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マッサージ猫

作者: きのめ

最近のカメラって軽いんでしょうけど…。猫にマッサージしてもらう話です。専門家ではないので、いろいろご容赦ください。

「ええ、私こう見えてもね、得意なんですよ、マッサージ」



など、ピンクの肉球をニギニギしながら言うのは、胡散臭そうな細い目の猫である。

両の後ろ足で器用にピンと立ち、ふらりと虎柄の尻尾を揺らめかせる。

背後には大きな看板、「㈲マッサージ猫・大あくび」の文字。

私はというと、重たい肩掛けの機材の手触りを確かめながら、この状況を整理しようとしていた。

なんだ、こいつ。



「あなた、そんな胡散臭そうな顔をしなくても。服もすべて脱いでしまってますがね、まあま、そこは猫なんで露出狂って訳じゃないんですよ」



そこじゃあない、猫はとんちんかんな弁明をして、毛まるけの背中を丸め、いかにも猫、というポーズになった。箱座りだ。



問題はサイズだ。目の前の猫、大きいこと獅子のごとし。食いつかれたら首なんてあっという間に持ってかれるだろう。

養う家族も恋人も居ないが、食い殺されるなんてごめんだ、命はおしい。



「あなた、まだ私に失礼なこと考えてるでしょ。私は賢い猫ですから、あの悪食の山猫と一緒にしないでいただきたい」



悪食の山猫……、昔教科書で読んだことがある。猫は、また両足でピンと立つと、腰に手を当てて髭を揺らした。



「あなた、ここに来たってことはマッサージしに来たんでしょう、とりあえず寄ってって下さいよ。サービスしますから」



怒った風に腕を捕まれて、ささやかな抵抗も空しく店のなかに引っ張り入れられてしまった。押しに弱いとは私のようなやつをいうのだと、そう言ったチーフの心配そうな顔が浮かんだ。







「まずは問診票をですね、こちらにお願いします。へええ、観光の穴場の撮影ですか、それでこんなに重たそうな鞄を。へええ。あ、ここはですね、今後のサービス向上のための、ええ、任意ですが是非お願いします」



薄黄色の問診票は、腰痛の有無とか、治療中の疾病だとかいたって普通の問診票…じゃないな。マタタビの持ち込みの有無ときたか。無し、と。

任意の項目は今後あるならやってみたいサービスとのことで、シャンプーのところに丸をつけて、受け付けにもっていく。



「ありがとうございますー、あ、お客さんもシャンプー希望ですか…」



猫はシナッと耳を伏せてちょっぴり嫌そうな顔をした。ははぁ、水は嫌いなんだろう。

見れば猫以外の店員もいるから、シャンプー歓迎派とお断り派の派閥争いも、近々起こるかもしれない。



「じゃあお客さん、これ着てあちらの部屋まで来てくださいね」



猫は半袖とハーフパンツのスポーツウェアを私に手渡しながら、意味ありげな目をしてするりとふわふわの尻尾を私の腕に絡ませた。



「うふっ、サービスです」



細い目を片方ピクッ、とさせたのは、まさかウインクのつもりじゃないだろうな。



着替えようの小部屋は薄明かりの純和風で、照明は足元の行灯(あんどん)だけだ。じじっ、と音をたててるのは控えめに焚いてあるお香で、朝の竹林を思わせる奥深い土と緑の爽やかな香りがする。

ほどよく緩いウェアに腕を通し、衣服は備え付けの(かご)に。(かご)を抱えて部屋を出れば今度は施術室に案内された。こちらもまた、薄暗い。



「まずは、足をマッサージするので、仰向けに寝っころがってくださいねー」



スリッパを脱ぎ、足を投げ出すように施術台に横になると、猫は器用に小さな毛布を広げ、私のお腹にかけた。

さりげないくらいの、デオドラントの香りが好ましい。



「寒くないですか?何かご不快な点がございましたら気兼ねせず、すぐに仰ってくださいね」



にこー、とまた胡散臭く笑って、猫は足元の温冷庫から、ほかほかと湯気をあげるタオルを取りだし、パタパタと両手で振った。温度を調節しているようだ。



「熱かったら言ってくださいねー、ん。ちょうどいいですか、そうですか」



熱いくらいだったのが足裏に触れてちょうどよく馴染む。ごしごしと足裏を拭かれて、パタリとタオルの面を替えて指をぐい、パタリとまた面を替えて甲の皮膚をそろり。そして爪の間をぐいぐい。



