。


 達樹が見始めて何度目かの挑戦が行われるが、今回も失敗に終わった。そして彼女は次なるターゲットを探す。きょろきょろとまわりを見ているとき、目があってしまった。

 達樹はすぐに視線を逸らす。気持ち悪いおじさんだとは思われたくは無かった。

 彼女に友達ができてあの人に見られていたなどと噂を立てられたら溜まったものではない。それが現実になってしまったら、すぐに社会復帰になってしまう。現役のころならいざ知らず、この歳でそんな感じで後ろ指をさされて耐えられるほどのメンタルは無い。


 横目で彼女を窺うと、いまだに達樹のほうを見ていた。それも目を輝かせて。決して生徒には見える年齢ではないはずだが、彼女にとっては話すことのできる第一候補にでもなってしまったのかもしれない。

 十歳も下の子に構ってもらうことは悪くはないことなのかもしれないが、できれば遠慮願いたかった。

 そこでようやく、人の流れができる。達樹の耳には聞こえなかったがおそらく開場されたのだろう。続々と人がエントランスに入っていく。達樹も周りが動かないためにまだ移動はできないが、これで彼女が達樹に話しかけることはできなくなったはずだ。


 しばらくその場で待機したのちに達樹の周りの人も続々と移動を始めた。

 エントランスに入って席に座るためにロビーの階段を上る。すると、再びそこで詰まる。入口が狭くて、先行して入った人が席が決まらないらしく、歩みはもう完全に牛歩だった。

 こんなところで腹が立つような性格はしていないが、もう少し何とかならないのかとは考える。すでに一時間以上は立ちっぱなしで過ごしていものだから、いい加減座りたい気持ちがあった。

 先の方を見るために数少なりとりえである高身長を生かして背筋を伸ばす。そのため、胴体から下の部分がおざなりになっていた。

 だから、不意にぽんと何かと当たる感触がする。それは固い壁なんかじゃなくて暖かくて柔らかい人の感触。


「すみません」


 下から声を細めた謝罪が聞こえる。声のほうを見下ろせば身長が平均よりかは幾分か小さい少女とも形容すべき容姿の女性がいた。大学の入学式にいるのだから彼女が本当に少女だということは無いだろう。少なくとも十八歳以上。

 彼女は身動きが取れないらしく、謝りはしたものの達樹に密着したままだった。


「大丈夫」


 申し訳なさそうにしている彼女にわずかでも余裕を作るために、達樹はほんの少しだけ身を引いた。その代わりに達樹がだれかとの接触を余儀なくされるが、彼女ほどではないため妥協をする。

 しばらく気まずい雰囲気を過ごしたのちにまた人が動き出した。そこでようやく彼女は解放される。


「あの、座る席って学部関係ないですよね」

「多分、そうだと思うけど」

「そうですか、ありがとうございます」


 彼女は低身長を生かして、人波をかいくぐりつつずんずんと前に進んでいく。この人込みではぐれただけかもな、と思いながら達樹は人の流れに沿ってホールへと向かった。

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