第8話 約束
フックスと別れた俺は、オルブライトンの東通りへとやってきた。
東通りにはポーションやモンスターの素材などを扱っている道具屋が点在していて、その中でも一番品揃えがいいと評判の店(冒険者ギルド受付のおばちゃんに教えてもらった)に俺は入る。
「いらっしゃい」
「……ど、ども」
笑顔で出迎えてくれた店主のおっさんから、さっと目を逸らす。
別に後ろ暗いことがあるわけじゃない。
ただ、他人とお話するのがちょっとだけ苦手なだけだ。
「なにかお探しですか? よろしければお手伝いしますよ」
「あ、いや。け、結構……です」
「そうですか。ではなにかありましたら声かけ下さい」
「……あ、ああ」
そう返事をし、逃げるようにして素材が並ぶ棚の前へ移動する。
「んーっと、確か……」
俺は記憶をほじくり返し、昔教わった調合のレシピを思い出す。
「ポイズン・アントの毒袋と、アルゴラスンの鱗粉、グリーン・スライムの粘液に――――……」
棚から必要な量の素材をひょいひょいと掴み取り、店主の前に並べる。
「こ、これをくれ」
「かしこまりました。全部で……銀貨24枚になりますな」
「……はいよ」
俺は懐の革袋から銀貨を24枚取り出し、店主に渡す。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……確かに頂戴いたしました」
店主が笑顔を浮かべる。
「お客さん、ひょっとして錬金術師ですか?」
「……え?」
「いやね、この素材を調合してできるものを考えてみたんですけど、ひとつも思い浮かび上がらなかったんですよ。まったく想像もできない。この仕事をはじめて20年になりますが、こんなことは初めてです。いったいこの素材を調合するとどんな薬ができるんですか?」
「いや、それは……」
俺は思い切り言いよどむ。
遅効性の『麻痺薬』だなんて、言えるわけがなかった。
俺は買った素材を調合して麻痺薬を作り、野盗たちの捕縛に使おうと考えていたのだ。
レシピが世に出ていないこの麻痺薬は、無味無臭で液体に入れても気づかれない。
水瓶や酒樽にこっそりと混ぜるだけで、俺は難なく野盗たちを捕まえることが出来るはずなのだ。
「ああ、大丈夫です。錬金術師なら己の秘儀を隠匿するのは当然のことですからね。もし調合した物をお売りいただけるようでしたら、是非ともうちをご贔屓に」
「か、考えておくよ」
「ありがとうございます」
店主の笑顔に見送られ、俺は道具屋を後にする。
お次は調合だ。
俺は素材の入った袋を抱え、無愛想な親父さんが待つ宿へと戻るのだった。
◇◆◇◆◇
「た、ただい――」
「おじちゃんっ!!」
「おわぁっ!?」
部屋に戻った瞬間、アーシュが凄い勢いで俺に抱き着いてきた。
飛びつくようにして俺の首に細い腕をまわし、くっついてくる。
「おじちゃん! おじちゃん!!」
ひしと俺にしがみつくアーシュの顔には、泣き腫らしたあとが。
「アー……シュ? な、泣いてたのか?」
「おじちゃんが……おじちゃんがアーシュをおいてっちゃったのかと思ったの……」
今朝、爆睡しているアーシュを気遣って部屋に置いてきたのがいけなかったらしい。
アーシュは俺に捨てられたと勘違いしてしまったのか、ずっと泣き続けていたみたいだった。
どーりで宿に帰って来たとき、親父さんにすげー睨まれてたわけだ。
「寝てたからさ、お、起こしちゃいけないなと思って……」
「……」
「ほら? 昨日はアーシュもいろいろあって疲れただろ? だから好きなだけ寝かせてやろーと……」
「……」
「そのっ、だから……………………ごめん」
「……うん」
「俺が悪かった」
「……うん」
「次からは、どこに行くかちゃんとアーシュに伝えるよ」
「うん」
やっと俺を許してくれたのか、首に回されたアーシュの腕が緩む。
