20.師匠
(この人、利用する気だ)
テルラという少女の力は正に規格外。シンシーにはそれを都合よく利用するなどという行為が上手くいくとは思えなかった。制御できるはずがないと。
当のテルラは考え込む素振りをして、薄く笑う。
「……ふーん、おじさんは私ちゃんを利用したいんだ?」
「……」
先程までのおちゃらけた態度からは考えられないような底冷えする目つきでテルラはダルクを見る。まるで全てを見透かすような視線だ。
そして、そんな威圧にもダルクは涼しい顔で動じない。
(あっやべ。バレちった。死ぬかも)
(……師匠、拾ってあげられる骨が残るといいですね)
……尚、彼の特技はポーカーフェイスである。
「……ま、いいよ。乗せられてあげる。おじさんに私ちゃんがどうにかできるとは思えないしー」
「あ、そ、そう?」
でも、とテルラは付け加える。スタスタとダルクに近づき先の戦闘中のような威圧感を放ちながら言う。
「あんまり舐めない方が良いと思うよ?多分私ちゃんおじさんより歳上だし、ね?」
「あ、あーそう……でしたか?ハハ、こわいなー」
……釘を刺されたダルクは早速声をかけたのを後悔し始めていた。
(この子、いやこの御仁?後先考えられないんじゃなくて無駄だから考えないタイプか……うーん、失敗したかなぁ?ま、背に腹は変えられないし……)
ダルクはテルラという少女を高い実力とそこからくる大きな自信を持つ刹那主義者だと分析する。物事を深く考えていないようなのは、未来を考えなくとも実力でその時々の今に完璧に対処できるという自信があるから。シンシーとの戦いを見る限り、実際に大方の事態はなんとかできそうなのが驚異である。
「じゃ、行こっかおじさん」
「あ、あぁ……あと、おじさんの名前はダルクっていって……」
「そうなんだ!よろしくおじさん!」
「あーそういう?そういうノリなのね?」
大人しくしていられないのか、テルラはさっさとその場を離れて行こうとする。おーいそっちじゃないぞー、とダルクの言葉も届いていない。
やれやれ、とダルクは肩を竦める。シンシーの目から見ても、彼は既に疲れていた。すぐに追いかけようとするが、立ち止まってシンシーに振り向く。
「なぁ、怖かったか?」
「……はい、とても」
「そっかそっか!昔から天才極まってて天狗になってたシンシーちゃんの鼻っ柱が折られるところが見れておじさんラッキーだなぁ!」
「そんな風に思ってたんですか!?」
シンシーが素直に認めると、ダルクは嫌味ったらしい笑みを浮かべて煽るように大笑いする。そして、笑いが収まると、今度は優しく気の良い親の顔が出てくる。
「まぁ、冗談は置いといて、だ。……シンシー、お前は強い。だから、この経験は貴重だ。敗北を知らない強者は大抵ロクな目に合わないからな」
「……」
急に真面目になるな、とか。自信を喪失しかけてたところで強いって言ってもらえて嬉しい、とか。色んな思いが溢れて、シンシーは黙ってしまう。
「お前、恐怖ってヤツを理解した気になってただろ?それが危ういなぁ、とは思ってたんだよ。だが、お前は本物の恐怖を知ることが出来た。だから、もっと強くなれる。あぁ、メンタル的な話な?」
本当にその通りだと、シンシーは痛感する。もしテルラの目的が自分の命だったら。結果的には助かったが、もしもを考えると背筋が凍る。冷静になって見れば、あの場の最善手はあらゆる手段を駆使して逃走するのが正解だっただろう。そんな後悔がシンシーの中で燻る。
そして、何よりも。本当に怖かったのだ。今になって、ダルクがそこにいるという安心を実感した。同時に、彼女を真の意味で理解できていなかったと反省した。
「……はい、そうですね」
「じゃ、俺行くから」
結局正体も分からなかった少女を追って駆け出す師匠を見送り、シンシーは立ち上がった。
しばらくして、全身血に濡れたルナリがやってくる。教会の人間を片付けて来たのだろう。
「シンシー様、終わりま……あ、あの……!?」
ぎゅう、と染み付いた血にも構わずシンシーはルナリを抱きしめた。いきなりのことで、ルナリは理解が追いつかない。
「すまなかったな。私は君の痛みを理解した気になっていた。今まで、辛かったろう」
「あっ、あの……その、汚れてしまいます!」
「力なき者の気も知らずに安い同情に動かされて……自分が恥ずかしいよ。こんな私について来てくれるだろうか……?」
初めて見る、主の気弱な表情。ルナリはそれに応えるべく、率直な気持ちを告げる。
「……私がここにいるのは他でもないシンシー様のおかげです。貴女がどんな人で、今までどんなことをしてきたとしても、私は貴女様のものですよ」
その言葉を聞くと、シンシーの表情がぱっと明るくなった。
「そ、そうか!じゃあ、帰ろう!何かして欲しいことないか?なんでも言ってくれ!」
「い、いえ……そんなに気を使わなくても……」
「いーやダメだ!君は甘やかされるべきなんだ!」
シンシーは言ったら聞かない性なのであった。