3.暴力
ケネルが目覚めると、そこは見知った自分の家だった。見ると、目の前にはあの時の修道女と彼女に頭を下げて礼を言う両親がいた。
「エルス様、この度は誠にありがとうございました……!」
「おかげでうちの子も正気を取り戻して……」
「いえいえ、礼には及びませんよ。迷える子羊を導いただけですから」
ケネルはそんなやりとりを目にしながら、茫然自失としていた。先程までの悪夢は、本当に夢だったのではないか、という淡い期待も、次第に湧いてくる現実感に否定されていく。
「じゃあね、ケネル君?あの化け物と最後のお別れができて良かったねぇ」
「……」
ケネルの前まで来て屈み、嫌らしい笑みを浮かべてエルスは去っていった。ケネルは最後のお別れ、という言葉に引っかかったものの、罪悪感と失望で何も答えることができなかった。
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とある愚かな少年の家を出たエルスは、とある客人を迎える為、教会前で待機していた。しばらくすると、件の人物がやってくる。
「ようこそおいでくださいました、炎の勇者ガイナス様」
「ふん、お前が俺の力を欲しているという女か。ふふ……任せておけ、この俺の魂装、『炎槍ブルート』があればどんな厄介な魔物でも一瞬で終わりだ」
「えぇ、噂は聞いております。頼りにしていますわ」
エルスは、目の前の男が自分の胸の辺りをちらちらと見ていることを見透かしながら笑いかける。彼女の言う噂とは「なまじ実力が高い分、自分の力に酔っているが、欲望に忠実で物事をよく考えない扱いやすい男」というものだ。だからこそ、エルスは内心ほくそ笑む。こいつは簡単に操れる、と。
一方でこの男、ガイナスはエルスもまた勇者であるということを知らない。だからこそ、彼はエルスを庇護対象、弱者として見ていて、それが態度に表れていた。
「それで、厄介な魔族が住み着いている、という話だが」
「えぇ、それが本当に狡猾でして。普段は人間の真似事をしているのです。住民達も不安がっていて……もう本当に怖くて……勇者様ぁ、助けてくれますか……?」
「あ、あぁ!そんな奴はすぐにでも灰にしてやるさ!」
エルスがガイナスを呼び出したのは、忌み子、ルナリを始末する為だ。元々、ルナリを村人達の不満の捌け口に仕立てたのはエルス、もとい教会である。10年近い根回しと説法が今の状況を生んだのだ。
彼女自身、ルナリに対しての感情は半分は正義感、もう半分は暗い歪んだ欲望である。忌み子とはいえ、幼い少女が貶められていることに言いようのない快感を抱いていたのだ。
そこで、彼女は考えた。いっそのこと、あの少女を圧倒的な絶望に晒してなぶり殺してしまえば、どんな顔をするだろう、どんな悲鳴を上げるだろう、と。玩具を壊してしまうのは気が引けるし、村人達は新たな捌け口を求めて次の生贄を求めるだろう。しかし、彼女は原来から身勝手な人間である。そんなことよりも自分の興味が勝ったのだ。
「さて、勇者様。着きましたよ」
気づけば、ルナリが住みついている廃墟の一角に辿り着いていた。
「ここが、か……?無駄に広いな……」
「えぇ……十数年前にこの辺りは放棄されまして……」
「ふむ……この一帯、焼き尽くしても問題はないか?」
「えぇ、問題ありませんが……可能なのですか?」
「あぁ、任せてくれ……顕現しろ、『炎槍ブルート』!」
ガイナスは自らの魂装を呼び出し、技の構えを取る。
炎槍ブルートの能力は、通常魔法に使われる空気中の魔素を炎と化して纏わせるというものだ。瞬間的には、途轍もない火力を生み出すことが可能だ。
ガイナスは周囲のありったけの魔素を取り込み、吼える。
「《ボルカニック・ホーン》ッ!」