1.発端
「この化け物がっ!さっさとこの村から出て行け!」
「気持ち悪い見た目しやがって!こりゃ絶対魔族の血が入ってるぜ!」
「白髪に紅目、教典にある魔族に他なりません!」
「お前なんかじゃ、女神様の加護も与えてもらえないんだろうな!」
少年と同じくらいの少女が、蹲り、石を投げられ、ボロボロになっている。それがこの村の日常で、彼はそんな光景を見て育ってきた。
あの少女の母親が生きていた頃はまだ良かったのだ。引退したとはいえ元は高名な勇者だった彼女が健在であった時は、村人達は手が出せなかったのだ。しかし、彼女が病死してからというもの、少女は観るも凄惨な仕打ちを受けていた。
それもこれも、すべては女神アーリマの教えが記された教典、『アーリマ教典』に描かれた魔族の神である邪神が白髪紅目だったのが原因だ。
いくら白髪紅目が極めて珍しいとはいえ、少女はほとんど言いがかりに近い理由で貶められていたのだ。
村人達の怒りと憎しみの捌け口にする為に。
この世界では、女神の加護を授かった勇者という存在と、邪神の加護を授かった魔王という存在が常々争い合い、それらを筆頭に周囲の人々を巻き込んで度々戦争が起こっており、小競り合いは絶えない。
そしてこの村は、辺境も辺境、地理的に魔族の領域にとても近く、少なくない人々が犠牲になっていた。
村人達は子供を含めた全員がその怒り、悲しみ、恨みを少女にぶつけていた。
ただ1人の少年、ケネルを除いては。
ある日ケネルは人がいない時を見計らって、少女に話しかけた。
「ねぇねぇ、なんでみんなに苛められてるの?」
「……しらない。あなただれ……あなたもわたしにひどいことするの?」
「そんなことしないよ。ぼくはケネル。ねぇねぇ、きみのなまえは?」
「……ルナリ」
ケネルは度々ルナリという少女に会うようになった。ある時、普段から盗みやゴミを漁って生活していたルナリが見ていられないほど飢えていたのを見て、ケネルが食料を持ち出して彼女に差し出したことがあった。
「……おいしい。こんなの食べたの……本当に……久しぶり、でっ……!」
「そ、そんなに?泣いちゃうくらい?」
「……うん……それに、お母さんがいなくなってから……誰かと食べるなんて、初めてで……」
「……そっか」
そしてその日、ケネルは彼女と会っていた事が親にバレてしまった。彼の普段の家族からは考えられないほどの険しい形相。彼は初めて怒鳴られもしたし、殴られた。信じられないものを見るような目で見られたケネルは、ふとルナリもこんな気持ちだったのだろうかと思うのだった。それ以来、外出を管理されるようになり、自由に行動することが難しくなってしまった。
それでも、ケネルはルナリに会うことを諦めなかった。隙を見てはたまに食べ物を持って彼女に会いに行く日々。数年が経った、そんなある日、彼は偶然彼女が村人達に囲まれているところに出会した。
我慢できずに、飛び出した。ケネルは村人の合間を縫い、ルナリの手を取って走った。呆気にとられた村人達を置いて、彼女の住んでいる場所まで連れて行った。
屋根があるだけの、とても家とは言えないような場所だったが、2人が会うのはいつもここだった。
「ありがとう、ケネル……でも、大丈夫なの?こんなことしたらケネルが……」
「……大丈夫だよ。次もルナリが酷いことされてたら、僕がなんとかしてみせるから……その、怖いけど……」
「……わかった、待ってるね」
そして、ケネルは家に帰るなり、自分がしでかしたことの重大さを知った。「お前、とんでもないことをしてくれたな!」と父。「わ、私の子が……穢れた邪神に魂をっ……あああ!」と母。
「この子が通報のあった異端者ですね?安心してください、ご両親。私が責任を持って目を覚まさせますので」
呆然と立ち尽くしていたケネルは、そんな声を最後に、気を失った。