11.開幕
未練など、微塵もなかった。
このまま罪を償えたら満足だった。自分の命で彼女の気が少しでも晴れるなら、それでよかった。
ケネルという少年は、間違いなく死んだ。それは不変の事実である。
「目覚めろ。少年」
ならば、この状況はなんなのか。ケネルは酷く混乱していた。目の前には、見知らぬ青年が佇んでいる。思わず斬られたはずの身体を確かめるが、ケネルの身体には傷の一つもなかった。
「えっと……これは、どういう……?」
「君は生き返った。その代わりといってはなんだが、私の問いに答えてはくれないだろうか」
「え……生き返った……?」
一体なぜ。いや、そもそもどうやって。そんな疑問がケネルの頭に浮かぶが、それよりも怒りが湧いてきた。
「そんなこと……望んでいません……!僕は、あのまま死んでいた方がよかった!」
罪を清算できたはずだった。あのまま死んでいれば、罪悪感を感じることもなかった。自分が生きながらえれば、ルナリの復讐の侮辱になってしまう。そう考えたケネルは静かな怒りを燃やす。
「……そうか」
ケネルの静かな叫びに、眼前の青年は短く答える。そして、ケネルの目を鋭く見据える。整った顔と、感情を読み取れない表情も相まって、神々しさすら感じさせる。
「なら、質問に答えてもらった後、すぐに殺してやろう。なに、苦痛はないと約束しよう」
「……あなたは一体」
「私は……そうだな、セヴェルと呼んでくれ。早速聞きたい。君はあの少女に斬られる時、笑っていたな。この村の人間で、唯一、ただ1人だ。何故だ?」
青年の問いに他意はない。少なくとも、ケネルにはそう見えた。
「……あの女の子をあんな風にしてしまったのは、この村の人間達……いや、僕たちなんです。だから、彼女にはここの村人を殺し尽くす権利がある。いや、僕は、僕たちは彼女に殺されるべきだったんです……だから、良かったと思いました。僕の命で、彼女の怒りが少しでも晴れるなら……と」
「ふむ……自分より、あの少女の方が大事だったのか。それで、君達はあの少女に何をしてきたんだ?」
「教会が、彼女を邪神の生まれ変わりだとか……ただ髪が白くて眼が紅いだけなのに……。それで、彼女は酷い迫害を受けていたんです」
「邪神の生まれ変わり、か。馬鹿げているな。それで、君もそれに加担したのか?そうは思えないが」
人の国において最大の権力を持つ教会の主張を馬鹿げている、と一蹴したことにケネルは驚く。分かっていたことだが、目の前の存在は常識の範囲外だということをケネルは改めて認識した。
「その……操られていて……教会の修道女に……それで、彼女に、ルナリにとんでもないことを言わされて……石も投げさせられて……」
「……操られる……最後に死んだ修道女の魂装か。直接戦闘には向いていない、だからほとんど無抵抗だったわけか……」
「……やってくれたんだ、ルナリ……!」
時間が経つにつれて、恨みが募っていたあの女を他でもないルナリが始末してくれたということを知って、ケネルは歓喜する。
「にしても……そこまで腐っているか。やはり“有害”……不要だな。ありがとう、ケネル。よくわかった」
「あ、はい……どうも……」
セヴェル、と名乗った青年がケネルに礼を言って微笑む。ケネルは名前を言っていないのに名前で呼ばれたことに驚くが、何から何まで常識の範疇にない相手には些細なことだと割り切った。
「それで……セヴェル……さんは何者なんですか?」
「私は」
「……信じられません」
言いかけるセヴェルを遮るように聞こえた女性の声。ケネルが声の方を見ると、凛とした雰囲気の女性がセヴェルを非難の目で見ていた。よく見ると、セヴェルと服の意匠が似通っている。
「む……ラキエル」
「セヴェル。人の子に、奇跡を使ったのですか?」
「これは私に与えられた権限だ。問題はないだろう」
「私は……こちらの都合で人の命を弄ぶなと言っているのです……!」
ラキエルと呼ばれた女性とセヴェルの口論に、ケネルは完全に置いていかれた。