第21話 星が好き
「昨日の新歓はどうだったんですか? 美緒ちゃんといったんですよね」
あっと夏帆は思い出したかのように達樹に尋ねる。
どうだったかと訊かれると返答に詰まってしまう。
黒瀬はおそらく昨日の新歓を楽しんでいた。外で食べる焼肉だったり、途中での先輩二人との会話も彼女は笑顔で応じていたし、なによりつまらなかったらサークルへの加入を決めるきっかけにはならなかったはずだ。
しかし素直に楽しんでいるようだったというのは違和感がして躊躇われたのだった。
「どうしたんですか?」
なんて言おうか考えているうちに夏帆が顔を覗いてくる。
「なんでもないよ、楽しんでたっぽい」
いくら考えても拉致があかなかったし、結局のところ、そう伝えることにした。間違いではない……はずだ。
夏帆はふーんとうなずく。
「なら良かったです。新歓あるって教えたのあたしですし、退屈させてしまってたら申し訳ないなーって思ってたんで」
「バーベキューが新鮮だったみたい」
「あー気持ちは分かります」
要領は得ない言葉だったが言わんとすることは分かる。要するにBBQを初体験するときの新鮮さに共感したとかそういう感じだと思う。
「サークルのほうはどうでした?」
「入るんだってさ」
「え⁉ 入るんですか? ……そっかぁ、入るのかぁ」
「妙に残念がってるね」
「いやぁ、実は美緒ちゃんがあそこに入らなかったら、あたしが入ろうと思ってるとこに誘うつもりだったんですよ。折角、あんなかわいい子と仲良くなれたんですから」
「なるほど」
夏帆はよほど悔しいのか机の頬に倒れこんでいる。ぐでーと伸びたまま、ぶつくさと文句というかひたすらに悔しがっているようだった。
達樹は思わず苦々しく笑った。黒瀬も感情表現は豊かな子だったがそれはあくまで顔に出やすいというだけでここまで大げさではない。夏帆もわかりやすくて面白い子だとは思うが、それがあまりにも子供っぽい。
今も拗ねた子供のように机にのの字を書いていじけている。
こういうところを含めていい子だと達樹は思う。感情を抑圧して我慢しっぱなしの子よりよっぽど分かりやすくていい。もちろん、TPOは弁えるべきだが、今はそういう場でもないし。
「ちなみにどこに入るつもり?」
「天文部です」
「へぇ、天文部か」
天文部とは名前の通りに星のことについて学んだり観察したりする部活となる。部活とサークルには多少の違いはあるがほぼ同じと思ってもらっても支障はない。
また星について学ぶといっても単純に恒星、ペテルギウス等のことについてだけでなく星に関わる神話を学んだりすることもある。
「あたし、この学校に入学決まったときからここに行こうって決めてたんですよね」
「なんでか聞いても?」
「もちのろんです。といってもそんな深い理由があるわけでもないんですけどね」
夏帆はこほんと咳ばらいをする。
「園田さんって夜の田舎、特に冬のときに行ったことありますか?」
「んー、あったかな」
達樹自身、ずっと都会と呼ばれる場所で過ごしてきて、大学生活等も同じ地域で過ごしてきた。
旅行等もしてこなかったわけでは無いが、そこまで地方にいくことはなかった。だから、いくら記憶を探っても夏帆が言うような経験は持っていなかった。
「多分ないと思う」
「そうなんですか……持ったいないから一回くらいいってみた方がいいですよ」
「……検討はしておくよ」
「ぜひぜひ、それでなんですけど、田舎の星って都会と比べるとめちゃくちゃきれいなんですよ」
ここも都会といえほど発展してるわけでは無いけどと付け加える。
達樹も夏帆の話は聞いたことがあった。田舎と都会では見える星の数が違うらしい。なんでも地上の光が邪魔なのだとか。
近くに強い光があると、人が想像できないほど遠いところにある星の弱い光はそれにかき消されてしまう。それは近年顕著になってきてるとかなんとか。
人の文化が発展すればするほど消えてしまう体感できる自然の現象だ。
「それで、あたしコンビニに行くにも車使わないといけないようなど田舎に住んでたんですよ。帰り道は街灯くらいしか頼りがないくらい真っ暗なところです」
達樹からすればあまり想像できないことだった。今どきコンビニなんてどこにいってもそこらにあるし、住宅街では徒歩五分圏内にあってもおかしいことではない。
それがわざわざ車を使ってまでいかないといけない。コストパフォーマンスはいかほどにとも思うが、今はそれが本題ではない。
「逆に言えば周りの灯りがそれくらいしかないんで星がすごく多いんです。だからだと思うんですけど、あたし星が好きなんです。全然詳しくなんてないし、星座もオリオン座くらいしか分からないんですけど、好きなんですよ。星を見上げながら帰る道が大好きなんです」
「それくらい好きなら天文学科があるような学校に行こうとは思わなかったの?」
「それとこれとは別です。あたしは趣味でながめるくらいがちょうどいいんですよ、あわよくば望遠鏡で眺めさせもらいたいくらいです」
あたし、現金なんです。そう夏帆が小悪魔的にわらったところで講義の開始を告げるチャイムが鳴った。