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伯爵が婚約破棄してくれません!

作者: mai

短編にチャレンジしてみました!

軽めのお話です。よろしくお願いいたします!

「君には失望した。もう、来なくていい。」

事務的に響く淡々とした声。

「そ、そんな!!話を聞いてください!」

「聞いても変わらない。」

眼鏡を押し上げたアレクシスは氷点下の声で通告した。

「今すぐ、荷物をまとめてでていきたまえ。」

「・・覚えていろ。いつか目にもの見せてやる。」

低い声で捨て台詞を吐いた男が、ドアを力任せに開けて出ていった。


それを聞いていた一人の少女がいる。

ふわふわした青みの強いシルバーの髪を一つにまとめ、深い翡翠色のぱっちりした目の愛らしい少女は、ドアの前でふるふる震えていた。ちょうど、開けたときに影になる部分で。

「エレン、みつけた!こんなところにいた。ん?どうしたの?」

エレン、と呼ばれたその少女は涙目で声の主にして兄のエドワードを見上げる。

「私、帰ります!」

エドワードは困った顔になった。

「だめだよ。今日は・・。」

「だれかいるのか?」

エドワードの声を遮るようにして、聞こえた低い声は、アレクシスのもの。

それに答えようとしたエドワードの口を慌てて両手でふさいだエレンは、兄の耳元で、

「今日はお会いしたくありません!後でちゃんと事情を話しますからお願い。兄上。」

と訴えた。

妹のただならぬ訴えに、エドワードは少し考えていたが、やがてため息をつくと、エレンを促してそっとその場を離れた。

エレン、十歳。エドワードとアレクシス、十五歳。

アレクシスはだれもが認める天才で、十三歳の時、父が事故で亡くなってからすぐに事業を継ぎ、見事な経営力を発揮していた。

最初は若すぎる伯爵を侮るものもいたが、優れた先見性で適格な投資をしながら、彼の事業は拡大し、現在は不動の地位を築いている。

エレンは、彼の父が存命の時に定められた婚約者。

本当は今日、初めて出会い、言葉を交わすはずだったのだが。


「私、あの方の妻になるのは無理だと思います。怖い・・。」

帰りの馬車で兄にそう言うと泣き出してしまったエレン。

エドワードはこめかみを押さえて深くため息をついた。


「あのね、エレン。アレクシスはまだ若いのに、父上の後を継いで必死に頑張っているんだ。きっと事情があるんだよ。」

そうかもしれない。しかし、彼の「君には失望した」は、その後悪夢となって、よくエレンはうなされた。


そして、さらに5年がすぎて。

「エレン!明日、アレクシスが来ることになったよ。」

エドワードの言葉に、エレンは飛び上がった。

「なぜ、急に??」

「そりゃ、エレンがなんだかんだ理由をつけて、アレクシスと会うのを避け続けてるからでしょ?5年だよ?」

エドワードの言葉は、ちゃんと答えになっていない気がしたが、彼らの意図はよくわかった。

つまり、明日はとうとう、エレンはアレクシスと対面し、問いただされた上に言い捨てられるのだ。

「エレン、君には失望した。婚約は、破棄する。」



アレクシスは20歳。事業も順調で、資産も増え、経済界では若くして重鎮のポジションにたっている。

15歳になったエレンは、さすがに5年前のようにあわずにいられるわけでもなく、びくびくしながら彼のいる応接室をノックした。

(婚約者だというのに、今日まで避け続けてきたんだもの。きっと、睨まれて婚約破棄されるんだわ。とうとうきたわね。)


この5年。エレンとて、ただその運命を怯えながら過ごしていたわけではない。

婚約破棄された令嬢など、傷物同然。次の嫁ぎ先を探すにしろ、一人で生きると覚悟を決めるにしろ、自分の価値を何としても上げねばならない。


(まずは、着の身着のままで放り出された場合。)

もちろんエレンを溺愛する両親が、婚約破棄が原因でそんなことをするはずがないのだが、エレンは一度考え出すと止まらないタイプである。

(身の回りのことは一通りこなせなくては。それに、身を守れるようにしなくては。)

まず、エレンが取りかかったのは、炊事に洗濯といった家事全般、それから護身術の習得。

(放り出されなくても、仕事をみつけなくては。)

同時並行で勉学に励み、外国語も習得。

(よい嫁ぎ先を得るためにはマナーと社交術だわ。)

淑女教育にも力をいれてきた。


その結果、

「エドワードの妹である、エレン・スチュワートは、なんだかすごいご令嬢らしい。」

と、まだデビューもしていない社交界で噂になっているのだが、その情報はエドワードが苦笑いと共に否定し、火消しにかかっている。

両親は、アレクシスの屋敷から帰ったエレンが必死に教養を身につけようとしているのを見て、

「アレクシス君に釣り合う女性になりたくて頑張ってる偉い子!」

となっているが、本来平凡な少女のはずのエレンが凄まじい勢いであれこれ習得し、護身術に至っては暗器の扱いにまで手を出しているのを見ると、

(エレンを追いたてているのは、少なくとも恋心ではない。じゃなきゃあんな追い詰められた顔でダンスの練習などするわけがない!)

