9.決別
……外が騒がしい。完全に他人事、という風にケネルはぼんやりとそう思考した。友達、ルナリを追い込んだ上に死なせてしまったという罪の意識からケネルは死のうとも思ったが、そんな気力さえも湧かず今日を迎えていた。
『な、なんで……なんでアイツがぁぁ!』
にしても、本当に騒がしい。あの勇者が称賛されていた時とは比べ物にならないほどの喧騒だった。
バタン、と家のドアが強引に蹴破られる音。
すぐそこに両親の悲鳴、命乞い、断末魔。
続いて、こちらに向かってくる足音。
盗賊か、魔族か、はたまた敵国かなにかの軍か。なんにせよ、自分にふさわしい最後だ、とケネルは他人事のように考え、足音の方を見た。
「ル、ナリ……」
「……」
侮蔑、失望、殺意。それらを含んだ目線がケネルを射抜く。そしてケネルは心の底から安堵した。
生きるべき彼女が生きていたことに。
この村が、彼女により報いを受けたこと。
自分に罪を与えるのが、他でもないルナリ自身であることに。
気づけば、漆黒の剣がケネルの眼前にまで迫っていた。自分はこれから死ぬのだな、と思いつつケネルは弁明どころか謝罪すらできなかったことを少し悔む。せめて、と思いケネルはルナリの身を案じながらその命を終えた。
「……さよなら」
安らかな顔で生き絶えているケネルを尻目に、ルナリはその場を去る。残すは多くが逃げ込んだ教会だけだ。
ゆっくりと、だが着実に歩み続けながらルナリは思案する。なぜ、抵抗しなかったのだろう。
もっと、泣き叫ぶと思っていた。
謝りながら命乞いでもするかな、と考えていた。
そこまで考えて、ルナリは思考を止める。思い出も後悔も切り捨てたのは自分自身。もしもなどない、と自分に言い聞かせる。
「……ここか」
そう言って、ルナリは教会を睨みつける。ルナリにとって、教会とは元凶そのものだ。ここで貶められる母を見てきたし、それ以降は近づいていない。近づけばあるのは決まって暴力だからだ。
嫌な記憶が呼び起こされたルナリは苛立つ。その思いをぶつけるように剣を握る手に力を込め、思いっきり振るった。
ルナリの恨みに呼応したのか黒い焰を吹き出しながら黒剣は一文字を描き、扉は真っ二つに割れ、そしてすぐに灰になった。
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!」
「只者じゃねぇぞあいつ!」
「ま、待て……家族がまだ来てない!ま、まさか……も、うっ」
ありきたりな反応に飽きてきたルナリは躊躇いも慈悲もなく自然体で剣を振るう。振るった後には既に片手では数えられない数の生が終わり、辺りを紅に染めた。既にルナリの白髪も衣服血に染まっている。元々紅い眼も相まって、村人達の目には全身赤い鬼のように映る。
「か、神よ!女神様!お助けを……がっ」
「そ、そうだ!あのシスターはどこへ……!いないぞ……ぐぁっ」
程なくして、白を基調とする教会の内部は赤く染まった。
「……まだ、いる……」
そんな直感からルナリは剣を振るう。教会の内装……椅子や燭台を吹き飛ばす。
「……あった」
抉れた先に出てきたのは、地下へと通じる隠し扉だった。