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第9話 友への頼み

 アーシュのネックレスを取り戻す!

 と強い決意をしたものの、いま俺は大きな問題に直面していた。


「野盗からネックレスを取り戻してる間、アーシュを誰に預かってもらおう……」


 昨日みたく部屋に残していくわけにはいかない。

 つまり、俺が部屋を空ける間、誰かにアーシュの面倒を頼まないといけないのだ。


「親父さんは……ないな。無口な強面じーさんと二人きりとか、アーシュには荷が重すぎる。となると……ウィルかな?」


 この宿の小間使いをやっているウィルならアーシュと歳も近いし、任せても大丈夫だろう。

 そう思ったんだけど……


「だめじゃ」


 親父さんに問答無用で断られてしまった。


「ウィルはワシが雇っておるんじゃ。宿の仕事もあるのにお前さんの娘の面倒までみるなんてできやせん」


「ご、ごもっともです……」


 ウィルの雇用主は親父さんだ。

 いくらウィルが「いいよ」と言っても、親父さんが否と言ったらそれまで。


 親父さんはパッと見、無愛想に見えてホントに無愛想だけど、それでも面倒見は良かったりする。

 しかし、仕事と私情はきっちりと分ける職人気質なじーさんなのだ。


 ただの客でしかない俺の個人的な頼みは、ものの見事に突っぱねられてしまった。

 ウィルに小遣いでも握らせれば余裕だろー、とか軽く考えていたのがいけなかったのかもな。


「すまんが他をあたってくれ」

「あ、ああ。俺のほうこそ悪かったよ」


 俺はアーシュの手を引き、『安らぎの守護者亭』を出る。

 さーて、どこ行こうかな?

 誰にアーシュを預かってもらおうかな?


「……おじちゃん?」


 悩む俺を、アーシュがじーっと見つめてくる。


「だ、だいじょーぶだ。だいじょーぶだからな」


 こんな子供にまで心配させちゃうなんて、我ながら情けない。

 早くなんとかしなければ。


 うーん……孤児院に寄付して、一次的にアーシュを預かってもらうのはどうだろう?


 いや、それだけはないな。

 アーシュが俺に捨てられたんじゃないかって不安に思うかもしれないし、そもそもいまさらあのシスターに合わせる顔がない。


「…………やべぇ、頼れる相手が誰もいねぇ」


 絶望に打ちひしがれるコミュ障の姿がそこにはあった。

 いや待て、落ち着け俺。

 ここは冷静に知り合いの顔を思い浮かべていこう。


 親父さんとウィルは断られたからなし。

 冒険者ギルドで唯一会話したことあるのは『銀翼の翼』の連中だけ。

 だけど、あいつらには啖呵切っちゃったし、そもそも人格的に論外だ。


 あとは…………受付のおばちゃんぐらいかな?

 再び絶望が俺を襲う。


「……おじちゃん?」


 心配したアーシュが声をかけてくるが、答えられる余裕がなかった。

 なんてこった。


 ひとりで生きていくって決めてたから、いままではコミュ障でも問題なかった。

 けれど、いざ誰かを頼らないといけない状況になると、コミュ障ほど不利なものはないじゃんね。


「友だちが……友だちが欲しい……」


 しょうがない。

 最終手段として、アーシュに宿屋でお留守番をしてもらって――――って、待てよ。


 …………友だち?


 そうだよ!

 俺のことを「友」と呼んでくれた男がひとりだけいたじゃないか!


「あ、アーシュ!」

「ん?」

「い、いまからあいつに会いに行くぞ!」

「あいつって……だれ?」

「へへっ、行けばわかるさ。さ、行くぞ」

「ん」


 アーシュを抱き上げた俺は、街の門へと駆け出すのだった。



 ◇◆◇◆◇



 街への往来を管理する門番たちの詰め所へとやってきた俺は、フックスと対面していた。

 そう。俺のことを「友」と言ってくれた唯一の存在、フックスだ。

 コミュ障ゆえに、じっくりと時間をかけて状況を説明したところ、


「なるほど。それで私のところへ来たわけか」


 とフックスが頷く。


「そ、そうなんだ。それで……そのっ、と、と、と、とととと、友だちのお前さんにさ、アーシュのことを頼めないかなって…………だ、ダメ?」


 友だち、という単語を絞り出すのに、かなりの勇気が必要だった。


「友の頼みだ。喜んで引き受けよう」


「ほ、ホントにいいのか?」


「ああ。男に二言はない。それに、実はこの詰め所には仮眠室に厠、簡単な厨房もあってな。十分に寝泊りすることが出来るのだ。だからレオン殿が戻るまで、私もここでアーシュ君と一緒に待っていよう」