と、ちょっとひいているからである。


何はともあれ、そんな準備万端のエレンは、もうただの震える少女ではない。


「ごきげんよう、アレクシス様。」

部屋に入って、優雅にお辞儀をすると、アレクシスからの最終通告を待った。


「こんにちは、エレン嬢。やっと会えた。実は架空の人物なんじゃないかと思っていたよ。」

予想に反した柔らかい声。思わず顔をあげると、そこにいたのは・・

「超絶イケメン・・!」

驚きのあまり、声に出していたらしい。

「おまっ!ほぼ初対面の相手になんてことを!」

と慌てるエドワードに対して、アレクシスはくくっと笑った。


「褒め言葉でいいんですよね?エレン嬢。」

(笑うとさらにイケメンだわ・・。)

そういえば、直接会うのは初めてだ。想像よりもずっと美しい顔立ちにぼーっとしていたが、エレンは慌てて真っ赤になりながらこくこくと頷いた。


向かいに腰掛け、お茶を飲みながら、アレクシスとエドワードの学生時代の話に相づちを打ったり、自分の話をしたりして、和やかに時間が進む。

そのうち、エレンは異変に気がついた。

(婚約破棄の話がでてこないわ。)

それどころか、エレンの話にも楽しそうに相づちを打ってくれるものだから、なんだか楽しく過ごしている。


しかし、5年も怯え続けた瞬間である。

エレンはすぐに切り替える。

(今はエドワードお兄さまがいるから、切り出しにくいんだわ。でも、長引かせずに一思いに言ってしまってほしい!)

「アレクシス様!お庭を案内いたします。二人で少し歩きませんか?」

兄のいない場所でなら、アレクシスも切り出しやすいだろうと誘ってみれば、

「ぜひ。」

と笑顔で応じるアレクシス。

(やはり、二人のタイミングをまっていらしたのね?)

エレンは確信をもって、庭にいざなう。


「エレン嬢は、積極的な方ですね。」

庭を歩きながら、そう言うアレクシス。

(積極的に話を進めようとしているのに気づいてくださったのだわ。じゃあそろそろか。)

「そんなことありませんわ。」

と上品に笑いながら、覚悟を決めるエレン。

しかし、やはりアレクシスからは婚約破棄の話は出てこない。


(ちょっと待って。)

エレンはエレンで、話しながら、ある重大な事実に気がついていた。

予定どおり婚約破棄されて、やがて自分で生計を立てることになったとする。

仕事につこうと思ったとき、今やその全てに、アレクシスが関わってくることに気づく。

彼の事業は、製造、運搬、アパレル、飲食に至るまで幅広い。

つまり、どの職についても・・

(八割方、アレクシス様が事業主になる!!)

これは、どこかで自分を売り込んでおかなければならないということだ。

(難題だわ。)

アレクシスとにこやかに談笑しながら、エレンは新たな課題に頭を悩ませ始めていた。


「エレン。アレクシスが褒めていたぞ。」

緊張の初対面では結局婚約破棄の話はでず、ぐったりしていたエレンは、エドワードの言葉に元気をもらう。

あの後、さりげなく自分のできることをアピールし、特に外国語についてはアレクシスも興味をひかれているようだった。

練習中だと素直に伝えれば、しばらく外国語で会話をしてくれて、練習に付き合ってくれたくらいだ。

「それは良かったですわ。」

未来の事業主に首尾よくアピールでき、上機嫌のエレンに、エドワードはにこやかに続ける。

「次は来週末に、二人きりで出掛けたいそうだ。明日僕はアレクシスと別件で会うから、その時に返事をもらいたいそうだが、了承でいいか?」

そう聞いて、エレンは納得する。


(やはり、二人の時に切り出したいのね。)

今日は庭に誘ったが、やはり屋敷内のため、あちらこちらに使用人がいる。庭師もいたし、二人きりではなかったのだ。

婚約破棄の話を第三者に聞かせないようにしようというのは、大人の配慮に感じられた。


「もちろんですわ。ちゃんと心の準備をして参ります、とお伝えください。」

エドワードは首をかしげていたが、曖昧な返事で承諾した。


約束の日。

「やあ、エレン嬢。今日はよろしく。」

アレクシスは、前よりもくだけた服装と口調で迎えにきた。

「よろしくお願いいたします。」

エレンも長い髪をゆるくまとめ、動きやすい服装で出迎える。

今日は二人で街歩きの約束なのだ。

肘を緩め、エレンに目配せするアレクシスに応えて手をその場所に添えると、家族達に総出で見送られて出発する。

「今日は誘いに応じてくれて嬉しいよ。」

アレクシスから笑顔で話しかけられ、頬が赤くなるのを自覚しながら、

(でも、今日こそ婚約破棄、なのよね?)