「おや、お客さん、深爪ですね。ちょっと巻き爪ぎみみたいですから、いいクリニック、紹介しますよ。巻き爪は悪化すると歩くのも困難になりますからね、よく歩くお仕事ならなおさらですよー」



猫は爪をぐいぐい拭いながらペラペラとしゃべって、同時にタオルも素早くひらめかせる。器用な猫である。



「はい、綺麗になりましたよ、次はクリーム塗りますね。これ、わが社のオリジナルなんですけど、角質が柔らかくなるって評判なんですよー、たくさん塗りますけどビックリしないでくださいね。あ、一応販売もしてるんで気に入ればどうぞご購入を」



たっぷり掬った白いクリームを私の左足に塗りたくって、猫は肉球をそっと踵に押し当てた。プニリとした感触がして、それがぐいーっ、と土踏まずの方まで滑る。おお、これは痛気持ちいい。

猫は器用に左右の肉球でぐいぐいとおんなじところを滑らしている。まるで踵から土踏まずまで、何かを運んでいるのうな動きだ。



「お客さん、これはごりごりですよ、ははあん。お疲れモードってかんじですか?それか、美味しいものいっぱい食べたりのんだりしましたね、ははあん」



猫は訳知りがおでうんうん言っているが、肉球は滑り続ける。土踏まずをごりごり、指の付け根のふっくらしたとこをごりごり、足裏の両脇をごりごり。



「尿酸とか乳酸とか溜まってますとね、こんな風にごりごり、ごりごり、言うんですよ。にゃあ、しっかり流しちゃうんで、この猫めにお任せを。でも暴飲暴食は控えるのが吉ですよ」



にゃあ、っていったか、この猫。猫だし、猫じゃらしとか、振ったら掴みかかってきたりするんだろうか。さりとてマッサージは最初に言ってた通りなかなかの腕だ。

肉球の弾力がほどよい圧力で、老廃物を潰しては流し、流しては潰しを繰り返している。



「ビールがね、うまいんですけどこれは尿酸値がね、跳ね上がりますから。あとはイカとかカニとか、旨いものは食べ過ぎちゃいかん、って世の中上手くできてますよね。はい、じゃあ反対の足をやりますよー」



右もおんなじ風にやって、最後に足の指をこう、ニギニギする。

ニギニギ、ニギニギ、指がぷにゅっ、とした感触で上下に伸ばされるのと、あと肉球の圧力が気持ちいい。



「はい、おしまい。んじゃあうつ伏せになってくださいね、ゆっくりでよいですから、うつ伏せになったらそこの穴に顔を乗せて、そうそう、苦しくないですか?温度も?ちょうどいいですか、じゃあ始めますね」



あまりの気持ちよさにすっかり呆けていた私が緩慢にうつ伏せになると、猫がまた毛布を上からかけてくれた。

猫は片方の肉球を左の肩甲骨の上に置くと、もう片方の肉球でぐにーっ、と右側の背中から腰へとさすり始めた。




「お客さん、あのカメラ相当重たいんですねえ、背中、かちかちですよ。柔らかくしてから揉みますからね、お客さんも力を抜いてくださいねえ、そう、わたくし猫みたいに」



猫がぐたっ、と寝そべる様を想像する。昔飼ってた猫が階段で寝そべっていたときとか、ほぼ液体化してたのが思い出される。でも、この猫に擦られると、あんな感じにぐてぐてになってしまうような気がする。ぽかぽかする、気持ちがいい。



「ちなみにですね、猫があんなに柔らかいのは、骨と骨を繋ぐ筋肉が柔らかいからなんですって。かく言う私も頭が入れば結構どこだって入れちゃうんですよ。すごいでしょう、犬っころにはできない芸当です」



反対の背中も同じように擦って、猫はそっと両の肉球を私の肩にそえた。

そして、まるでパン生地をこねるように揉み始めた。ふみふみ、ふみふみ。



「だいぶ柔らかくなりましたね、背骨に沿ってつぼがたくさんありますから、たくさん押しちゃいますよ、ごりごりですからね、そりゃもう押しがいがあるってもんです」



もちもち、肉球が気持ちいい、もちもち、腰の方まで踏み倒して。おしりのしたの方はこねこねするように頭のほうに向けて押す。ぐにーっ、としばらく押してから肉球を離されると、じわじわっ、と暖かくなるような気持ちよさがある。



