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拝啓 神様

作者: 葉之上青虫

拝啓 神様


 初雪の降る季節となりましたが、あなたはどこにいらっしゃるのでしょうか?

 私はただあなたの居場所を知りたいと、最近切に思うのです。

 あなたが私のしようとしていることをどうお裁きになるのかと考えたり、または逆に私があなたを裁くことはできるのかと考えたりしていると一日が終わってしまうのです。


 神様、私はこれから一人の人間を殺しに行こうと思うのです。



              ◇



12月12日 16;00


 その日は今年初めての雪が降り、ひどく温度が冷え込んでいて、通りの木々たちもすっかり寂しい様子だった。通りを歩いている人々はせわしなく歩き続け、ある一人の少女が心に潜めていた悲しい決意に気づこうともしなかった。人は他者に対して驚くほど冷淡なものである。

 少女はある学校の校門の前で息を潜めて、その時を待っていた。体が震えるのは寒さのせいばかりではなかった。これから自分が行う行為に対して恐怖と共にある一種の高揚感があった。しばらくして生徒たちが学校の玄関から一人、二人と出て行くようになると、少女は小さな団体の中に目的の人物を見つけた。息が荒くなり、激しい動悸が彼女を襲った。


              ◇


(少女の独白1)


 現在私は私立の高校に通っています。本当は県立の高校に通いたかったのですが、どうも勉強に身が入らずに受験に失敗し、嫌々ながら今の高校に通うことになりました。あまり進学校ではないためか、クラスメイトには高尚な話が出来そうな子が全くと言っていいほどいませんでした。私は友達と本の話がしたかったのです。川端康成や、森鴎外、江戸川乱歩等の作家についての考察を何時間も交わせるような友達が欲しかったのです・・・。


              ◇


12月12日 16:03


 少女は鞄の中から硬質で冷たい塊を取り出すと、そっと胸に抱きかかえた。校門の影から覗くと、目的の人物がゆっくりと歩いてくるのが見えた。これから自分に何がおこるのか全く知らないといった様子で、何人かの友達と談笑していた。 あと10歩・・・、5歩・・・・1歩・・・・、

「ゼロ」

 少女は影から飛び出ると、その人物めがけて矢のような速さで近づいた。そうして驚いて立ち尽くすその人の心臓に何の躊躇もなく刃物を突き刺した。叫び声があがる。ゆっくりと身体が後ろに倒れてゆき、雪の上へどす黒い血が赤い絨毯のように広がった。少女はすばやく刃物を引き抜くと、また何の躊躇もなく自分の心臓につき立てた。折り重なるようにして二人の人間の死体は積もり始めた雪の上に静かに横たわった。


              ◇


(少女の独白2)


 高校二年生になった時、私はミナと出会いました。彼女は他の子と同じように本は読みませんでしたし、高尚な話題について議論できるような子ではありませんでした。それなのに、どういうわけか私はミナに驚くほど惹かれました。正反対の性格である私たちが、何故これほどまでに強い繋がりを感じるようになったのか今でも不思議でなりません。いや、もしかしたらそんな風に考えていたのは私だけだったのでしょうか・・・。けれどそれを考えることは全く意味のないことです。

 ミナにはどこか子悪魔的な所がありました。思わせぶりな態度を見せておいて、相手を懐柔させると途端に冷たい態度をとるようなところがありました。彼女は異性に大変人気がありましたが、同性からはよく陰口を叩かれていました。けれど一向にミナは気にせずに自由に飛び回る小鳥のように人々の間をかけていくのです。 

 私は他者にどう思われているかが気になって顔色ばかり伺うタイプの人間でしたので、彼女のそういう部分がとても新鮮でした。私は一日中ミナを目で追いかけるようになりました。ある日彼女が私の元に寄ってきて、そっと耳元で囁きました。

「いつもあたしばかりみているでしょう・・・」

 私は驚き、顔から火がでるような思いがして俯きました。彼女は上唇をゆっくりと舐めると、湿った舌先をゆるやかに蠢かせながら、

「友達になろうよ・・・」

と言いました。


             ◇


12月13日 8;02


 その陰惨な事件はすぐに速報としてニュースで取り上げられ、翌日の新聞の一面に大きく掲載された。「キレる子供たち」として特集が組まれ、有名な犯罪心理学者達がこぞって自分たちの考えを主張した。

