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第2話 知り合い

 桜が咲き渡っていた。一面のピンクの鮮やかさは去年見たあの写真と変わらないままだった。

 達樹は地方の、それも東京からはいくぶんと離れたところにあるキャンパスに立っていた。企業で働いていたころに使っていたスーツに袖を通し、大学のキャンパスに立っている。

 本日は入学式、新入生の門出を祝うがごとく、きれいな晴天がどこまでも広がっていた。一応は髪型もひげもきれいに整えてきた達樹だったが浮いてしまうことは必然だった。

 ただ、そのことは先日の学部のオリエンテーションで分かっていてたことでもあった。いわゆる難関私立大学であれば、達樹並みの年齢の大学生もいないことはない。しかし、ここは地方の国立大学であるから、少なくとも達樹が見える範囲ではいない。

 それでも三十路に突入した年齢では正直、単位を取得するのも難しい。しかも何をとち狂ってしまったのか現役のころと同じ、理系の学部に入学してしまったわけだ。暗記だけでどうにかなるわけもない。

 貴重な合格枠を若人から奪ってしまった分、ストレートで卒業したかった。というより、経済状況的な面や両親との約束があるから、ダブってしまった時点で達樹の二度目のキャンパスライフはそこで終了となってしまう。

 それを防ぐためにも、達樹は何としてでも友達と言わなくとも知り合いと言える人が欲しかった。そのためにも学生が企画している、大学のキャンパスから入学式まで歩くというものに参加したのだ。


 大学生で三十歳というのもなかなか珍しいため、だれか話しかけてくれることを期待してきてみたのだが、現実はそううまくはいかないらしい。達樹の周りだけぽっかりと穴が開いたように人がいない。

 まさに心の壁というか何というか。ここまで避けられてしまうと、心なしか涙が出てくるような感じがする。さすがに三十歳、社会経験もそこそこな年齢だし、顔に出してしまうようなことはない。

 せめてでもと誰の邪魔にもならないように目立ちづらい隅の方に居場所を寄せた。そこから新入生を眺めていると誰もかれもが生き生きとしていて、これからの生活に期待を膨らませているようだ。

 陰を追いかけてこんなところに来てしまった達樹の表情とはまるで違う。後悔はしていないが、寂寞とした気持ちが心を埋めた。


「すんません、今いいっすか?」


 しみじみとした感情に襲われていたところ、死角のほうから声をかける。その声音は明らかに同世代に向けたものではないから、すぐに自分のことを呼んでいるのだと達樹は気づいた。

 振り返ってみれば、紙を明るい茶髪に染めてワックスでがちがちに髪を固めているスーツ姿の学生がいた。表情はにこやかとしているが、おちゃらけた雰囲気がにじみ出ている。

 こういうのを待っていたんだと、達樹は自分ができる精いっぱいの笑顔を浮かべた。無論、つい最近というより現在進行形で精神面をやられている状態なので、それはどこかぎこちないものになってしまったかもしれない。


「ん? 大丈夫だよ」


 なるべく自然に、そう心がける。緊張なんてものとは無縁だが、歳が十以上離れた人との接し方が分からない。だから、あからさまに駄目な部分を隠すために。

 青年は達樹に声をかけた時と同様、何も変わらない態度で言葉を続けた。


「失礼かもしんないですけど、新入生すよね?」


 どこか体育会系じみたしゃべり方に微笑ましくなってくる。


「まぁ実はね。こんなおっさんだけど、一応一般できたよ」

「マジすか……え、何歳なんです?」

「三十歳、この歳には勉強はきついね」


 青年は心底驚いたような顔をする。

 少し考えればそうであるとわかるはずだから、彼はおそらくわざと驚いてくれているのだろう。実際、本気の部分も何割かはあるかもしれないが。

 確か、大学院では社会人枠があったはずだが、学部ではそのようなものは無かったと記憶している。だから達樹は苦労してセンターをパスしてきたのだ。


「俺は名前は園田達樹っていうんだけど、君の名前を教えてもらっていい?」


 これは達樹にとってチャンスだ。少し話してみればわかるが彼は結構人懐っこい性格をしている。

 彼と連絡先でも交換できれば過去問等を融通してもらえるかもしれない。そのためにも彼との交流を続けることが必要条件ではあるが。


「俺は田中薫たなかかおるっす。……今日一緒に歩いてもらっていいっすか?」


 驚いた。まさかここまでの性格をしているとは思わなかった。もしかしたら人懐っこいのではなく、達樹のことを憐れんで話しかけたのかもしれない。もしくは、単純に優しいだけか。

 達樹として好都合であるから、その提案に載らせてもらうことにする。


「いいけど、田中君はそれでいいの?」

「全然大丈夫っすね。もう、この前の交流会で友達はだいぶできたんで」


 そういう意味ではないのだけれども……。達樹としては田中にはすでに友達がいて、その人らと歩かなくて大丈夫なのかと尋ねたかった。ただ、なんとなく同じ質問をしても同じ答えしか返ってくる気しかしなかったた、これ以上このことについて尋ねるのはやめた。

 ちなみに交流会というのはこれまた二回生以上の大学生が企画する入学式前につながりをつくろうというものだ。リクリエーション等々の何かしらのアクティビティを通して仲を深めあったりすることが多い。

 もちろん、達樹は参加していない。若々しい新入生に混じって何かするというのも結構きついし、上級生の方々も扱いに困ることだろう。


「てか、薫って呼んでもらっていいすか? 田中多すぎて呼ばれたときに分かりづらいんすよね。あと、できればよびすてでおなしゃす」


 まくしたてるように勢いよくつらつらと薫はつづけた。よほど譲ることのできない部分なのだろう。

 達樹もその拘りようからも断りづらくて薫の望み通りにすることにした。


「園田さんはなんでここ来たんすか?」


 薫はこの場にいる誰もが考えているであろう疑問を口にする。そのため、近くでその場で知り合ったろう人との会話を急にやめて、露骨にこちらの会話に耳を澄ませた。

 その様子に気づいた達樹は思わず苦笑せずにはいられなかった。

 こればかりは大学に入学する以上は聞かれることは必至だと考えていた。リストラされたからとありのままを伝えることも考えたが、こう公衆の面前だとストレートには言えない。


「何となくなんだけど、ちょっと学びなおしたくなってね。大学はその点良いよ、勉強さえすれば誰でも入れるし」


 とにかく、当たり障りのないことを。すると、周りも納得した様子で各々の会話に戻っていく。

 その雰囲気を作った張本人は感心したように頷いていた。案外、見た目や感じと違って性格は真面目なのだろうか。

 それから薫とそれなりにいい状態で会話を続けていると集合の合図がかかった。どうやら二列になって歩道をはみ出さないように会場へと向かうらしい。

 最初の約束通りに薫と並んで歩き出した。

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