「おしりって、筋肉の塊ですから揉むと気持ちがいいんですよ。背中と一緒で自分では揉めないですからね、よーく揉んどきますねえ」



右へ左へ、両手で順番に流すように押しまくる。座り仕事の時とか意外と凝ってるんだろう、このあいだの芸能班の加勢の時とか、待ち伏せでずっと車の中だったし。



「この調子じゃあ肩もごりごりですねえ、ちょっと暖めましょうかね」



猫はそういうと温冷庫からタオルをもう一枚出して、先ほど同様にちょうどよくしてから、私の肩に掛けた。またちょっと熱いくらいで、それだけで気持ちがいい。



「熱くないですか?大丈夫ですか。腰をやってるうちに暖まりますからね。いやぁ、お客さん、どこもかしこもごりごりだから、サービスですよ、サービス」



肩が温まって、皮膚が痒くなるくらい血が巡っているのが分かる。腰をさすさすと流すように擦ってから、猫は温まった肩に取りかかった。



「いい塩梅です。デスクワークは肩が凝りますよねえ、カメラに加えてパソコンもやる感じですか。え、なんで分かるのかって?さわれば分かるんですよ、なんせプロですから。なんて、猫背気味の肩をされているので、当たりをつけて言ってみたんですけどね」



にゃははは。

笑い方はアレだが、ちょっとすごいなこの猫。しかし猫に猫背を指摘されるなんて、なんともまあ不思議な話だ。

猫は肩から首にかけて、くにくにと肉球で挟むように揉んでいる。頭皮のほうまでくにくにして、肩をぐにーっ、と上から下へ流して、腕の付け根を掴んでぐるぐると回す。



「重いものを持つ人とか、昔の怪我とか、結構わかっちゃうんですよ。まあ、経験でしょうかねえ。さ、肩は終わりです。最後は腕です、左腕からやりますよお」



腕は絞るように、下から上へ、順に手のひらまで下降し、手のひらもぐにぐに。指の又をぐにぐにされるのが気持ちいい。手のひらも両の肉球で施術台に押し付けるように揉んでいく。



「手のひらにもクリームを塗っておきましょうねえ、当社オリジナルのこちら、三種類のフレーバーをご用意してます。これは、ピオニー&ホワイトムスク、うふっ、よい香りでしょう。是非帰る前に他のフレーバーも試してくださいね」



商売上手な猫だ。クリームは、穏やかな花の香りと優しいムスクの、眠りにつく前のひとときのような香りがする。アロマなんて興味が無かったが、これを機に買ってみようか。



「おやお客さん、気に入ってくださいましたか、じゃあ小さなチューブタイプをプレゼントしましょう、うふっ、猫からのサービスです。んじゃあ最後の仕上げに座ってもらって、はい、ゆっくりでいいですよ、擦っていきますねー」



猫は私に絵の具くらいのチューブを持たせると、座らせた肩を肉球ですりーっ、と撫で付けた。

すりーっ、すりーっ。もふっ



「最後の最後の仕上げ、もふもふー」



最後に、猫は、流石は猫、という動きで私の膝に滑り込むと、ちらっ、と私の方を見た。

これは、抗いがたい。そのふわふわのお腹、もふもふー。




「はあい、お疲れさまでしたー。猫のマッサージ、いかがでしたか?またのお越しをおまちしてますにゃあ」








悪徳かと支払う段階で不安になったが、相場ぴったりのマッサージ料金を支払って私は店を出た。

もふもふの余韻がすごい。香ばしかったな、猫のお腹。



さて、私はこの町の最強の穴場スポットを見つけたわけだが、仕事をそっちのけでずるいことを考えている。ああ、チーフ、編集長、ごめんなさい。



ぜーったい教えてやらないにゃあ







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― 新着の感想 ―
[良い点] 描写が丁寧で実際にマッサージを受けている気分になれます。 猫もかわいい。 [一言] 読むAMSR。気持ちよく寝落ちできるので定期的に読み返しに来ています。ありがとうございます。
[良い点] 新作、拝読しました。 以前、宿の耳かきを扱った作品も読みましたが、情緒感たっぷりと言いますか……語り手の得ている感覚を自分にトレースできるようで、とても心地よい錯覚を得ることができました。…
[一言] 好きぃ
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