26.本領
「……これは」
「……ふむ」
ケネル達が城塞都市に来て一日、散策のような情報集取をしていると、ラキエルとセヴェルが神妙な顔つきで立ち止まる。ケネルの目にも、警戒感が窺える。
「どうしたんですか……?」
「この都市全域に微弱な催眠魔法が発動されました……街の出入りも止められていますね」
「そんな……誰が……」
そう言って、ケネルは周りを見渡す。人々は一見して異常は無い。が、これも催眠魔法にかかっているのだ。
「この規模となると少なくとも術者が6人は必要でしょう。……或いは、何らかの魂装の力か……」
ラキエルの推察に、口には出さなくともセヴェルは同意する。何も言わなかったのは、魔法に関しては彼女の専門分野。間違えるはずもないと考えたからだ。
それよりも、セヴェルが決めるのはこれからどうするか。セヴェル、ラキエル、テルラ。3人のチームの最終決定はいつも彼が下していた。
「標的が我々である事は考えづらい。積極的な対応は必要ないだろう。対魔法防御を用意しておこう」
「了解です」
セヴェルの指示にラキエルが頷くと、周囲の魔素が蠢く。ケネルから見れば何の魔法かはわからないが、何か魔法に対抗する為の魔法を使ったのは分かった。
「俯瞰視界」
セヴェルがそう呟き、都市の状況を俯瞰する。そして、淡々と情報を告げる。
「ここからは少し遠いが……正門から大路地にかけてゴーレムの大群が迫っている。戦える者が続々と集まっているな。恐らく目標は教会。この催眠魔法は一般人を巻き込まない為か、騒ぎを大きくして援軍が来るのを恐れたか……いや、両方か……む」
「どうかしましたか?」
「ケネル、君が探している少女が今まさにその戦場のど真ん中に降り立った」
「本当ですか!?」
ルナリが来た。それを知った瞬間、ケネルの顔色が変わる。焦燥、歓喜、後悔。いずれにせよ、じっとしていられなかった。
「あぁ、今まさに敵を斬って……ッ!」
「……セヴェル?」
「どうしたんですか……?」
突如、セヴェルの表情が強張り、余裕が無くなる。ケネルが彼のこんな顔を見るのは初めてのことだった。
「ケネル、彼女のところには1人で行ってくれ。……理由は聞かないでくれないか」
「……わかり、ました……」
2人が共に来てくれない。その事実にケネルは少しだけ動揺する。彼らが見ていない場所で戦うのは実は一度もない。
「……案ずるな。今の君は強いさ」
「自信を持ってください。今のケネル君に勝てる人間はそうそういませんよ」
「……はい。ありがとうございます……!」
2人の激励で持ち直したケネルは自信に満ちた表情で大路地の方へ駆けていった。一方、残った2人はただならぬ雰囲気だ。
「セヴェル、一体何が」
「神の気配だ。勇者のようなただの加護ではない。我々と同じ……直接神に通じている……使徒がここにいる」
予想はしていたのか、それとも不測の事態に慣れているのか。ラキエルは表情を変えずに、ただ思案する。そして、耳の機械に手を当てた。
「マスター、聞こえますか」
『あぁ、聞こえてる。使徒がいるんだってな?ちょうど良いじゃあねぇか。これであの駄神共が反省してんのか否かはっきりする』
「……つまり、戦闘を視野に入れると」
『そういうことだな』
ラキエルの問いに短く答える《外神》イオリ。この神は細かいことを気にするタイプではない。
「……テルラを手元に置いておかなかったのは失敗だったかもしれませんね」
『あーあー、テルラなぁー、アイツはなぁ……その、アイツのことは一旦忘れろ。無い物強請りは意味ないぞ』
「?……はい、そうですね」
テルラの話題が出た途端、主の声が上ずったので、不自然に思うラキエルだったが直ぐに平静に戻す。
『よし……ラキエル、並びにセヴェル。魂装の使用……及び、使徒に対する積極的な戦闘行為を外神イオリの名の下に許可する』
主神の号令により、2人の枷は完全に外れた。
「『A-dos』、起動」
「『I-DeA』、起動」
瞬間、無数の強化魔法が発動され、2人の姿は瞬く間に消えた。