「やはりゆとり教育が、我慢のできない子供たちを作り出しているんじゃないかと・・・」

「いやいや、それだけではなくて、やはり家庭の問題でしょうなぁ・・・」

「だいたいこの位の年代の子供たちにはある特有の孤独感がつきまとうものです。そういう子供たちをいかに周りの者が救済してあげるかが重要で・・・」

 どんなに議論を重ねても、あるいはそれらしい犯行動機を掲げても、真実は本人しかわからない。


             ◇

(少女の独白3)


 ミナと友達になって、多くの時間を彼女と過ごすようになると、私は異常なほどにミナのことばかり考えるようになりました。一日の思考ほとんどがミナで占められるようになりました。

 ミナの髪の匂い、半そでからすらりと伸びた腕、首筋にある大きめの黒子。

 ミナを構成する全てのパーツが愛しくて、その均整のとれた身体を見つめるたびに、神が最初に創った女性イブですら、ミナ程美しくはあるまいと思うのです。

 何回も言いますが、ミナはその外見の美しさから異性にとても人気がありました。彼女は男性のあしらい方もうまく、恋多き女として、いい意味でも悪い意味でも同性達の間では注目の的でした。


「あなたもあたしが尻軽で、どんな男とも遊ぶような女だと思っているの?」

 放課後の、私たち以外誰もいない教室でミナは私にそう尋ねました。

「まさか・・・、思っていないわ」

「確かにあたしはいろんな男性と付き合ったことはあるけれど、みんなが思うようなふしだらな遊びなんか一度もしたことがないわ」

「え・・・」

「だって、あたしまだ処女よ。確認してみる?」

 ミナはそう言うと、私の目の前でスカートをまくって見せました。夕焼けの橙色の光が、彼女の白い下着の上に映っていました。私は胸がチリチリするような思いがして身動きが出来ませんでした。

「ね?」

 彼女は可笑しそうに微笑むと、ゆっくりとスカートのもとにもどしました。


             ◇


12月13日 13:30


 少女の通っていた高校では記者会見が行われ、多くのマスコミが押し寄せた。校長がカメラの前で涙ぐみながらこうのべた。

「変わったところは全くありませんでした。きちんと学校にも通っていましたし、成績も優秀な子です。クラスメイトとも仲が良かったと聞いております」

 マスコミは校長の言葉に満足すると、さっそく少女の家の近所に押しかけて、近隣の住民から話を聞くことに時間を費やした。

「明るい子でしたよ。挨拶をすればきちんと返してくれるし、まさかあの子がといった感じで・・・。とてもショックです」


 

              ◇


(少女の独白4)


 ミナと友達になって4ヵ月がたちました。最近ミナの様子がどうもおかしいことに私は不安感を抱いていました。大きく潤んだ黒い目は、憂いを帯びていましたし、イブ以上に均整のとれて美しかった肉体は、歳をとった老婆のように疲れてみえました。

 しばらくして、彼女は脱皮したかのように生まれ変わり今まで以上に美しくなりました。私は彼女の変化に前以上に戸惑い、より不安感を強めました。私が彼女の変化を問い詰めると、恥ずかしそうにこう言うのです。

「特別な恋人が出来たの、優しいひとよ」

 ミナが顔を赤らめたのを見て、私は激しい嫌悪感を感じました。そしてミナを手に入れた人はどんなだろうと、密かに見に行くことにしたのです。

 彼は、私の第一志望だった県立高校の3年生でした。初めて彼をグラウンドで見かけたとき、私は彼があまりにも平凡な顔つきであることに驚きました。背は高いものの、どこか身体のバランスが悪く、不完全な印象を与えました。あの完璧なミナが彼を選んだことがいまだに信じられません。何故・・・彼だったのでしょうか。

 それからもミナはその彼と順調に交際をしていました。いつもは2週間くらいたつと、ミナは面倒くさくなったといって男を捨ててしまうのですが、今回はもう2ヶ月も続いていました。11月にはいると、交際はよりいっそう深くなったようでした。