「おじちゃん」
「ん、なんだ?」
アーシュは真っすぐに俺を見つめ、続ける。
「おじちゃんは、いなくならないでね」
「…………」
その言葉に、俺はなにも返すことができなかった。
アーシュは家族を失い、大切な首飾りを失い、心に大きな傷を負っている。
自意識過剰かもしれないけど、いまアーシュを支えているのは俺という存在があるからだと思う。
コミュ障な俺が心の支えとか、不憫以外の何物でもないけれど、そーなんだから仕方がない。
「だ、大丈夫だよ。俺はいなくなったりしないから。な?」
そう言ってかっちょよく笑い、アーシュの頭を撫でくり回す。
「ホント?」
「本当だ。それに、だ。アーシュの首飾りも取り返してきてやるよ」
「くびかざり……? アーシュの?」
「ああ。悪い奴らに取られたアーシュの首飾り、俺が取り返してやる」
その言葉に、アーシュがきょとんとした。
「……おじちゃん、悪いひとたちとたたかうの?」
「んー……戦うっていうか、動けなくなったところを襲うっていうかー……」
「アーシュね、おじちゃんにあぶないことしてほしくないよ?」
「いや、でもな――」
「おじちゃん……いっちゃやだ」
再びアーシュの腕に力がこもる。
俺を行かせまいとしているんだろう。
「アーシュ」
「……やだぁ」
俺はアーシュを抱きしめ、優しく話しかける。
「アーシュ、いまから話すこと、真剣に聞いてくれるか?」
「……ん?」
「俺がアーシュの首飾りを取り戻したい、その理由だ」
「……うん」
アーシュがこくりと頷く。
「俺と出逢ってからさ、アーシュは泣いてばかりいただろ?」
「……うん」
「両親が死んじまったんだ。当然だよ」
「……うん」
「だからってわけじゃないけどさ、俺はアーシュが少しでも――ほんのちょっとでも笑ってくれるなら、無茶してでもアーシュの宝物を取り戻してやりたいんだよ」
「……おじちゃんがずっといっしょにいてくれるなら……アーシュ笑うよ? がんばって笑うよ?」
「違う。『笑う』ってのはさ、無理して作るもんじゃない。なんつーか、心の底から自然と溢れ出てくるものなんだよ」
「……」
「だからな、俺はアーシュが本当に笑えるように、野盗たちから首飾りを取り戻しにいきたいんだ」
「でも、でもぉ……あぶないよぉ……。おじちゃんもおとさんやおかさんみたく、ころされちゃうよぉ……」
アーシュの瞳から、涙がポロポロと流れ落ちる。
両親のことを思い出させてしまったのかもしれない。
だが、ここで退きさがれない。
アーシュに『本当の笑顔』を取り戻すためにも、退いちゃいけないんだ。
「大丈夫だよ。あのベアレン・ウルフとの戦いを見てただろ? 頼りなく見えるけど、俺ってばけっこー強いんだぜ」
「……」
「それに、だ。何もバカ正直に正面から戦いを挑むわけじゃない。ちょいとイケナイお薬を使って野盗たちを動けなくさせてから、こっそりと首飾りを取り戻す作戦なんだ。ぜんぜん危なくなんてないよ」
「……ほんと?」
「ホントホント! もうひとっつもケガしない!」
「アーシュとやくそくしてくれる?」
「いいぜ。約束しよう!」
俺は右手の小指を立て、アーシュの小指と絡ませる。
「……俺は絶対にアーシュのもとに帰ってくる。約束だ」
「……うん。やくそく。…………おじちゃん、やくそくだよ?」
「ああ!」
首にしがみつくアーシュをなんとか床に降ろしたタイミングで、『く~』と可愛らしいお腹の音が鳴った。
恥ずかしさからか、アーシュが顔を伏せる。
「今日はまだ何も食べてないもんな。さすがに腹減っただろ? 何か食べにいこうか」
「う、うん」
「なに食べたい?」
「んとね、アーシュね……」
アーシュのご希望は、もちろん、
「……アップルパイが食べたいな」
家族との思い出が詰まったアップルパイだった。