19.休止
迫る凶刃が消失し、同時に戦意も殺気も消える。極度の緊張から解放されたシンシーはその場にへたりこんだ。一方、魂装の顕現が解除された理由に心当たりがあるテルラは内心穏やかではなかった。
その予想通り、テルラの耳に爆音が響く。
『オイコラアホテルラァ!無許可の魂装の展開はトラブルの素になるからやめろって何度言ったらわかるんだ!?アァ!?』
「イ、イオリ様……」
加護を与えた神による、魂装の強制顕現解除。テルラは許可を取るのを忘れていたので、後ろめたさを感じていた。もっとも、こんな状況で申請しても許可など取れないのは明白だったが。
『ったく、どうしてお前はそうなんだ?セヴェルやラキエルはちゃんと申請したんだぞ?』
「ぶー、それはたいちょーとラキちゃんの頭が固いだけでしょー?今時そんなルール守ってる使徒なんかいないって」
『……お前帰ったら始末書だからな?覚悟しとけやコラァ!』
「えぇー!?」
側から見れば独り言を連呼している様にしか見えないのだが、シンシーにそれを気にしている余裕は無かった。脱力感で身体が思うように動かないし、呼吸が荒ければ汗が冷えて悪寒がしていた。恐怖というものを理屈では分かっていたものの、彼女が本気で死ぬかもしれないと思ったのは初めてだったのだ。
蹲る魔王と、そこにいない相手に不満を訴えている少女。そんな奇妙な光景に近づいていく男がいた。
「シンシーちゃん久しぶりー……面白いもの2つも見せて貰ったよ」
「し、師匠……」
現れた魔族の男。名をダルク。紛れもないシンシーの師匠で里親のようなものだ。シンシーは普段彼をだらしなくて怠惰な人だと内心小馬鹿にしている。けれども、他の性根まで腐り切った典型的な魔王に拾われるくらいなら死んだ方がマシだったし、普通の魔族なら到底魔王になどなれなかっただろう。そういう意味では、シンシーはダルクに感謝していた。
そんな彼が何故ここにいるのかと言えば、ずっと一匹狼を貫いていた弟子に面白い手下ができたと聞いて物見遊山に来ただけである。そしたら、愛弟子が先の死闘を繰り広げていたのだが。
「……ずっと見ていらしたんですか?」
「いやー、その、マジでヤバそうだったら助けようという心構えを持っていた……気がするよ!」
「助ける気無かったんですね」
「ま、まぁあのお嬢ちゃんも半分は冗談だったっぽいじゃん?」
「んー……?あれ、おじさん誰ー?」
主との口論がひとまず終わったのか、テルラの注意が2人に向く。
「おじさんの名前はダルクだよ、ってそれより、お嬢ちゃんは何者なのかな?」
「うーん、言えないんだよねー」
「そうかいそうかい。まぁそれについてはいいや。それで……お嬢ちゃん、戦いたいのか?」
「まぁ、そうだねー。それ以外にやることないし」
『任務があるだろうが!』
テルラの耳元でイオリの怒鳴り声が聞こえるが、テルラは何食わぬ顔で無視した。その声が聞こえるのはこの場ではテルラだけなので、イオリの叫びは無意味に終わった。
(悪いのは私ちゃんを置いてったたいちょーだし。ま、討伐ならともかく調査任務なんてつまんないことやりたくないからいいんだけどー)
討伐でない任務でリーダーたるセヴェルがテルラを放置するのは初めてではない。つまらないと喚き散らしては命令違反をし、誰から構わず喧嘩を売る。高い実力を持つ故に許される素行の悪さ。討伐任務であればテルラ以上の実績を持つ者はいない。だがやはり、戦わない任務において彼女は邪魔でしかなかった。効率という面で考えればセヴェルは正しい判断を下しているし、テルラも納得していた。
なお、セヴェル達のつまらない調査任務は面白い方向に傾いていっているのだが、テルラには知る由もない。
「ふーん、そうなんだ……なるほどね……」
そう呟いて、ダルクの口角が上がったのをシンシーは見逃さなかった。あれは策を弄している時の顔だ、とシンシーは評価して呆れ返る。
「で、なに?おじさんが相手してくれるの?」
「いやー、そうしたいのは山々なんだけどさぁ。おじさん今魂装使えないんだよねぇ……魂装さえあれば嬢ちゃんとも良い勝負できると思うんだけどなー、残念だなー」
へらへらと挑発するような態度。シンシーは内心ヒヤヒヤしていた。
魂装が使えない、というのは嘘ではない。ダルクはかつて魔王だったが、数年前になにを思ったのか加護を返上したのだ。その理由は弟子のシンシーも知らない。
「むー、嘘くさー……まぁいいや、それじゃ……」
「でも、強い奴なら知ってるんだ。紹介してやろうか?」
ダルクの意図を理解したシンシーは、師匠の正気を疑った。