と、気を引き締めたエレンだったのだが。


(なにこれ?めちゃくちゃ楽しいんだけど!!)

アレクシスのエスコートは完璧で、見たかった歌劇の鑑賞に始まり、行ってみたかったカフェに、ブティックで目をひかれたネックレスのプレゼントと、フルコースである。

「こんなにしていただいたら、お返しができません!」

とお断りすれば、

「僕も楽しいからしてるんだ。お返しと言うなら喜んでいる笑顔を見せて。」

と、これまたとろける笑顔で言ってくるのだからたちが悪い。

(この恩は、あなたのもとで働いて必ずお返しします!)

と心に誓い、エレンは今日という日は素直に甘えることにした。


あっという間に時間が過ぎて、日が落ちかけた所で帰路に着く。

「今日は楽しかったよ。・・君に改めて言っておきたい事がある。」

そう言って見つめてくるアレクシス。

(とうとうきてしまうのね。その時が。)

「はい。心の準備はできております。」

名残惜しい気持ちを抑え、真っ直ぐ視線を受け止めた、その時。


「アレクシス伯爵!覚悟しろ!」

突然響いた大声に、振り向くと、そこには酒ビンをぶら下げた男がいた。

「誰だ。」

エレンを庇い、鋭く聞いたアレクシスに、男は答える。

「覚えてないよなあ?5年前に解雇されてから、俺の方は人生めちゃくちゃだ!殺してやる!!」

エレンはアレクシスの背中越しに男の顔をみて、小さくあ、と声をあげる。

(5年前、アレクシス様に『失望』されていた方だわ。)


男が酒ビンを振りかざしてアレクシスに向かってきた瞬間。

エレンはするりとアレクシスの腕をすり抜け、彼の前に立った。

「エレン嬢、だめだ!」

焦った声のアレクシス。

しかし、意外にも勝負は一瞬でついた。

無駄のない動きで男に近づいたエレンが手刀を酒ビンを持つ右手の手首に打ち込み、落とした酒ビンをキャッチしがてら男の頭にそのまま回し蹴りを決めたのだ。

男は吹っ飛び、そのままのびてしまった。


騒ぎを聞き付けた人達が集まってきたため、そのうちの一人に警察に行ってもらって、当事者という事でその場で待つことになる。


「エレン嬢に守ってもらうことになるなんて。エドワードにめちゃくちゃに怒られそうだ。」

明らかに落ち込むアレクシスに、エレンは力強く答える。

「今日一日の恩返しと思っていただければ!アレクシス様のもとに就職した際には、用心棒だってこなしてみせますわ!」

アレクシスは、目をパチパチさせた後、真剣な顔をエレンに近づけた。

「君は、もう永久就職だ。他に行くことは許さない。」

エレンは分かっている、というように、深く頷いた。

「ありがとうございます。死ぬまでアレクシス様に尽くしますわ。」

もちろん、

(これでいつ婚約破棄されても、就職先は大丈夫ね。)

と思っている、勘違いエレンである。


・・これがこの後、何世代にも渡って語り継がれて行く、アレクシス・サンドリオン伯爵とその妻エレン・サンドリオンのエピソードである。


ちなみに。

「あの男はセルゲイといってね。僕の父の代から働いていたんだが、ずっと横領をしていて、解雇したんだ。まさか、5年も恨み続けていたとは。」

「エレンが君を誤解して、冷血人間だと思い込んだのは、案外その男の呪いだったのかもな?」

「しかし、家事全般できて、あのレベルで戦えて、教養高くて、マナーも完璧、なんて、僕にはもったいない女性だよ。エレン嬢は。」

「それは、もとはといえば君のおかげ・・というか責任だぜ?頼むからちゃんと最後まで面倒みてくれよ?」

「当然だ。あんなに可愛らしくて面白い女性を、僕が逃がすわけないだろ?」

そんな会話の後、エドワードさえドキッとする色気で微笑んで見せたアレクシスの『本気』を、エレンが思い知るのは、なかなか婚約破棄されないままさらに時間が立ち、彼女がもう少し大人になってからの事である。

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