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紅の月  作者: いとうさおり
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プロローグ

 ぺたりと掌で触れた大理石は、想像通りの冷たさだ。やはり、という得心と、なんだ、という落胆を抱えて彼女は触れたままの手の甲を見詰める。

 生まれつき肌は白い方だ。その白さをやたらと誇り、執着する母の口うるささに負けて手入れも丁寧にしているためか、立場の割には肌理細やかで美しいと自負する。

 その白い皮膚に、今朝までは無かった紋様が刻まれている。この国で一人のみが許される、水の紋様だ。

「……おとぎ話だとばかり、思っていたけど。」

「──ヒナ? 何してるの。」

 かさりとも音を立てずに現れた人物に、彼女は驚くことはなかった。美しく磨かれた石の柱から片手を離さないまま、自分の名を呼んだ男を振り返る。

「神殿にご挨拶。」

「水の神殿は向こうだろ。そこは俺の、火の神殿。」

「自分とこにはもう挨拶してきたの。」

 振り返る所作で、一つに括った黒髪がさらりと流れる。肩までの髪を纏める紅い組み紐は、恐れ多くもこの国の女帝陛下から賜ったものだ。

「水属性になったから、火の神殿に触れたら火傷でもするのかなと思ったんだけど。」

「そんな安直なこと無いだろ。」

 手を離し、掌を見ても普段通りの肌だ。くるりと裏返して再度刻まれた紋様を見る。

「リョウの見せてよ。」

「はいはい。」

 その隣に、少年の手の甲が並んだ。同い年だがやや骨ばった印象を受けるそこに刻まれた、火の紋様も、この国では一人のみが所持を許される。

 この国は元々は神に愛された精霊たちの国だった。人は、その精霊から管理を任されているに過ぎない。その精霊たちを祀る神殿の管理者がそれぞれの紋様を手の甲に刻み、神殿に認められればその力を自在に扱うことが出来る。

 少女と少年は齢15にて、最年少として何十年振りの──ここのところはずっと、適任者がいないとかで不在だった、管理者の任を受けた。

「何で、火と水なのかな。」

 そういえば、とリョウは疑問を呈す。

 神殿は他にも風と草と光があるが、その全てにおいて管理者は不在だ。

「……あまり互いにくっつき過ぎるなって、ことかもよ。」

「何それ。」

 リョウは呆れたように笑ってから一礼をし、神殿の中へと入って行く。他の神殿の者は入れないので、ヒナは黙ってそれを見送った。

 リョウと火。似合わないな、と思いながら。

 ──どちらかといえば彼は風の方が相性がよさそうだけれど。

 ヒナとリョウは幼馴染だ。揃って、皇族の一員である。

 陛下のためになるようと小さいころから同じような高度な教育を受け、ほぼ同じタイミングで国の軍に所属し、二人そろって最年少の出世を繰り返してここまで来た。

 まだ二人ともが自分たちを子どもと位置付けてはいるが、位が伴ってくると周りはそうも行かなくなってくる。遠くから近くから、大っぴらに親しくすべきではないと何度か言われたことを思い出して、はあ、と大きなため息をついた。

 二人ともに目指すものがある。あくまで互いは良き協力者で、理解者で、高め合うライバルだ。

 幸い家柄は良く、実力もある。ある程度の権力も今日をもって得た。

 しかし己を貫き通せばそれは壁になることがあると、最近うすうす勘づき始めてもいる。

「……下らない。」

 叙任式でしかつけないマントが風にはためく音で、ヒナの独り言は誰が拾うでもなく、空気中に立ち消えた。

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