                 ◇

12月13日 14:20


 教室ではおとといまで同級生であり、昨日突如として殺人犯となった少女についてあちらこちらで話し合う声が聞こえた。

「男のほうが二股かけてたんじゃない?」

「友達同士で男とりあって、結局真面目なほうが男殺しちゃったみたいなさ」

 ひそひそと喋りあっていた少女たちの目は、教室の一番前に座るクラスメートを捉えた。淡々と次の授業の準備をする様子はどこか異様な光景だった。

「アユカさん、本当はあいつを殺したかったんじゃない?」

 少女の中の一人が呟いた言葉に、ゆっくりとそのクラスメートが振り返った。静かな目をしていた。少女たちは、はっと口を噤み、その話題を二度と口にしなかった。


               ◇


(少女の独白5)


 ミナから電話がかかってきたのは、11月の終わり頃のひときわ寒い夜のことでした。電話をとった瞬間、ミナの震えるような細い息遣いが電話ごしに聞こえました。

「どうしよう、あたし・・・」

 彼女が言うのをためらって唾を飲み込んだ音が聞こえました。私は胸に靄がかかったような気持ちでミナの言葉を待ちました。

「あたし、彼に無理やり押さえ込まれて・・・」

 その言葉に、私は全てを悟りました。体中から血があふれ出すような痛みを感じ、手ががたがたと震えました。

「両親には言ったの?」

「言えるわけない、あなたにしか言えないよ・・・。」

 ミナの鼻をすする音が聞こえると、私はいてもたってもいられなくなって家を飛び出しました。コートも持たずにミナの家まで走り、すでに電気のおちた家の玄関前で荒い息を吐きました。鍵を開けるにぶい音がして、ドアの隙間からミナの黒い瞳が見えました。

「来てくれると思ってた。はいって・・・」

 私は無言でミナの後に続き、その夜は一緒のベッドにはいり抱き合って眠りました。


 翌日、ミナと私は無断で学校を休み、近くの公園でずっと一緒にいました。ミナは俯いたまま、昨日の出来事を事細かく話してくれました。彼女はあの日、彼と出掛けた帰りに家に誘われたのだそうです。少し恐ろしいような気持ちがしたものの、彼に嫌われたくなくて結局ついていったのだそうです。部屋に入ってしばらくすると、彼は突然ミナの自由を奪って、男の力で彼女の全てを支配したのだと言います。

「あたしは、どんなにみんなにふしだらな女だと言われても、この身体が何にも汚れていないことを知っていたから強くいられたの・・・、もう、あたしには何も残ってはいないんだわ、みんなの言うとおり、ふしだらで穢れた娘になったのよ」

 彼女は美しい涙をこぼしました。それは地面に黒い染みをつくりました。私はその染みを見つめながらただ黙っていました。

 その日から、ミナは笑わなくなりました。小鳥のように人々の間をかけることもなくなりました。彼女は一週間ほど学校を休み、彼にされたことを両親にも警察にも言わないまま日常へ戻りました。その時の彼女の姿を思い出すと、今でも苦しくなります。まるで中身のない人形がミナという皮をかぶって生きているようでした。

 


              ◇


12月13日 18:30

 

 ある少女の家に警察からの電話が鳴り響きました。

「昨日起こった殺人事件について捜査をしているんですが、ご協力願えますか?」

 電話をとった少女は二言、三言話すと、電話を切りました。


              ◇



 (少女の独白6)

 大切なことを、白状しなくてはいけません。そのことを抜きにしては、これからの私の行動について説明することが非常に難しくなるからです。

 私は・・・、ミナのことをいつからか友人以上に考えるようになっていました。それは比較的早い時期からだったのかもしれないし、つい最近からなのかもしれません。強く自覚するようになったのは、彼女が彼に全てを奪われてしまってからの事でした。

 私は彼女が辱められたという事実に耐えられず、毎夜憎しみを込めて一度だけ見たあの平凡な顔の男を思い浮かべました。美しさとかけ離れたあの男が、ミナに触れるなど許してはいけないことのように思われました。妄想のなかで何度、彼を殺したかわかりません。

 しばらくして、私はミナが彼にどんな風に組み敷かれたのかを考えるようになりました。それから彼女がどんな風に声をあげたのか、また肌の手触りなどを思い浮かべました。翌日ミナと会った時に、少しの罪悪感とともに、よりいっそう生々しい思いが私の中に生まれました。

