16.初戦
バタリ、バタリと次々に背後の人間が倒れていく音を聞いて、炎の勇者ガイナスの脳内では警鐘が鳴り響く。
(なんんなんだこいつら……!?いや待て、落ち着け……向こうの言葉を信じるなら相手はあの素人臭い男1人……それなら……!)
「来い!『炎槍ブルート』!」
ガイナスの手に赤い槍が出現する。ルナリを焼いた大技は魂装のみの力では足りない分を周囲の魔素で補って放つ技。ラキエルの能力の影響下では使用できないが、その程度のことで素人に負けるはずがない、とガイナスは踏んだのだ。
「貴様程度ならなんの問題もない!この村の人々の、エルスの無念を晴らす為、ここで焼き殺してやるッ!」
「……っ!」
槍に炎を纏わせ、ガイナスは駆ける。対して、ケネルは未だに抗う術を持たなかった。
魂装。加護を受けたことによってケネルに宿っているはずの力。どうにかして、ケネルはそれを出そうとする。
「魂装の……自らの魂の名前を叫ぶんです!」
「望めば名は浮かんでくるはずだ。なに、遠慮するな。相手は件の少女を焼いた男だぞ?」
「っ!」
セヴェルの言葉を聞いた途端、ケネルの心境は変わった。目の前の男が、急に憎たらしく思えてきたのだ。
(……お門違いだ。分かっている……)
この男はなんの罪もない彼女を殺そうとし、その炎を放った。報いは受けなければならない。
(でも……それをするのは僕じゃない……)
普通の家庭に生まれ、毎日食事にありつけることができて、命の危機に晒されたことなど最近まで無かった。そんな自分に誰かの命を奪う権利などない。
(資格は無くても、怒ってるんだ!大事な友達殺されかけて……!ちょっと痛い目見せてやるって思うぐらい、構わないだろッ!)
「起動!『X-non』ッ!」
「なっ……!」
現れたのは、黒い柄に、翠玉色の結晶が刃となった二対のナイフ。
「それがどうしたぁ!?」
ガイナスは魂装の出力を最大限に引き上げ、ありったけの炎を纏わせ全力で振るった。ケネルは双刃で受け止める。
ガチン……などと、金属音が鳴ることは無かった。
「ばっばかな!」
『X-non』の打ち合った途端、ガイナスの槍は燃え盛る炎ごと消え去った。
「はぁっ!」
勢いのままに、ケネルは双刃でガイナスの右腕を切り裂いた。
……だが、ガイナスの腕が傷つく事は無かった。少なくとも、見かけ上は。
「う、腕が!?動かない!?」
傷が無くとも、腕が動かない。力が入らない。ガイナスはそんな奇妙な感覚に叫んだ。
「なるほど。【無力化】というわけか」
「刃の部分で触れたものを無力化している、と」
「……魂装は、魂の具現化か。優しいのか、甘いのか……」
「それで、あの男はどうするんですか?」
ラキエルの視線の先には、錯乱状態となり喚き散らすガイナスがいた。
「目的は達成した。彼に殺す気が無いのなら、他と同じでいいだろう……『A-dos』」
「ぐっ……わ……」
光線を喰らい、ガイナスは倒れる。戦いは呆気なく終わった。
「片腕はやりすぎたでしょうか……」
「君がそんな心配をする必要は微塵もないが、案ずるな。時間が経てば動くようになるだろう」
「なんでわかるんですか?」
「魂装は使い手の魂です。普通は砕かれれば死んでしまうんです。その場合は私達でも助けることができないんです」
「だが、こいつは生きている。腕も死んだわけではないのだろう」
「そ、そうなんですね……」
ケネルは魂装を破壊されまいと警戒することを心に決めるのだった。
「にしても……ラキエル」
「視られていますね。あまり気持ちの良いものではありません」
「……少し警告でもしてやるか」
「……どうかしたんですか?」
「監視です。彼らの上に立つ人間か何かでしょうね……ですが」
セヴェルは虚空に向けて黒弓を構える。
「俯瞰視界」
そう呟くと、セヴェルの視界が一変する。認識は拡張され、この世界の全てを俯瞰する。まさに奥の手。普段の索敵はラキエルの担当だが、この時だけは索敵で彼に敵う者はいない。
そして、監視していた大教会の神父と思われる人物を捉える。
「繊光一条」
……『A-dos』に、射程という概念は存在しない。男が放たれた光線に射抜かれ、倒れる様をセヴェルだけが確認した。
「終わりましたか」
「あぁ」
「こ、ここから向こうの都市までですか!?」
セヴェルの芸当にケネルは仰天する。ここから最寄りの都市へは普通の人なら丸一日はかかるものだからだ。調査隊のようなプロはその半分以下で移動できるが、距離が短いわけではない。というか、そんな距離で攻撃を当てるなど考えられない。
「にしても、これがこの世界の平均的なレベルなら、やはり彼女は必要なかったな」
「えぇ、そうですね」
「彼女、ですか?」
「我々の部隊にはもう1人メンバーがいてな」
「戦闘能力はとても高いのですが……」
「命令も聞かないし、相手をするのも時間の無駄だから置いてきた」
「だ、大丈夫なんですか……?」
「我々の部隊に連帯責任は無いので問題ない」
そういう話じゃなくて、とケネルは思ったのだった。