28.苦戦
戦場は沈黙していた。誰もがルナリを警戒、または恐怖し、自ら動くことをしなかった。ルナリはというと、勇者達へ、そして教会へと向かってゆっくりと、着実に距離を詰めて行っている。
戦況の変化は別の場所で起こることになる。
都市に潜みルナリをバックアップし続けるシンシーは催眠魔法とゴーレムの管理に勤しんでいた……のだが。
「……そこか」
「……ッ!」
刺すような殺気。それを正確に察知したシンシーは護身用に待機させていた魔法を発動。その鋭すぎる一閃を逸らした。
「今のを避けるか。魔道士タイプの割にはよくやる」
「……貴様は」
崩れた体勢から敵を睨むシンシー。もちろん、次なる魔法の構築も忘れない。
「天聖の勇者、ミスナ・エルゲイル。お前から先に片付けさせてもらうぞ」
シンシーは返事をしなかった。あくまで無言、無詠唱で氷の魔法を発動する。そのまま凍りつくミスナ。だが、その顔に焦りはなかった。
「『醒剣カリュナス』!」
「な……!」
ミスナが魂装を出現させると、動きを縛っていた氷が一瞬で砕け散る。流石のシンシーもこれには大きく動揺する。
(ま、まさか……!?)
最悪の推測を導き出したシンシーはダメ元で低級の攻撃魔法を繰り出す。小さな火の玉はミスナに触れた途端に掻き消える。その光景から、シンシーは更に詳しく観測し、絶望する。
(術式そのものが、分解された……!?あの魂装は……魔法の無効化か……!)
そう結論づけた結果、既にシンシーは動いていた。即ち、撤退。隙の多い瞬間移動ではなく、身体強化による逃走である。
(悔しいが、私では相性最悪だ……ルナリと合流するしかないな……)
だが、身体強化したとはいえ、相手は現状最強と目される勇者である。当然、簡単に逃してくれるわけもない。
「逃すと思うか?」
「まさか」
そんなことはシンシーも承知の上。足止めの対抗策を練り上げ、すぐに実践する。
「……ッ!?」
ミスナが踏み込んだ地面が、音を立てて崩れる。シンシーが魔法によって地中を攻撃し、そこだけを脆くしたのだ。これなら、ミスナの無効化は意味がない。
「落とし穴だと……こんなもの足止めにも……!?……なるほどな」
とはいえ、ただの落とし穴。ミスナほどの使い手には足止めにもならない。が、確かに一瞬気を逸らすことはできた。結果、ミスナはシンシーを見失った。
透過、つまり迷彩魔法。シンシーはそれを使用し、逃走に成功したのだ。シンシー程の術者の本気の迷彩魔法。ミスナとはいえ、魔法分野は本分ではない。これを見破ることはできなかった。
(なら……例の少女と共に葬り去るだけだ)
そう決めたミスナはルナリ達の戦場へと向かうのだった。
一方、一足先にルナリの元に辿り着いたシンシーは魔法を解き、ルナリに助けを求める。
「シンシー様……!?」
「すまない、ルナリ!力を貸してくれ」
シンシーが急に現れたこと、そして彼女が焦りの表情を浮かべていることに驚くルナリ。それがどういう意味を表しているのか理解するよりも前に、その脅威が迫る。
「っ!?もう来たのか……!ルナリッ!」
「は、はい!獄絡怨土!」
凄まじいスピードで追いつき、ルナリに斬りかかるミスナ。『怨剣ブルドガング』の泥が壁となり行く手を阻む、が。
「聖衝醒軋!」
ミスナがそう叫ぶと、『醒剣カリュナス』の真の力が解放される。そして、その剣の光を持って、泥を消し去った。
「ぐっ……!」
「魂装の能力までも無効化するというのか……!」
ミスナの剣をなんとか受け止め、鍔迫り合いになる二人。ルナリにとって、初めての苦戦だった。
アッ遅くなりました……