5.救済
「むぅ……」
死にかけの人間の少女を拾ってきて自らの城に帰ってきた魔王シンシーは少女の容体を確認し、1人唸っていた。
城と言っても、シンシーの他に誰もいない。力ではそこらへんの魔王など一蹴できる実力があると自負する彼女であったが、根からの変わり者である彼女は親交が少なく、そして野心を持たぬ彼女は配下を持つ事を嫌った。
そんな事情から、シンシーは辺境の慎ましやかな城で1人暮らしている。
「外傷もさることながら……それ以上に衰弱が酷いな……とても治癒魔法に耐えうる体力はない……」
もともと、シンシーがあの場に居合わせたのはただの気まぐれだった。そこそこの実力を持った勇者がこんな辺境に来て、まさか攻め入るつもりなのか?もしそうであったら本当の実力を思い知らせてやろう、そんな興味から近い場所にある人間の村を訪れていたのだ。
「それで、あの勇者が狙った物は廃墟。そこにいたのはただの少女が1人、か……」
シンシーは少女の身体を調べたが、至って普通の人間の身体だった。加護の反応がなかったので勇者でもない。疑問は尽きないが、彼女は余計なことを考えるのを一旦やめ、どうすればこの少女を救えるか、それだけに集中する。誰かと約束したわけではないが、一度救うと決めた。彼女はそれを曲げる気は無かった。
(落ち着け……何か手はないか……ッ!……あった、一つだけ……だが、これは……)
……勇者、というものは適齢に達した人間の者達が教会にて適正を判断され、司祭を通して女神の加護が与えられることで誕生する。祝福により、魂の具現化、魂装という力を得て。その力は強弱はあれど、唯一無二。そして、それは魔王もまた同じ。違いは加護が女神か邪神か、それだけだ。
「加護を与えて、魂装を目覚めさせればあるいは……いや、しかし……」
魔族であるシンシーに、女神の加護を与えることなどできない。したがって、与えるならば邪神の加護になる。人間の少女に、相反する邪神の加護などを与えて良いのだろうか、と彼女は思い悩んだ。彼女の見立てでは、少女に適正はあるようだが、人間が邪神の加護を授かるなど少なくともシンシーは聞いたことがなかった。
「それしか策がないのなら、仕方がないか……はぁ、忌み嫌う邪神の加護を与えられて、発狂でもされたら寝目覚めが悪いというのに……」
魂装に目覚めさえすれば、多少なりとも体力が回復し、治癒魔法を耐えられるようにはなるだろうし、何より他に救う手立てがない……彼女はそう判断し、儀式を始めた。
「影を支配する我が神よ、この者に闇の加護を」
瞬間、横たわった少女の下に紫色の魔法陣が展開され、周囲の魔素をを取り込んで妖しい光を発する。……成功である。
「やったか……」
儀式が成功したのを確認し、すかさずシンシーは治癒魔法を発動、少女、ルナリの傷は瞬く間に癒えた。
「あとは……栄養剤でも持ってくるか……」
一先ず救命を完了し、アフターケアをするべくシンシーはその場を後にした。
……そして、ここに人でありながら邪神の加護を授かった『人間の魔王』がここに誕生したのだった。