2.転換
ケネルが目を覚ますと、そこはロウソクだけで照らされた薄暗い部屋で、正面には修道服姿の女が佇んでいた。
「ようやくお目覚めですか?ケネル君、でしたっけ?」
「なっ……ここ、どこですか?というか僕……なんで、鎖で繋がれて……」
気づけば、ケネルの手足は拘束され、身動きが取れなくなっていた。困惑するケネルを見て、女は口元を歪める。
「初めまして、わたくしはエルス。修道女です。ここは教会地下の設備。邪神に加担する貴方を教え導く為にここにお連れしました」
「地下設備……?邪神に加担、って……」
「貴方、あの穢らわしい忌み子を匿ったんですって?弁明があるなら聞きますよ?」
「ル、ルナリは忌み子なんかじゃ……がっ……!」
ケネルが最後まで言い終える前に、エルスと名乗った修道女はケネルの腹を遠慮なく蹴り上げた。
「どうやら通報は正しかったようですね。可哀想に……あの白い悪魔、こんな無垢な子供まで誑かして……」
「かはっ……そんなんじゃな……ぐっ!」
「黙りなさい」
なんの躊躇もなく、エルスはナイフでケネルの手首を軽く切りつけた。ケネルの顔が苦痛に歪む。
(こんな痛みを……ルナリは毎日……)
「はぁ……どうやら意志は固いようですね。いつもなら拷問、じゃなくて身体に教育するまでですが……心を折るだけなら、もっと良い方法があります」
「な、なに……?」
「来なさい、『教本ロノミコ』!」
「こ、魂装!?てことは、勇者!?」
魂装。女神に愛される勇者の資格を持った者が、その加護を得ることで自身の魂を武器と化す勇者の証。同じように魔王もまた、邪神の加護を得て魂装を具現化する魔族を指すという。
「えぇ。わたくしは戦いに向いている方ではないので。勇者の資格はあれど女神様に使える修道女として活動しているのですよ……さて、と」
「なに、を……」
エルスはケネルに近づくと、服を退け、その心臓部に手をかざした。
「わたくしの『教本ロノミコ』の能力は面倒でしてねぇ……相手の心臓の辺りを10秒も触っていないと発動しないのですよ」
「ぐ、あああああああああああ!!」
「貴方の体、少しお借りしますよ?」
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ケネルの意識がだんだんと戻ってくると、彼は自分が村を歩いていることに気づく。自分で自分の身体を動かそうとするも、全く思い通りに動かない。
(全然動かせない……これがあの魂装の力か……)
ケネルは身体を動かそうとするのを諦め、自分が何処に向かっているのか憶測する。すると、向かう先に見覚えのある光景が目に入る。
「昨日は邪魔が入ったが、今回はそうはいかねぇぞ!」
「死ねっ!この化け物がっ!」
「お前らがっ!お前がいたせいで!」
「や、やめ……」
村人達に囲まれる、ルナリがいた。幾度となく繰り返されてきた、日常の光景。ケネルの足は、正にそこに向かっていた。
「あっ……ケ、ケネル……助けて……!」
ケネルを見たルナリが悲痛な声でそう漏らす。その声に、ケネルは猛烈に嫌な予感を感じるが、彼の身体は表情筋一つ動かない。
やがて、村人達と同じ場所に立ったケネルの身体は石を拾い上げ、ルナリに投げつけた。
「いたっ……ケ、ケネル……?」
信じられない、という目でケネルを見るルナリ。その視線は、容赦なく縛られたケネルの心を突き刺した。やがて、ケネルの意志を無視してケネルの口が動き出す。
「友達ごっこは終わりだ、化け物」
「え……?」
やめてくれ、と。
「お前なんて、最初から死んじまえって思ってたさ!」
「い、いや……」
何を言っているんだ、と。
「女神様の教えに反するお前なんか生きてる意味ないんだよ!穢らわしい!」
「や、めて……なんで……なんでぇ……」
良い気味だ、と笑い出す村人の声、全ての希望を失った目で泣き崩れる友達の姿。この光景を最後にケネルの意識は再びブラックアウトした。