「……あ、ありがと」


「礼など不要だ。アーシュ君の宝物を命を賭して取り戻しに行くレオン殿の行動と覚悟に、強く胸を打たれただけさ」


 まったくこの男は……なんでこーも嬉しいこと言ってくれるかなぁ。

 褒められるの慣れてないから、そーゆーこと言われると涙がでそうになるじゃんね。


「それよりもレオン殿、先ほど紅竜騎士団が出撃していった。報酬目当ての冒険者らしき姿もあったから、追うなら早くした方がいい」


「ほ、ホントか!? 早いな……」


 野党団の討伐に、オルブライトンが誇る紅竜騎士団が向かうことはフックスから聞いていたけど、まさかこんなに早く出撃するとは思わなかった。


 いまは昼過ぎ。

 急がないと夜が来る前に野党団が殲滅されちまう……。


「紅竜騎士団の団長は領民想いと伝え聞くからな。一刻も早く野盗団を討伐したいのだろう」


「そうか……。うん。急ぐぜ」


「ああ」


 会話がひと段落したところで、俺はしゃがみ込んでアーシュと目を合わせる。


「アーシュ、俺ちょっと行ってくる」


「…………うん」


「そんな顔すんな。ちゃんと帰ってくるよ」


「……うん」


「それまでこっちの……ふ、ふ、ふふ……フックスがアーシュの面倒を見てくれる。だから安心していいぞ」


 フックスを呼び捨てにするのに、こっそり緊張したことは秘密だ。


「…………フックスおじさん?」


 アーシュがフックスを見あげる。

 やったぜ。フックスも『おじさん』扱いだ。


 しかしフックスは、『おじさん』呼ばわりに微塵もダメージを受けていなかった。

 それどころか、見あげられたフックスは笑みを浮かべ、頷いてみせた。


「そうだ。『フックスおじさん』だ。アーシュ君、私と一緒にレオン殿の帰りを待とう」


「……うん」


 少しだけ不安そうな顔をしていたけれど、アーシュはわかってくれたみたいだ。


「おじちゃん」


 ととととと。


 ――ぎゅ。

 

 アーシュが俺に抱き着いてきた。


「おじちゃん、ぜったいにかえってきてね」


 俺はアーシュを優しく抱きしめ、答える。


「ああ。約束だ」


 なかなか離れようとしないアーシュをなんとか引きはがし、フックスに預ける。


「フックス、アーシュを頼む」


「ああ。……しかし、ひとつだけ忠告しておこう」


「へ? な、なにを?」


 俺が訊くと、フックスはからかうような笑みを浮かべてこう言ってきた。


「早くアーシュ君を迎えに来ないと、レオン殿よりも私に懐いてしまうかもしれないぞ」


 これがフックスの冗談だって気づくのに、まるまる10秒はかかった。


「そっ! そんなこと――ああもうっ! アーシュが待ってるんだ。すぐに帰ってくるさ!」


「うむ。ならばそれまで私に任せてくれ」


 そう言い、フックスが握りこぶしを俺に向ける。

 へ? なんでフックスは急にこぶしを握って――はっ!? ままま、まさかこれはっ!!


「ま、任せたぜ」


 俺もこぶしを握り、そう言ってフックスの拳とぶつけ合う。

 こぶしをぶつけ合うことで、俺はフックスに必ず帰ってくることを、フックスはアーシュを守ることを、互いに固く誓ったのだ。


 やだ……こんな友達っぽいことしちゃうと胸のトキメキが止まらないんですけど。 

 そして――


「いってくる!」


「お、おじちゃん! いってらっしゃい! ぜったいに……ぜったいにかえってきてね!!」


「おう!!」


 俺はアーシュの首飾りを取り戻すため、オルブライトンを後にするのだった。

遅くなってすみません!

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