23.成長
「ハッ!」
一方は人の何倍もあろうかという龍。この山の主と呼ばれ、畏れられている古龍である。
対するは、一見平凡に見える少年。その手には、この世界のどの剣とも似つかない二対のナイフ。
龍の咆哮と共に、爆炎のブレスが放たれる。しかし、少年のナイフの半透明の刃に触れた途端、炎は霧散する。
やがて、龍の爪を掻い潜った少年は龍の首に斬撃を浴びせる。瞬間、龍はその場に倒れ伏す。しかし不思議なことに、龍に傷の一切はついていなかった。
「上出来だな」
「素晴らしい上達です、ケネル君」
ケネルと呼ばれた少年が振り向くと、そこには二人の男女がいた。全ての異世界の均衡を司る外神の使徒たるセヴェルとラキエルである。
「この世界でも五本の指に入る龍を倒せたのだから、もう十分通用するだろうな」
「マスターの加護なのですからそれくらいは当然です」
この山の古龍は数百年を生きたという伝説を持ち、この場所を神山と呼ばせるに至った大きな一因となっている。実際、近隣の魔物や幻獣の力関係に最大の影響を持つ正真正銘最強の一角である。
本来、そんな存在を傷つけてはこの一帯のバランスが崩れとんでもないことになるのだが、そこはケネルの魂装、『X-non』の力。ただ無力化しただけなので、問題はない。
「あの……修行までつけていただいて、ありがとうございます!」
「修行といっても、レベルに合った相手を用意しただけだ。大したことはしていないさ。強いて言えば、生き返らせて加護を与えたくらいだ」
「セヴェル、それは規則スレスレのグレーゾーンに当たる行為です」
ケネルはこの2週間ほど、多くの相手と戦うだけの単純な修行で実力をつけていた。ケネル自身も、今ならあの炎使いの勇者にも勝てるだろうと自信がついていた。
まぁ、古龍を倒すなどやってのけたのなら炎の勇者ガイナス含めこの世界の殆どが彼の相手になることはないのだが。
無理もない。ケネルの才能を抜きにしても、外神の加護は最強。使用者の魂を形にしているものこそ神の加護である。いわゆる「女神」と「邪神」の力に大した差は無いのでこの世界では知られていないが、加護の強さは魂装の強さに直結する。
そして、外神の力は超越。世界の理を司る神……時神や死神では対応できない問題を理の外側からの力で無理矢理解決する最終手段である。その力は最強でなければ意味がない。
「これなら問題はないでしょう。ここから一番近いのは城塞都市のようです。どうでしょう、ケネル君。そこでルナリさんの情報を集めてみては?」
「言ってあった通り、我々が動くには相応の理由と許可が必要だ。おいそれと手を貸すことはできないが……今の君なら問題ないだろう」
「あ、ありがとうございます!そうしてみます!」
やっと、この人たちからのお墨付きが貰えた。そのことに、ケネルは心躍らせる。ようやく、彼女に追いつくだけの実力がついたのだ。
(やっと、やっとルナリと同じ場所に立って言葉を伝えることができる……!)
そんなケネルの内心を知ってか知らずか、セヴェルは少しだけ笑う。そんなセヴェルを見たラキエルはふと口を開いた。
「……セヴェル、私は貴方の事を人の子の感情に疎く興味もない遊びもない奴だと思っていました」
「……君の評価に間違いはないよ」
「私の知る貴方は1人の人間を優遇するような方ではありませんでした」
ラキエルの言葉に、セヴェルは少し考えて口を開く。
「彼の経験した悲劇など、はっきり言ってしまえば、ありふれている。この世界に限らず、多くの不幸は知られることなく死と共に忘れられる」
この世界は特殊なケースだが、他の世界を探しても完全な平和は存在しない。近しい者が皆死んだ、無実の罪で裁かれた等、彼らはそんな光景の多くを見てきた。それらは世界全体から見れば些事に過ぎない。故に、外神に属する者が手を出すことは許されないのだが。
「見慣れていた……だからこそ、心底幸福そうに殺される人間が珍しいと思った。そして偶然、今の自分に奇跡を使う権限が与えられていたから、助けた。君の言うように、人間の感情に疎いからこそ……何かヒントになるのではと思って、助けたんだ」
「……そうですか」
ラキエルは自らの隊長の知らない面を少し覗けた気がして、彼への評価を改めたが、さておき。
「それでは、ケネル君。その都市まで飛びますよ」
「で、できるんですか?」
「当然です」
こうして、力をモノにしたケネルと使徒二名が、城塞都市に入る。今まさに、勇者の巣窟となっている都市に。