 その夜、私の妄想はよりリアルなものとなりました。男の手が彼女の腕の付け根をゆっくりと撫で、その指がだんだんと下に下がっていくことを想像しました。激しく絡み合う男女の姿を思い、私は熱い息を吐きました。毎夜、そんな妄想を続けていた私は、ある時男のほうが自分にすり変わっていることに気づきました。私の舌が彼女の首筋を這い、全身が彼女を感じる器官となって喜びを得ようとするかのように動いているのです。

 私ははっと我にかえると、がたがたと震えがくるのを感じました。なんとおぞましいことを考えたのだろうと思い、その夜は眠れませんでした。まるで悪夢のように、その夜のことは私から離れようとはしませんでした。私の罪の意識が強まるごとに、ミナを汚した彼への憎しみが一層消し去れないものになっていくのでした。

 私はそれからもう一度彼の学校を訪れました。グラウンドでランニングをする彼を日が暮れるまで眺めていました。彼の顔には罪悪をなした者特有の一種の暗さが少しも感じられませんでした。私はその事に激しい殺意を感じました。ミナを汚し、その上私まで汚した罪人に生きている価値はあるのでしょうか?


             ◇


12月14日 14;00


 ひどく殺風景な部屋で、2人の男性と、一人の少女が向き合って座っていた。恐ろしく静かな部屋に、時計の音と少女のしゃくりあげる声が響いていた。もう何時間も、彼女は泣くばかりで何一つ話そうとはしなかった。

「何でもいいんだ、知っていることを話してごらん」

 二人の男性のうち、幾分か年を取ったほうの男が少女に優しく語りかけた。

「私、何も知りません」

 少女はそう言うと、涙を浮かべたその瞳をたよりなさげに揺らしながら、じっと二人の男性を見つめた。

 

               ◇


(少女の独白7)


拝啓 神様


 私はこれから彼を殺しにいこうと思います。彼を殺すことで、私の罪も浄化されることでしょう。神様、私はただミナの傍にずっとずっと居たかっただけなのです。あの事件さえおきなければ、私達はもっと別の結末に辿り着いたのかもしれません。

 この世において許されない罪というものの中に「人を殺す」ということがあります。私は自分がこれから行う行為が許されないことだと知っています。だから私はその責任はきちんととろうと思います。それが私の正義であり、答えです。それに私だけが生き残っても、彼女を苦しめるだけでしょう。

 あなたに手紙を書くのはこれが最初で最後です。昔誰かが「神は死んだ」という名言を残したそうですね。まさにその通りだと思います。この手紙は書いたと同時に破り捨てようと思っています。               

                                 さようなら


                ◇


14日 14:24


「ミナさんとアユカさんは親友だったんだろう?」

 若い方の男が少女の顔を覗き込むようにして言った。

「親友というか・・・、それなりに話していたほうですけど」

「君に聞くのは酷かもしれないが、彼女が君の恋人を殺害した動機について思い当たるふしはある?」

 ミナは少し考え込む仕草をした後、首を振った。

「何も思い当たりません。どうして彼女が・・・。ひどいです、私の恋人を殺すなんて」

 再び泣き始めた少女に、2人の男は何も言えずに押し黙った。この少女を前にして、これ以上何を聞けただろうか?

  

               ◇


 ミナと呼ばれた少女が落ち着いた足取りで警察署を後にしたのは14日の午後3時のことだった。彼女は軽やかな足取りで通りを歩き、白い息をほおっと自分の手のひらに吐き出した。彼女は真っ直ぐ家には帰らず、通りから少し外れたところにある土手の川べりに近づくと、ポケットから白い手紙を取り出した。そしてそれをそっと川の流れ中においた。遠ざかっていく手紙をしばらく眺めた後、また先ほどと同じように落ち着いた足取りで家へと帰った。



拝啓 神様


 あなただけに本当のことを打ち明けます。あたしは一人の人間に嘘をつきました。ただちょっとした残酷な好奇心の下に。

 あたしは罰せられなくてはいけませんか?それって痛い?教えてください。神様。


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― 新着の感想 ―
[一言]  途中、やや間延びしているような気がしますが、結構面白かったです。
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